2017/ 07 2017年 応募受付開始
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 第34回 課題 『21世紀の戦後住宅』

 第34回 課題『21世紀の戦後住宅』

次の戦争の「後」に現われる「戦後住宅」を構想してください。
計画面積、家族形態、生活様式、等の制限はありません。
独立住宅、集合住宅、その他の居住形態、の制限もありません。
ただし、具体的な敷地を必ず設定した上で、計画案を示してください。
(敷地は国内でも海外でもかまいません)

【解説】
この課題は、建築と戦争の間柄について、若い設計者に考えてもらうためのものです。

過去の大きな戦争の後には、必ず決定的な住宅の提案が現れてきました。
 コルビュジエの「ドミノ型住宅」(1929)は、第一次世界大戦にとっての「戦後住宅」です(構想開始は開戦直後の1914年です)。
コルビュジエによる有名なアクソメ図(スラブ・パイル・外階段だけのアクソメ図)は、ガラスのカーテンウォールによる近代建築を意図したものではなく、あの状態から住民がセルフビルドで壁や扉や界壁を作るための躯体図です。コルビュジエの説明によると、第一次世界大戦で多くの集落が瓦礫の山と化し、多くの人が被災者となっている、ゆえに無尽蔵の瓦礫を人々が拾って自宅をセルフビルドすればよい、そのためのスラブや柱は自治体が無償で提供すればよい、その結果粗大ゴミのような見かけの住宅ができてしまっても、それが
20世紀住宅の姿なのだ、という提案です
 バックミンスター・フラーの「ダイマクションハウス」(1944)は、第二次大戦の渦中に登場した「戦後住宅」です。軍人でもあったフラーは、第二次大戦で肥大化した軍需産業の製造能力を、戦後に民生品へ転換するために、工場生産によるプレファブ住宅を試作しました。戦後の占領地を含む米国の巨大な領土で建設されることを想定し、多様な気象や地勢に対応するための技術的課題(熱処理や接地性や搬送まで)に答えた住宅です。
 チャールズ・イームズの「自邸」(1949)、いわゆる「ケーススタディハウス♯8」も第二次大戦の「戦後住宅」です。今日の合板や合金や樹脂等の技術的達成は、両大戦なしにはありえなかったものですが、イームズはそれらを民生技術として成熟させるために設計しました。
彼が戦時中に航空合板で帰還兵のためのギプスを作ったり、戦後に人の運べる軽量鉄骨で家具から住宅までをつくったのも、戦争技術を市民生活のために改良するためでした。

 日本の戦後の小住宅、「増沢自邸」(1952)や「清家自邸」(1954)、あるいは「広瀬自邸」(1954)」いわゆる「SH-1」等も、第二次大戦にとっての「戦後住宅」です。これらの小住宅が登場しなければ、その後の日本の住宅のあり方(庶民が独立住宅を所有するという欧米ではありえない住宅のあり方)が現実化することはなかったでしょう。今日まで続く日本の現代住宅の多様な展開も、それらの戦後住宅がなければありえなかったでしょう。

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世紀において時代を画した住宅は、想定外の戦争を経験したあげくに構想されました。これらの住宅は、戦争がなければ登場することはなく、必要でもなかったという意味で、建築と戦争の関係について多くのことを我々に教えてくれています。
 
 現在の日本では、世界中の戦場に自在に参戦できるように、さまざまな法整備・制度改革が進められています。もし日本にとって次の大きな戦争(戦場が海外であれ国内であれ)が起きるとき、建築を設計する人間は何をなすべきでしょうか。
 なすべきことはたくさんありますが、このコンペではそのうちの1つ、「
21世紀の戦後住宅」の提案を募集いたします。

文:西沢 大良(審査委員長)

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