スキゾな音楽


外来語とカタカナ 

ベートホーフェンって誰?

山田 純

名古屋芸術大学大学院 音楽研究科 教授
   やまだ・じゅん|東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。
専門:アートマネジメント論、舞台芸術論、音楽評論。
日本音楽学会会員、日本アートマネジメント学会中部会長、日本音楽芸術マネジメント学会幹事、名古屋市高年大学講師、名古屋市民芸術祭賞審査員、音楽ペンクラブ会員、世界劇場会議名古屋理事、公益財団法人愛知県文化振興事業団理事。
新聞・雑誌などに演奏会批評やコラム、各種演奏会の曲目解説を執筆。
ギョエテって誰?
 「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という古くからの川柳がある。外国語をやたら難しい言葉でしゃべるインテリのことを揶揄する狂句であるが、それはまた外国語の発音の難しさを表す警句でもある。もともと、アルファベットでつくられた言葉の音をカタカナに書き移すことには本質的な無理がある。日本語と比べて子音の数も多く、アイウエオ以外に複雑な母音を持つこれらの言語を、50 音に当てはめるのであるから仕方ない。ドイツ語の授業で、「Goethe」の「oe」は「オ」の口の形をして「エ」と発音するように習ったが、どだいそんな発音は日本語にはなく、「ゲーテ」とカタカナで正しく表記したつもりでも原語とはほど遠い発音であることに違いはない。  
Goethe
先人たちの工夫 「ヴ」と「ヰ」
 それでも、なるべく原音に近づけるべく、特に子音に関して昔からさまざまな工夫がなされてきたが、その中でも「v」に「ヴ」を与える方法は早くから行われてきた。これを試みたのは福沢諭吉が最初であったと言われているが、その方法が以後一般化するようになる。また、「v」に「ヰ」を充てることもあった。森鷗外の自伝的小説『ヰタ・セクスアリス(性的生活)』がそうである。この「ヰタ」はラテン語の「vita(生活)」を音訳したものであるが、ラテン語では「v」は[ワ音]で発音するため、「ヴィタ」は正しくない。それゆえ鷗外は「vi」を、古来からあるヰ(ゐ)[wi]と記したのである。現代的なカタカナに記せば「ウィタ」となるが、戦前の知識人たちの奮闘のあとをこうした言葉の中にうかがうことができる。このように、「v」を[w]と発音するラテン語や、また、「v」を下唇をかまない[バ音]で発音するスペイン語もあわせて、アルファベットを用いる言語にも様々な種類があるので、ただ単に「v」は「ヴ」だと思い込まないよう注意する必要がある。
福沢諭吉『福沢全集緒言』
カタカナと学校教育
 こうした外来語の表記に一応の基準を示すべく、政府のお声掛かりによる最初の指針は、戦後間もない昭和29 年の国語審議会の報告書「外来語の表記について」に記されている。そこでは、「v」をできるだけ「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」で表すように勧めていた。また平成3年には国語審議会の報告に基づき出された「内閣告示第二号」という形で、「外来語の表記」にもっとつっこんだ指針が与えられることになった。その中で、「原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名」という区分けがなされ、「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」が入れられることとなった。これを受けた文部省は「学校教育における外来語の取り扱いについて」の通知を出し、音楽では「教育用音楽用語」が改訂された。例えば、「violin」の場合、小学校では混乱が多いとして、「バイオリン」と教え、そして中学・高校では「ヴァイオリン」を用いても良いとされるようになった。いわば選択肢が広がったわけだが、文部省の通知は「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」を強制しているわけではないので、小学校における「バ」と、中学・高校における「バ」とおよび「ヴァ」との表記が混在することとなってしまった。
森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』
作曲家のカタカナ表記 Wagner の場合
Wagner
 作曲家の名前の発音では、ワーグナーは問題の作曲家である。ドイツ語では「v」の語を[f]の音で発音し、また「w」の語を[v] の音で発音するのを原則とするが、この例で言えばWagnerは「ヴァーグナー」と発音するのがドイツ語的には正しいことになる。教科書を含めて「ワーグナー」と「ヴァーグナー」の2つの表記が混在しているのが現状であるが、音楽事典でWagner の項目をひこうとすると、例えば講談社の21 巻からなる「世界音楽大事典」では一番最後の第21 巻の「ワ」を見ても載っていない。第1 巻の「ヴァ」をひかないと見つからないのである。音楽事典にこだわれば「ヴァーグナー」でなければならないし、また教科書には「ワーグナー」と書かれてあっても、もし先生が生徒に対して「音楽事典で調べなさい」と指示を出すなら、「ヴァーグナー」と言わないといけない。実にやっかいである。
Dvořák の場合 
Dvořák
 ドヴォルザークも問題の多い作曲家である。カタカナではどう綴られているのか調べてみると、「ドボ(ヴォ)ルザーク」、「ドボ(ヴォ)ルジャーク」、「ドボ(ヴォ)ジャーク」の3つに大別される。作曲家の表記には、大きく分けて文部科学省の教育用音楽用語と、音楽学の成果としての音楽事典の表記、そして放送、マスコミ関係で用いている表記法の3つが混在しており、それぞれの基準に従ってDvořák のカタカナ表記は微妙に異なっているのだ。そのほか、かつては「ドヴォルシャック」の名前も見受けられたし、英語読みした「ドヴォラック」も通の間では使われていた。
 今、手元にあるチェコ語の会話本をめくると、「ドブリデン(今日は)、ドボジャークさん」という例文に出くわす。原語の発音に敏感な語学の本では、チェコでは一般的な人物名のDvořákは、当然ながら「ザ」や「ル」を挟まない「ドボジャーク」なのである。また、現在一番新しい音楽事典である前出の「世界音楽大事典」は原語での発音に則り「ドヴォジャーク」と記しているが、音楽関係の出版物や曲目解説などでは未だに「ドボルザーク」が主流で、「ドボジャーク」や「ドヴォジャーク」という表記を見かけたことはない。
Beethoven の場合
Beethoven
 かつて音楽界から文部省に対して、「ベートーベン」ではなく「ベートーヴェン」という表記を教科書に載せてほしいとの強い要望があったと聞く。「ベートーヴェン」の方が、「ベートーベン」と比べてよりドイツ語の「原音や原つづりに近い」という考え方があったからである。しかしながらベートーヴェンはオランダ系であり、その名前もオランダ語に由来している。「ベート(赤カブ)」と「ホーフ(畑)」が合体してBeet・hovenという言葉になったもので、またドイツ語と同じようにオランダ語も「v」の語を[f] の音で発音することを原則としている。実際にBeethoven の発音記号をドイツ語の辞書で調べてみると[bé:thofen]と書かれてあり、「ベートーヴェン」ではなく「ベートホーフェン」が正しい発音であることが分かるだろう。なのに、どの言語を「原音や原つづり」のお手本にしたのかが分からないまま、「v 」は「ヴ」であるという固定観念から、「ベートーヴェン」が正しいという誤った考え方が、音楽界に定着してしまったのである。
 このように、すでに先行する形で定着したカタカナ表記方式、政府の諮問により「国語施策の改善」という形で出された「国語審議会」の指針、そしてその指針に基づく文部科学省の定める強制力を持たない「教育用音楽用語」、これらの間にさまざまなズレや揺れが生じてしまっているのが現状である。
外来語の漢字表記 
 翻って、Wagnerを「瓦格纳」、Dvořákを「徳佛亞克」、Beethovenを「貝多芬」と表記する中国語のように、外来語を全部漢字に翻訳してしまえば話は実に簡単である。coffeeを「珈琲」のように原音を残しながら漢字に翻訳したのと同じで、そうすればcoffee は「カフィー」か、それとも「コーヒー」か、と表記に迷うことはないであろう。しかし、原音をカタカナに変換する限りは、悲しいかな、どうこだわってどう表記を工夫しようが、原音と同じではあり得ないのである。やんぬるかな、「ベートホーフェンは俺のことかとベートーヴェン言い」の状況に変わりはないのだ。