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『身体(からだ)』
日本語には英語や中国語などと比べ,オノマトペア(擬音語,擬態語)が豊富にあることは,よく知られている。「さらさら」と竹林を吹き抜ける風,「きらきら」と水面に反射する光。オノマトペアは,ある現象に対する知覚を直接的に表現する言葉であり,他の熟語などに比して概念化の度が薄い。それゆえオノマトペアによる表現には,周辺環境をいかに知覚したかが直接あらわれる。
さて,近年来のデジタルな技術によって,これまでにない多くのものが世にもたらされた。得られたものは,コンビニエンスストア,インターネットや携帯電話,つまり,情報や物品の利便性であり,均一性,同時性である。情報や通信はいつでも,どこでも,簡単に手にはいる。一方で,かつて日本にあった様々なものが無くなった。この喪失感が『和の遺伝子を探る』と題されたシリーズテーマの根底にある。今われわれは,生活から失なわれたものを真摯に問うていかなければならない。
あらためて,無くしたものを振り返るために,アナログな「身体(からだ)」に注目したい。冒頭に述べたオノマトペアから,言語上にあらわれた身体と知覚の重要性を指摘するまでもなく,日本の建築についてみても,その空間はからだに訴えかける要素に満ちていた。極めて抽象的な空間におけるわずかな環境の変化でさえ,からだには感じられる。可動の建具や家具は,身体に特定の反応や行為をうながす。こうした知覚によって,空間に性格が与えられ,時にその性格はフレキシブルに変容する。わびさびの空間もありのままを表現する,いわば空間のオノマトペアであり,そこからわれわれは現象の直接的表現を超えた高尚な精神性を生み出した。
部屋を抜ける風。木の匂い。揺らめく影。足裏から伝わる床の素材感。豊かに感覚を刺激するアイデアと,そこから知覚されるリアリティある空間像を求める。この場合のリアリティとは,実際につくる建設の可能性よりも,むしろどれだけ身体に訴えかけられるかに依っている。身体の感覚に訴えかける空間を想像することで,身体から現代の住まいを問い直し,豊かな空間を描き出してほしい。
提案は,居住空間を含んだものとすること。敷地や周辺環境は応募者の自由とする。
文:審査委員長 元岡展久 |
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