保存情報 第168回
登録有形文化財 麻吉旅館   藤田淑子|元名古屋文化短期大学教授
前蔵 坂を登ると右手に玄関 土蔵の一画を改装して資料館に
■紹介者コメント
 『伊勢市史・近世編』に、「現在は当時のにぎわいを偲ばせる建物も少ない古市の町並みであるが、そのなかで唯一、麻吉旅館は江戸時代以来の建造物のまま営業を続けている。(中略)。他の一般の遊郭とは違い、ここは料理茶屋としての性格が強かったらしい」とある。また、『同・文化財編』によれば、嘉永4(1851)年以前の創業後、天保9(1838)年に焼失。その翌年に再建された多くの建物が,自然災害や焼夷弾の雨にも負けず残っている。急斜面に沿った「懸崖造り(懸造り)」と呼ばれる独特の建築様式であり、外観の屋根は寄せ棟造り瓦葺き、3階の指し掛け屋根は本瓦葺き。大棟の熨斗瓦の間の輪違い瓦の一部に「あさ吉」と焼かれた瓦がある。壁体は黒染めのきざみ囲い板張り。同書に詳しい平面図・立面図が見られる。現在は2・3階と4階の一部を家族が使用。5階の聚遠楼(21帖)と鯉之間(12帖)は宴会場。
 次に「土蔵」を見学。現在は資料館として、もてなしに使用された各地の陶器の杯洗、大きな塗り
物や西洋からの器、古文書などが展示されている。2階の窓からは1階の「名月・雪香之間」の寄
せ棟の屋根を見下ろすことができる。尾崎咢堂の書斎として使われていた部屋で、雨漏りがひどく、何とかして復元したいとの当主の言葉が耳に残る。
 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として平成17(2005)年に登録有形文化財に指定され、以後10年を経たこの建物は、何かと問題を抱えている。こうした建造物の修理・維持・活用のための人材養成と、日本建築を支え続けてきた伝統工法の未来への伝承を支援する運動が立ち上がっている。このような文化財の保存に大いに活かされることを期待したい。
所有者:㈲麻吉
所在地:三重県伊勢市中之町109-3
アクセス:近鉄鳥羽線五十鈴川駅から、徒歩約10分
参考資料:『伊勢市史 第三巻 近世編』伊勢市(2013)
     『伊勢市史 第七巻 文化財編』伊勢市(2007)
     『伊勢街道—伊勢本街道を主として―』
     菅谷省吾著、宇陀のはな刊(2006)
データ発掘 旧名古屋ゴルフ倶楽部婦人室兼貴賓室   原 眞佐実|
原建築設計事務所
 
外観 正面入り口 アーチ型の窓 合板の張られた小屋組みトラス部
■発掘者コメント
 毎年ゴールデンウィークごろに「中日クラウンズ」というゴルフトーナメントが開催される。名古屋市の南隣、愛知郡東郷町の国道153号線沿いにあり、この地方屈指の名門でもあるそのゴルフ場の名は「名古屋ゴルフ倶楽部 和合コース」。
 昭和4(1929)年に「名古屋ゴルフ倶楽部」に建てられたクラブハウスの一部で、東郷町に寄贈、移築され、東郷村貴賓室・村長応接室として使用されていた建物がある。現在は東郷町人材シルバーセンターの休憩所として利用されているが、もともとは「名古屋ゴルフ倶楽部」の婦人室兼貴賓室として使用されていた部屋らしい。建設された当時の図面をみると婦人ロッカー室や浴室、化粧室が設けられており、この時代としては非常にめずらしく女性も一緒にゴルフを楽しんでいたことが分かる。
 意匠的には当時流行っていたスパニッシュ様式でつくられており、この地方のゴルフの歴史発展を見つめてきた建物として、また昭和34(1959)年に新しいクラブハウスが建てられた際に移築され、50年以上経過してもなお残っていることを考えると登録文化財としての価値付けも十分あり得るのではないだろうか。
 現在残っている部分は間口5,78m、奥行7,31mの小ぶりな平屋建てで、屋根はスペイン風桟瓦葺き、外壁はスタッコ仕上げ、正面入口は両開き戸でスパニッシュ瓦の庇が設けてあり、窓はアーチ型でデザインされているが、昭和4(1929)年の建設当時とは開口部などの位置や外壁の仕上げ、瓦の材質などが変わっている。平成19(2007)年の耐震補強工事で小屋組みのトラス部分に合板が張られ、外壁廻りも構造用合板で内張りされているが、基本的な部分は当初の部材、ディーテールを残しているので可能な限り保存活用していって欲しい建物である。


所在地:愛知県愛知郡東郷町大字春木字申下1336-2
建設年月日:昭和4(1929)年新築、
      昭和34(1959)年移築
規模:建築面積42,25㎡
参考資料:平成22(2010)年 旧東郷町貴賓室に関
する現地調査報告書(名古屋大学
大学院・西澤泰彦准教授)