自然・人間・建築と環境 
第6回
自然のリズム・放調と環境デザイン
  しゅくや・まさのり|自然のポテンシャルを生かした光環境や熱環境づくりについて、熱力学・人間生物学の視点に立った研究と教育に携わっている。
専門は建築環境学。
著書に『Exergy:theory and applications in thebuilt environment』(2013年1月、Springer-Verlag London)、『エクセルギーと環境の理論』(改訂版2010年9月、井上書院)など。   
宿谷昌則|東京都市大学環境学部環境創生学科 教授 
 これまで3回にわたり、照明・暖房・冷房のそれぞれにおける「放調―放射の調整―」の役割を議論してきた。
 照明では、足るをはるかに超える量の人工光が溢れかえるがゆえの貧しい光環境を、適度な量による質の高い光環境へと改変していく。そのような自然光・人工光の放調デザインを、空間に加えて時間デザインとともに考えていく必要がある。
 暖房では、室内空間が「温」放射エクセルギーによってほどよく満たされるようにすることが重要で、壁や窓などの断熱性確保はそのためにこそある。それは「温房」と呼ばれるべき質の高い室内環境を実現する。その意味で、しかるべき暖房もまた放調デザインが鍵となる。
 冷房では、壁や屋根の断熱性に加えて窓ガラスの屋外側で行う日射遮蔽が重要だ。夏には不要なだけの「温」放射エクセルギーが著しく減り、結果として「冷」放射エクセルギーが創出され得るようになるからだ。風通しの心地よさが発現する「涼房」と呼ぶべき質の高い室内環境は、そこに実現する。鍵となるのはやはり放調デザインなのである。
 さて、一連の話の最終となる今回は、これまでの議論で浮かび上がってきた放調の原理を、大きな自然の枠組みの中に捉え直すことで連載の締めくくりとしたい。
 自宅でも仕事場でも、電灯の光を必要らか、ほどよい電灯やロウソクがもたらしてくれる光とそれらに伴なう暗さ、朝日や夕日に照らされる空と浮かぶ雲、それらが織り成す色の対比などに気づけるようになって、日ごと・季節ごとに絶えず変化しつつも1年のサイクル(循環)を持続する自然の姿を有り難く思えるようになった。このような心持ちになって、身近な自然に絶えず生まれては消えることを繰り返すエクセルギー源を見い出す…そういう視点にも立てるようになった。視点が以前とは変わったら視野が広がって、自然に内在するさまざまな「リズム(律動)」の重要性に気づけるようになったのである。
 こうして、照明や暖房・冷房技術のこれまでを改めて眺め直してみると、硬直した目標が私たちの心を支配していたことに気づかざるを得ない。例えば、照明では設定照度750ルクス、暖房では設定温湿度2℃・40%、冷房では26℃・60%といった目安の数値を、いつの間にか、目指すべき不変一様の到達目標であるかのように錯覚していたと思うのだ。
 不変一様の錯覚は思考停止という硬直がもたらしたのだと思うが、原発の“安全神話”はその極みである。残念ながら原発にかかわる思考停止はいまだに続いている。過半を超える人々が廃止を望んでも、権力行使の地位にある一握りの人たちは原発が基本電源の一つだと言ってはばからないからだ。原発事故に関連して命を落とされた人々の数は公(おおやけ)の統計値として1,400人を超え、今なお避難を強いられている人々の数は十数万人に及ぶ。廃炉や放射性廃物処理の道筋は見えていない。それにもかかわらず…と思うと、私たちの生きる社会における思考停止の頑固さにあきれ、あきらめる気持ちが湧いてきてしまうが、その一方で、思考の運転を再開できた人、初運転が叶った人の数は以前に比べ確実に増えてきていることは確かだから、一時的な遅滞はあるとしても増加傾向が止むことはないだろう。そこに希望を見出していきたい。  
 希望ある未来を見据えて改めて目指していくべき技術は、さまざまな大きさの自然に内在する「リズム(律動)」への同期を基本として再開発されるべきだと思う。リズムある数々の自然現象が、私たちの身体―小宇宙―にも、地球にとっての環境たる太陽・銀河系―大宇宙―にも内在しているからだ。
 私たちの心拍は60 ~80回/分で、生きている限り絶えることはない。呼吸は16~18回/分で、これも絶えては大変だ。体温は37℃でほぼ一定だが、実は明け方に最低値、そして夕刻に最高値を示す概日リズムがある。生き物の体温は、地球の自転に起因する環境温度の変動に応じた変動の繰り返しを基本として始まったが、やがて一部の動物たちは恒温性を保つ仕掛けを脳を中心とする身体に備えるようになった。私たち人はその末裔の一例であるが、体温に見られる概日リズムは、40億年にわたって毎日繰り返されてきた環境温度の変動の名残りと言うことができよう。
 夜の睡眠は、ホルモン物質メラトニンの体内濃度が高くなることで引き起こされる。その分泌の多寡は目から入力される自然の光の変動に従う。これもまた重要な概日リズムだが、人の身体にはもう一つ、潮の満干に相似の概日リズムが存在する。太陽に対する地球の公転と自転、地球に対する月の公転という三つの回転が関係し合って起きる引力に起因する概日リズムである。
 環境温度が変動するのは太陽の光―日射―が自転する地球の半分だけを照らすからだが、太陽からはこの光に加えて、風―太陽風―もやってきている。太陽風の強弱は太陽黒点の多少と関係する。黒点が多いときに太陽風は強く、少ないときに弱い。太陽風の正体は、太陽の磁場変動によってつくり出された(主として陽子の)粒子群の流れで、太陽宇宙線とも呼ばれる。
 宇宙線は、太陽からのほかに、太陽系外側の天の川銀河の空間からもやってくる。銀河宇宙線は超新星爆発を起源とし、粒子一つひとつの勢いがとても大きい。太陽は天の川銀河の中を周回しているので、太陽を中心として公転する地球は天の川銀河の中をやはり周回している。したがって、地球はその創始以来、あるときは銀河宇宙線の強い流れの中を、またあるときは弱い流れの中をくぐり抜けてきた。地球を吹き曝す太陽風の強弱は、地球大気へ降り注ぐ銀河宇宙線を強く抑制したり弱く抑制したりの変動を繰り返す。地球は、日射と太陽風と銀河宇宙線の変動する流れの中にあるのだ。
 大気に降り注がれる銀河宇宙線の増減は、特に海上の低層大気に生成される雲の量を左右し、数千万年から数十年までの長短さまざまな周期の寒冷・温暖の繰り返しリズムを地球環境に創出してきた。これはSvensmarkらによる宇宙気候学が最近15年ほどのあいだに明らかにしてきた知見1)2)に基づく話であるが、建築環境学にも関係する重要なことだと筆者は考えている。建築環境は、地球環境のしくみにならった設えとするのが肝要だが、宇宙気候学の知見は、在ってしかるべき建築環境の姿をさらに明確にするだろうと思うからだ。
   
図1 人・建築・地球そして太陽・銀河系から成る宇宙環境    図2 宇宙・地球環境のリズムがつくる身近な自然のリズム
 以上のことから本連載… 初回に示した図を、大気・水の循環、その中に在る雲、そして雲の生成に重要な銀河宇宙線の大気への降り注ぎを加えて描き直した(図1)。地球環境とそこに生きる人を含む生命系は、太陽の高温(5700℃)と宇宙の低温(−270℃)のあいだで成り立つ熱機関が自己組織化させてきたと考えられるが、生命系の全体が今日に至れたのは、日射・太陽風・銀河宇宙線の律動的・選択的な透過・吸収という「放調」の原理が地球に備わっていたからに違いない。大気の底にあるさまざまな地域環境は、こうした枠組みのうちにあって、それぞれのリズムを発現している(図2)。中宇宙たる建築環境の設えは自然のリズムと放調の原理にならうべきなのである。このことを筆者は環境デザインの作法と呼びたい。
(了) 
1)H.Svensmark, Cosmoclimatology: A new theory emerges,A&GVol.48,February2007,pp.1.18-1-24
2)H.Svensmark & N. N. Calder, The Chilling Stars – A cosmic view of climate change,Icon Books UK,2007(スベンスマルク・コールダー著(桜井邦朋…監修/青山洋…訳):“不機嫌な”太陽、恒星社厚生閣、2010年)