水生動物との関わり
第6回「ウシモツゴ」

古田正美
   ふるた・まさみ
鳥羽水族館 元館長 
(公益)日本動物園水族館協会会友
昭和23 年(1948 年)生まれ。三重県立大学水産学部卒。
専門は水生動物の飼育と研究。
著書に『いたずらっこのチャチャ』(学研)、『海獣水族館』(共著 東海大学出版会)、スナメリ(共著 月刊海洋2003年8 月号)など。他『スナメリの飼育と繁殖』(海洋と生物2008 年2 月号)、『スナメリ飼育の歴史』(海洋と生物)・『海洋と生物』スナメリと海女さん1966年ごろ (2014年2月,4月号)など多数雑誌に寄稿。 
 最終回は身近な溜め池からのお話です。「ウシモツゴ」と言われても何か判らない方がほとんどではないでしょうか? この魚は環境省のレッドデータブックに絶滅危惧種Ⅰ A 類にリストアップされており、公益社団法人日本動物園水族館協会で保全と保護繁殖の対象になっている淡水魚ですが、私自身も魚名を知っている程度でした。 
 三重県では1 カ所を除き絶滅したと思われていましたので、1997 年に伊勢市内の極めて小さな溜め池で発見されたときには驚きました。発見の経緯は、私の知人が大型の熱帯魚を自宅で飼育しており、そのエサのアメリカザリガニを捕獲していた私有池から副産物として持ち込まれたものでした。知人と池の所有者は以前から「この魚」の存在を知っていましたが、希少な絶滅危惧種とは知らずに自宅の小さな水槽で飼育していました。新種や希少種の発見は、地元住民や漁師さんが昔から知っていても研究者は知らずに、このように見つかることがしばしばあります。
(注:絶滅危惧種Ⅰ A 類とは「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」と定義されています。)
ウシモツゴとは
ウシモツゴは濃尾・岡崎平野を中心に広く生息していましたが、環境の悪化やブラックバス、ブルーギルなどの外来種の侵入によって捕食され、著しく減少している日本固有の淡水魚の一つです。大きくなっても体長7cm と小さく、寿命は2 歳ほどで、まれに3 歳がいるくらいで世代交代の短い魚です。自然下では豊田市、日進市、多治見市、美濃市、関市、岐阜市、伊勢市、渡会町に生息しています。残念ながら、犬山市、小牧市、春日井市、西尾市、岡崎市、養老町、大垣市では絶滅したようです。桑名市にも生息していましたが、1950 年以降の発見はなく絶滅したと考えられています。
 近縁の仲間にはモツゴがいますが体型が異なり、本種は東北・信越地方に生息するシナイモツゴの亜種として扱われています。和名は「ウシモツゴ」と付けられていますが、学名は未だにありません。まもなく世界共通の学名が付けられる予定です。 この魚は、環境省のレッドデータブックだけでなく、生息している三重・愛知・岐阜の各県のレッドデータブックにも掲載されています。池主であっても許可なく捕獲し、持ち帰ると処罰されます。 
 
 ウシモツゴ
調査研究
 (公益)日本動物園水族館協会の生物多様性委員会・種保存事業部のコレクションプランではウシモツゴを含む17 種類の日本産淡水魚に関わる行動計画と繁殖マニュアルを作成しています。このような状況下で鳥羽水族館は1997 年の発見からウシモツゴが生息している町の自治会と共に細々と調査活動をしてきました。ただ、私たちの活動だけでは限界があり、2010 年の春に三重県総合博物館、三重大学そして三重県森林環境部を交えて地元自治会と共に、「伊勢のウシモツゴを守る会」を発足して本格的な生息数の調査と研究を開始しました。調査は水温が低くウシモツゴの活動が少ない12 月~ 3 月の冬季を除き、少なくとも月1 回の採集を行い、繁殖と成長、水温の調査など地道な活動を続けています。2014年には、期間展示ですが三重県総合博物館で鳥羽水族館生まれの生体の展示と解説パネルで研究報告を行いました。
 私たちが発見したウシモツゴのいる池は2 つで、共に20m × 15m ×1m 以下と小さく昔から農業用の溜め池として利用されていました。現在では休耕田の増加で利用されておらず、山里に放置され地元民にも忘れられた池となっています。また、過去には池周辺は里山として機能していたようですが、竹林に覆われ笹や落ち葉さらには雑木の枯れ枝で埋まり、土砂の流入も加わり池は浅くなってきています。
 1997 年の発見から、私たちはウシモツゴの調査と池を守るために採捕調査を行ってきましたが、年々生息数の減少傾向が著しくなってきました。万が一の絶滅を考え、池の調査と並行して生息域外の保全活動として、鳥羽水族館では1 つの池のウシモツゴを繁殖の対象として取り組んだ結果(遺伝子の攪乱を起こさせないために1 つの池のウシモツゴを飼育しています)、飼育下で増殖させることができました。2006 年以降は、鳥羽水族館で繁殖させている個体群がいた池のウシモツゴは全く採捕できなくなり、2011 年に絶滅したと判断しました。もう一方の池は細々ではありますが生息しています。私たちの調査活動は、採集した魚の大きさや可能な限り雌雄を判別し、写真などの記録をした後に採捕したそれぞれの池へ戻しています。野生個体の生存している池では、再捕率から生息数を推定するために、個体識別用の色素を皮下に入れています。
体長の計測
保護・保全活動
 私たちの保護と保全の活動は繁殖や研究だけでなく、池底の掃除や周辺の整備も行っています。過去には、池の周辺は里山として住民の方々が整備していましたが、今では竹林や雑木林に覆われて、人の通る道がなくなっているのが現状です。池は落ち葉などで水質が悪化し、池の周囲は台風による倒木(竹)で環境の荒廃が進んでいます。
 現在は「伊勢のウシモツゴを守る会」が中心になって、三重大学の学生や三重県総合博物館のサポーターの方々などと共に倒木(竹)を除去し、池周辺の環境整備をするなど、生き物が住みやすい里山を再現しようと活動を続けています。
 また、この池がある町の自治会や池主と会合を持ち、(公益)日本動物園水族館協会の野生動物保護活動助成事業の資金援助を受けて、2010 年秋には池主が所有する休耕田を新しく池(10m × 10m × 1m)に造成し、2011 年春に鳥羽水族館で繁殖したウシモツゴの10 ペアを放流しました。新池へはウシモツゴの野生生息池と同じ水が流入し、陽あたりの環境も良く世代交代が順調に進み、生息数は飛躍的に増えています。
 2011 年7 月には絶滅したと判断された池の清掃を行い、鳥羽水族館で繁殖した稚魚を野生復帰しました。その後の調査では、嬉しいことに放流魚の成長と世代交代が確認されています。 
 これらの池の周辺は、メダカはもちろんのことトノサマガエル、ダルマガエル、ニホンイシガメ、ホトケドジョウ、ヤリタナゴ、ヘイケホタルなど多様な生き物が生息する自然豊かな地域です。この町の人々は自然に関心が高く、自治会の役員や学校の先生のOB が主体となり、毎年6月下旬にはホタルの観察会を、8 月の第1 土曜日には小学生や幼稚園児たちを対象に田んぼや水路の生き物たちの観察会を行っています。私は、水族館の飼育員と共に12 年前からそのお手伝いをさせていただいています。
 私は、昨年8 月下旬に43 年間勤めた鳥羽水族館を退職しましたが、本誌「水生動物との関わり」の第1 回で紹介しました伊勢湾・三河湾に生息するスナメリや地域の自然環境とウシモツゴに関わって、保護・保全の活動を次の世代へ繋いでいこうと思っています。

 今回はウシモツゴを守る目的で、生息地の町名を伏せさせていただきました、ご了承下さい。    (了)
 
池の周辺整備(伐採) 
   
休耕田を池に造成 池の清掃