『審査総評』
  今回の「ニワ」というテーマは、西沢立衛氏を審査員として迎えることをある程度前提として立てられた課題であった。「森山邸」をはじめ、氏の近年の住宅作品は都市における住まい方や外部空間のあり方を鋭く問うものであり、「ニワ」という日本に古くから存在する空間要素を現代的な課題として浮かび上がらせた。世界的に活躍する多忙な氏にゲスト審査員を引き受けていただけたのは本設計競技において大きな僥倖であった。その甲斐もあってか、今回は学生・一般を合わせて過去最高の応募総数374を数えた。応募数が多ければ当然作品の質の向上も期待されるが、全体として感じられたのは、プレゼンテーションの表現方法やアイデアの均質化が顕著になっていることであった。プレゼンの手法や様式には流行があり、それがその時代の空気を表象することは今に始まったことではなく、特に批判されることでもない。しかしながら、インターネットなどによって情報のスピードと伝達力は格段に上がっており、ほとんど同じ作品ではないかと思わせるものも多数見受けられた。応募者には、もっと自分の表現を模索することを試みて欲しい。
このテーマは、建築とニワが対立的な概念ではなく、むしろ一体化したものとして捉えられてきた日本の伝統のもとで“現代における『ニワ』と居住空間のありかた”を提案せよ、という一見とっつきやすいようでいて、その実内部/外部の関係性をいかに構築するかという建築の本質を突く問いかけをはらんでいる。それに対する回答として、内部/外部を相対化し、曖昧にするというコンセプトが多数を占めた。その方向性自体はきわめてオーソドックスなものであるが、“家全体がニワです”といった類の安易な提案が多く、そこに「住まう」というリアリティーが置き去りにされている感は否めなかった。ここでいうリアリティーとは、現実性といった意味ではなく、「住まう」ことへの切実で真摯な問いかけがそこに含まれているか、ということである。その中で、学生の部で金賞を取った「マチニワ」は都市の中の廃墟を開かれたニワとして共有する提案で、「住まい」=個人住宅という枠組みをずらすことによって、植物が建築を浸食する美学にリアリティーを付与することに成功していた。また、「ニワ」のあり方にしても、“植物によって構成された(外部)空間”というステレオタイプから踏み出した提案はほぼ皆無であった。日本のニワには、「見立て」による枯山水や借景など、豊穣な歴史や手法がある。そこに、ある程度の広さや日当たりを必要とする植物を中心としたニワを乗り越える重要なヒントがあると思うのだが・・。ともあれ、プレゼンのテクニックを含めた全体のレベルは年々高くなっており、今後この設計競技がどのように展開するのか、期待を抱かせる充実した設計競技であった。

審査委員長 清水 裕二



審査を終えて
  さまざまな案が応募され、非常に楽しいが難しい審査となった。個人的に驚いたのは、審査員の皆さんが白熱した議論を戦わせていたことで、これはぜひとも公開審査にしたほうがいいのではないか、と強く感じた。またもうひとつ印象深く感じたことは、日本全国から応募されていることである。この競技会が、この地区だけでなく、全国区になってきていることの証であろう。コンペの具体的なことについては各評にゆずるが、今回一番二番と、順位が付いたが、これはあくまでもたまたまのものであって、今回ここに集まった審査員の皆さんの議論の結果のひとつであり、絶対的にそういう優劣があるというわけではない。もしかしたらほかのコンペ、ほかの審査団に評価を求めたら、まったく逆転した結果だって出ることは大いにありうるであろう。それくらいに各案が競い合う、僅差の勝負であったし、またそれくらいに、建築の評価というものは多様なので、そういう意味でも審査は非常に難しかった。コンペは主に2グループに分かれていた。学部生(?)のグループと大学院生?(一般の部?)の二つである。前者のほうは、まだ建築をはじめて間もない人々が多く応募してきているようで、非常に荒削りで、自由な案が多かった。おもしろかった。後者のほうは、大学院生が多く応募してきているだけあって、全体としてレベルが非常に高く、こちらも魅力的で印象に強く残る案が多かった。こちらは、ほかのアイデアコンペなどに出してもじゅうぶん入賞するであろうというレベルのものが多かった。両者の全体的な比較としては、(もちろん例外もあるが)後者は相対的にいってレベルが高く、前者は荒削りながらのびのびと自由に考えていて、面白い案の突出力がすごかった、そういう違いを感じた。
コンペ全体としては、庭ということをテーマにして、本当に多くの魅力的な案があったと思う。庭というテーマは、僕も個人的に最近興味を感じているテーマでもある。庭があると、生活が多様になる。室内だけの生活というのは、ある均質さというのか、室内性があるのだが、生活の中に庭というシーンなり空間なりが登場すると、僕らの生活はひときわ多様なものになり、潤いのあるものになる。とくに日本人は昔から、室内と庭とをあわせて考え、その両方を自分の生活の中に持つことを比較的自然にやってきた人々だから、庭の魅力というものは、あえて主張しなくてもみんなで共有できることなのだろうと思う。それほどに、年取った審査団だけでなく若い応募者のかたがたにまで、庭の魅力というものは浸透しているなあという印象を持った。しかし庭という特別な環境が、どのような魅力をもち、どのように僕らの生活に潤いを与えてくれるのか、ということは、このコンペに限定せずに今後も考えていきたいことのひとつである。非常に難しいが楽しい審査のチャンスを与えてくださり、ありがとうございました。

ゲスト審査委員  西沢 立衛