木とながくつきあう⑤
世界の木造建築と伝統の知恵

石山央樹
(中部大学工学部建築学科 講師
いしやま・ひろき|
1975年静岡生まれ。
1998年東京大学工学部建築学科卒業、
2000年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程終了。
同年住友林業株式会社入社。
2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
2010年より九州大学非常勤講師、
2012年より中部大学講師。
専門は木質構造、木質材料、耐久性、建築構法。
博士(工学)、技術士(建設部門)、一級建築士
 前回、木造建築において耐久性を確保するための構法上の工夫、特に、木材を水分のアタックから守る、あるいは水分のアタックを少なくするための基本知識とディテールについて概説した。今回は、世界の木造建築における雨水対策構法の実例を紹介することで、伝統的な知恵について考えたい。
建築を旅する 
 建築はいわゆる不動産である。すなわち、特殊な例を除けば、建築されてから除却されるまでその建築地特有の気候条件に曝され続ける。したがって、寒冷地域であれば、韓国のオンドルのように暖をとるための工夫がなされたり、北欧の分厚い断熱材のように熱を逃がさない工夫がなされるし、暑熱地域であれば、沖縄の雨端のように外気を冷やしてから取り入れる工夫がなされたりする。
 当然のことながら、これらの工夫は温度条件だけではなく降雨条件や湿度条件にも影響を受ける。低温低湿のヨーロッパと、高温多湿の日本とでは自ずと構法が異なってくる。前回までに木材の耐久性に対する大敵は水分であり、この水分による腐朽対策が日本における木造建築の耐久性向上の要であることを解説してきた。雨水に対するディテールが発達しているオーストリアの例を挙げたが、実はオーストリアでは外壁に使用する木材にすら防腐剤を使用しない例がよく見られる。日本とは異なり、構法上の工夫だけで十分に腐朽リスクを回避できるからかもしれない。
 このように、建築は地域特有の外力によってその構法が特徴づけられるが、さらに、その地域で調達しやすい建材によって構成されることにより、地域特有の建築が構築される。日本国内では今でこそどこでも同じような住宅が並んでいるが、原風景としての建築は、北海道や東北と沖縄とでは大きく異なるのである(写真1)。国内外問わず、さまざまな土地を旅して建築を見る楽しみは、まさにこの地域性に触れる楽しみであるといえよう。さらに、自分が属する土地の建築とは異なる建築を観察することにより、伝統的な構法上の工夫を第三者的に再認識することもできるのである。 
 
 写真1 沖縄の古民家 写真2 タイのRC造  
タイの木造建築  
 現在のバンコクにおける建築はRC造が主流であり、木造はあまり見かけない(写真2)。しかし、当然のことながら、以前は木材が建築の主な材料であり、現在は王宮や博物館などで見られる伝統家屋に以前の木造を垣間見ることができる。タイ北部は良質なチークの産地であり、これら王宮や伝統家屋にもチークが多用されているようである(写真3)。チークは耐朽性が非常に高く、かつては船体にも使用されていた。
 バンコクでは4 ~10月が雨季である。この時期の降雨はいわゆるスコールである。スコールのように短時間に大量の降雨がある場合、防水上の継ぎ目から水分が浸入するリスクが増加するが、タイの伝統建築に見られる急勾配屋根は、これらのリスクを相対的に低減させている(写真4)。また、タイ北部には未だチーク材を外壁に使用した木造住宅が多数みられる。これらの住宅の外壁の多くは、腰高以下を下見板張りとし、腰高以上を縦板張りとして張り分けている(写真5)。
 この張り分けの理由はおそらく次のようである。木材表面を伝わる水滴は、木材繊維方向には流れやすいが、直交方向には相対的に流れにくい。したがって、雨水を滞留させないディテールとしては、木材を縦方向(繊維方向が鉛直となる方向)に配置するのが望ましい。しかしながら、壁面に風をともなってアタックする雨水に対しては、雨水を内部に浸入させないディテールが重要となる。このような場合、縦板よりも下見板張りとして上下方向に重ね代を確保する方が有利である。そこで、腰高程度以上の部分は軒を出すことによって、風を伴って降りつける雨水の浸入リスクを軽減し、腰高程度以下の部分は雨水の滞留リスクよりも浸入リスクを重視して下見板張りとしているのであろう。さらに、腐朽した材を取り換える際、腰高程度であれば、下見板張りでも解体しやすい。 
 
写真3 総チークの王宮 写真4 急勾配屋根 写真5 縦張りと下見板張り
   
写真6 下見板張りのような外観  写真7 杮葺きのような外壁 写真8 一部葺き替えられた外壁
カナダの木造建築 
 カナダはアメリカ合衆国と同様、ツーバイフォー構法が盛んに建てられている。では木造建築にとってマイルドな環境であるかというとそうでもなく、カナダ東部は湿地帯が広がっている。また、高い山などがなく、風が強く吹き付ける。このような、木材にとってはやや過酷な環境であるにもかかわらず、外壁に木材を使用している住宅が多数見られる(写真6)。
 これらは一見下見板張りのように見えるが、近づいてみると、杮葺きのように木板を繊維方向が鉛直方向になるように並べ、下見板張りのように下から順次重ね張りしている構法であることが分かる(写真7)。これはまさに、前述した雨水の浸入リスクと滞留リスクを同時に軽減させることのできる構法である。ただし、ある程度の大きさの板材を必要とするため、歩留まりがあまりよくないこと、下見板張りと異なり縦方向の継ぎ目(横に並ぶ材どうしの継ぎ目)があるため、上下の重ね代を大きくとる必要があり、材積が大きくなること、部品の大きさが下見板張りに比べると小さいため、施工手間がかかることなどのデメリットも予想される。
 言うまでもないが、これら外壁に使用する木材は高い耐朽性が要求される。カナダ東部ではホワイトシダーという耐朽性の高い樹種を使用しているようである。また、これも当然のことながら、長期使用のためにはメンテナンスも重要である(写真8)。カナダ東部ではよく手入れされた住宅が多数見られる。筆者が宿泊した宿も築150年の建築をメンテナンスしながら使用しているが、非常に快適であった。 
     
 写真9 装飾水切り  写真10 装飾竪樋  写真11 水切りと雨水 
マカオの外壁
 木造ではないが、マカオで雨水対策ディテールについての良い例を見かけたので追記しておく。マカオもバンコク同様、スコールが降る地域である。さらに、マカオの旧市街地は石畳が多いため、雨水の処理には気を使っていることがうかがえ、装飾水切り(写真9)だけでなく、装飾竪樋(写真10)などが見られる。筆者がマカオを訪問した際、ちょうどスコールに見舞われ雨宿りをしていると、水切りが上からの雨水を外側に排出し、水切り以下の外壁に雨水を伝わらせない状況を確認できた(写真11)。ちなみに、外側に排出された雨水の行先に花壇があるのはよかったが(植栽と地面により、雨水の跳ね返りが建物本体にかかるのを抑えることができる)、残念なことにキュービクル類が配置され、雨水に対する花壇の効果を台無しにしていたことを付け加えておく。
伝統の知恵を見直す 
 地域特有の外力に対する構法的な工夫は、その地域で入手しやすい材料や社会的な背景と一体となって、様式化する。様式を踏襲することにより、理由やメカニズムを知らずとも合理的な設計をすることが可能であり、その意味では様式の果たす役割は大きい。しかしながら、ともすると工夫の意味やメカニズムは忘れられ、様式は形骸化してしまう。先に述べたマカオの花壇の例はその一例であろう。いま一度伝統の知恵を見直すと、現代の材料や社会的背景を考慮した上で、さらによい構法が生まれるかもしれない。地域の伝統の知恵を見直すために、建築を旅することをお勧めしたい。旅先の旨い料理と酒と対話もそれらの一助となることだろう。