建材研修会
− 「私の仕事とその仲間たち」森本昭博講演会 −

 三重地域会第2回例会が、8月19日午後1時30分より津市にある三重県文化会館2階小会議室で開催され、議事のほかに会員研修発表会として「私の仕事とその仲間たち」と題した森本昭博会員の講演会が催された。ここではこのうち森本氏の講演を報告する。92年から93年にかけて、氏は本誌の三重部会発(当時)の欄で「地域に生きる建築家」と銘うった会員紹介のシリーズを編んだものの、自身は登場せずに終わっていた。今回の機会はこの「地域に生きる建築家」の自作自演版と言えようか。お話しは、森本夫人が既に開設していた事務所を継承した78年から四半世紀に渡る作品を映写して解説され、前半が民間の建物、後半は公共施設、付録として氏お気に入りの作品が紹介された。
 先ず民間の部では、専用住宅の他、店舗や工房、ギャラリー、スタジオとの併用など十指に余る住宅がそれぞれ丁寧に説明された。初期の「ゲートをもつ町家」シリーズは、氏が暮らす名張市を通る歴史的参宮道、初瀬街道に沿う住宅の連なり。閉鎖的になり勝ちな町家を、街道に沿った塀とゲートを設けることで、町家の生活に開放性と落ち着きを与えると共に、町並み景観を現代的に統一感をもたせて整備した例。一戸から始まり、隣近所そして時を経て世代を渡るつながりへと発展して行く様は貴重である。
 同じく初瀬街道に面して建つ、造り酒屋では酒蔵をギャラリーに改造。酒造工程の折々に飲み会などが催され、マスコミ報道の背景として時々登場して、地域の風物詩を生成する場として、まちづくりに寄与している姿を見せる。
 これまた初瀬街道沿いに建つ組紐屋さんは明治、大正、昭和と三代の棟で成る住まいの改修。過去を線で、現在を面で表現したと言うファサードには、平格子の連なる中に鋼材の窓枠にはめ込まれた大きなフロストガラスが違和感なく空気のように存在する。屋根に載る塔は、組紐を組む丸台をイメージしたと言う。外部では伝統的な街路景観の中にあって、煙出しとは一味違ったスカイラインを成し、内部では光と風を感じさせる装置となっている。時代性・地域性・ストーリー性を、と唱えて来た氏の一時期を画す建築であろう。"建物は平入りで、入る時は低く、中へ入ると高く"、という修行した渡辺建築事務所の大先輩、村野藤吾氏の規範はここでも遵守されている。
 公共施設の部に入る。先ず、氏が生まれ育った村の保育所。山に囲まれ田んぼの中の立地。翼を拡げた鳥の形の平面で、屋根には鳥の頭を想起させる塔を戴く、地域のランドマークを意識した形態は印象的だ。氏は公共施設をつくる時、気持ちを伝えることに腐心すると言う。竣工式には五輪真弓の曲「時の流れに〜鳥になれ〜」が流れ、毎夜10時まで灯りが点く塔の存在は依頼者へ説得を積み重ねた成果の現われ。依頼者への説得という面では農機具メーカーT社営業所計画の例もある。T社の原点を表象する唐鋤のような鋭利な形態の庇をもつ提案。合理化の更なる徹底が内外から企業に求められる昨今だが、経営者を説得して全国の営業所にこの庇を広げたい、と抱負を語る。JIAの事業を具体化するなかで氏に「説得」された経験者には実感を伴うお話しであろう。
 演題にある「仲間たち」にも断片的に触れられた。かつて工業高校で講師をした時の複数の教え子は、実測や模型製作を手伝い、CADの手ほどきをしてくれると言う。仕事を持ち込む幼なじみやモチーフを提供してくれた「地域に生きる建築家」たちの存在も垣間見えた。言及されないが、日々ご苦労を負う夫人の存在は言わずもがな。CADと言えば、幾度も推敲を重ね擦り切れ汚れた図面を尊ぶ一方で、CADを嫌悪して建築確認申請の電子化が義務化でもされればその時こそ廃業の時、とかつて氏は公言していた。この日、マウス片手にCADを駆使した作品の画像を淀みなく語る氏の姿に唖然茫然とした方も少なくないはず。
最後に、各地で訪ねた氏お気に入りの作品として小国ドーム(葉祥栄)、牧野富太郎記念館(内藤廣)、海の博物館(内藤廣)、モエレ沼公園(イサムノグチ)を映された。土に還る建築を目指す、と語る氏の近況と重なり合った。
(池澤邦仁/池澤アソシエイツ)

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