自然・人間・建築と環境 
第5 回
涼房は放調から
  しゅくや・まさのり|自然のポテンシャルを生かした光環境や熱環境づくりについて、熱力学・人間生物学の視点に立った研究と教育に携わっている。
専門は建築環境学。
著書に『Exergy:theory and applications in thebuilt environment』(2013年1月、Springer-Verlag London)、『エクセルギーと環境の理論』(改訂版2010年9月、井上書院)など。   
宿谷昌則|東京都市大学環境学部環境創生学科 教授 
 前回は、温房と呼ぶべき熱環境の質とそれを創出するための技術の基本について議論した。暖房は室内空気の温度を上げること…そう思って疑わない人の数は素人ばかりか玄人にさえ多いのだが、それでも、10年前と比べれば状況は変わった。壁や床・窓などの表面温度の調整が空気温度のそれよりもまずは重要…そう思う人の数が少しずつではあるものの着実に増えている。
 ここで、一つだけ注意しておきたいことがある。それは、深夜の特別契約で得られる電力を利用した床下コンクリートや土の加熱技術のことである。室内に創出されるべき放射環境は良くなるのだし深夜電力は安いのだから良いではないか。そう思われる向きがあるかもしれない
が、それは誤りだ。なぜなら、深夜の電力はその大部分が原発からやってくるよう仕掛けられているからである。地中そして床を暖める一方で、放射性物質を生み出す。このような乱暴な技術で温房を創出してはならない。
 似たような話に氷蓄熱と呼ばれる技術がある。これは日中の特に午後2時ごろに最大となりがちな冷房需要の一部を賄うのに、深夜に供給される安価な電力を使って「冷たさ」をあらかじめ備蓄しておこうというものだ。氷蓄熱は、地中などを電熱ヒータで温めるのと同様に乱暴な技術の一つだが、その言葉がそもそも乱暴だと思う。氷に蓄熱したら氷は解けるのだから「冷たさ」を蓄えることはできない。冷たさを蓄えるのだったら、蓄熱ではなく蓄冷と呼ぶべきだろう。
 実は、前回の初めに紹介したエクセルギー概念は、この冷たさを、れっきとした物理量の一つとして正確に表わすことができる。今回は、夏の建築環境に創出されるべき「涼しさ」はいかにして生み出されるかを、冷エクセルギーと温エクセルギーの関係、これらとエクセルギー消費の関係に注意して議論してみよう。
 図1は、日除け(日射透過率0.5;吸収率0.3)が室内側にあるか、それとも室外側にあるかの違いによって、日射や温・冷エクセルギーの出入りと消費がどう異なるかを比較したものである1)。熱の伝わり方には、前回の冬の例と同様に(長波長)放射・対流・伝導の三態があるのだが、この例では日射(短波長放射)の吸収―光から熱への変化―というもう一態が加わる。
 波型の矢印は日除け、あるいはガラス面を出入りする「温」あるいは「冷」放射エクセルギーを示す。前者を(温ex)、後者を(冷ex)の記号で示してある。太い矢印の方は「対流」で出入りするエクセルギーである。これには窓から室内空間に向かうものとその逆に室内空気から窓面に向かうものとがある。放射の場合と同様に、エクセルギーの値の下にある(温ex)と(冷ex)が温エクセルギーか冷エクセルギーかを表している。
 日除け面、あるいはガラス面のところに二つの横長の□があるが、その中にある数値は、上の□が日射エクセルギー「消費」、下の□が天井や床・内壁の方から窓面に入ってくる冷(または温)放射エクセルギーの「消費」を示す。これらの消費は、日射でも(長波長)放射でも吸収によって生じる。
 まず注目してほしいのは、日射エクセルギーと放射・対流で出入りする温・冷エクセルギーとではオーダーが3桁違うことである。窓面に入る日射エクセルギーは456W/㎡であるのに対して、室内側日除けから出る温放射エクセルギーは459mW/㎡、室外側日除けの場合では57mW/ ㎡、すなわち0.459W/ ㎡と0.057W/㎡だ。このことは光(日射)と熱とでは質が違うことを意味している。人の目の視覚と皮膚の温冷覚はこの相違と関係している。
 次に日射エクセルギーの消費を見ると、室内側の日除けでは124W/㎡、室外側では5.9W/ ㎡で、前者は後者の20倍である。そのため、室内側日除けの温度は、室外側日除けのあるガラス面よりも4.5℃高く、それに応じて室内空間へ向けて出る「温」放射エクセルギーが、前者で459mW/㎡、後者で57mW/㎡となっているのである。後者は前者の1/8に留まる。
 室内壁面の平均温度は、どちらの場合でも、外気温より2℃低いと想定しているので、窓面には「冷」放射エクセルギー39.5mW/㎡が入射している。この冷放射エクセルギーは、温度が高く大きな温放射エクセルギー源となる室内側日除けに吸収されると、消費が大きくなる。一方の室外側日除けの場合は、温放射エクセルギーの放出が小さいので、消費は小さくなる。前者は817mW/㎡、後者は204mW/㎡で、後者は前者の約1/4に留まっている。
 日射と(長波長)放射エクセルギーの消費が抑えられると、ひいては対流で窓面に流れ込むエクセルギーも抑えることができる。室内側日除けは1,444mW/㎡の冷エクセルギーが対流で窓面に流れ込んでいるが、室外側日除けではその1/11の128mW/㎡となっている。これは、室内空気に供給すべき冷エクセルギーをかなり小さくできることを示唆する。
 以上のように見てくると、室内側日除けは焼け石に水のごとくのイメージがわいてくる。日除けは窓ガラスの外側にあってこそ「放調」効果が発揮されるのである。
 a)室内側に日除けの場合  b)室外側に日除けの場合
図1 窓の室内側面におけるエクセルギー出入りと消費(夏)
 図2は、夏季の典型的条件について、室内の周壁平均温度(放射温度)と人体近傍の平均気流速の組み合わせが、人体内のエクセルギー消費にどのように関係するかを計算した一例である1)2)。人体内のエクセルギー消費は、前回の冬についての話でも述べたように、人体に掛かる熱的なストレスだと考えればよい。図2の例では、屋外の空気温度33℃;相対湿度60%、屋内は30℃;65%で、人は軽装で座って本を読んでいるような状況を想定している。
 縞模様状に見える線群は、その一本一本が等エクセルギー消費を表わす。太めの鎖線は皮膚表面全体のうち汗で濡れた部分の割合(濡れ面積率)が0.25となるような状態を示している。皮膚の濡れ面積率が0.25を超えると、不快の度合いが大きすぎて我慢できなくなる。濡れ面積率0.25の線は、健康と不健康の境界条件を示していると考えればよい。
 気流速が0から0.2m/sまでのあいだを見ると、人体のエクセルギー消費(すなわち熱ストレス)は周壁平均温度が29℃より高くなるにつれて大きくなり、また28℃より低くても大きくなっている。言い換えると、人体エクセルギー消費は、周壁平均温度28 ~29℃で最も小さい。これは、皮膚の濡れ面積率0.25の場合とほぼ一致している。発汗は、水の蒸発冷却を利用して皮膚表面温度を下げるための人体に備わった冷房の仕掛けと言うことができよう。
 気流速が0.2m/s以上では人体エクセルギー消費はさらに小さくなり得る。その場合の周壁平均温度は上限値が31℃ほどである。先に述べた室外側日除けは、周壁平均温度をこの程度の値までに抑えるのにたいへん効果的である。壁や窓の断熱性向上が冬の放調として重要だったように、窓の遮光・遮熱性向上は夏の放調として重要なのだ。
 対向する二つの窓が開放され風通しがよくて心地よい。そのような「涼しい」という言葉がまさにふさわしい建築環境を「涼房」と呼ぶ1)。その創出には、ほどよく揺らぎながら室内空間を通り抜ける―温度はそれほど低い必要のない―外気とともに、壁や天井・床の表面温度がほどよく低いことが肝要だ。涼房は放調からたる所以である。
 

図2 人体エクセルギー消費と気流速・周壁平均温の関係
   (夏季:外気温湿度33℃;60%) 
参考文献
1)M.Shukuya, Exergy: Theory and Applications in the Built Environment, Springer-Verlag London,2013
2)宿谷昌則編著:エクセルギーと環境の理論―改訂版、2010年