これからの都市計画とまちづくりを考える
第6回
環境の変化に対応するしなやかさ

村山顕人
(名古屋大学大学院環境学研究科 准教授
むらやま・あきと|名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻・准教授(工学部環境土木・建築学科/減災連携研究センター兼務)。
1977年生まれ。
2004年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
東京大学国際都市再生研究センター特任研究員を経て、
2006年10月から名古屋大学に在籍。専門は都市計画・まちづくり。
2004年日本都市計画学会論文奨励賞受賞。
共著に『世界のSSD100:都市持続再生のツボ』(彰国社)、『都市のデザインマネジメント:アメリカの都市を再編する新しい公共体』(学芸出版社)など
都市とまちを取り巻く環境の変化
 生産年齢人口減少、高齢者激増、経済停滞、格差社会の顕在化、財政難、環境問題(気候変化、エネルギー、食糧、水の問題を含む)の深刻化といった進行性リスク(緩やかな環境変化)に適応しながら、巨大地震の到来という突発性リスク(急激な環境変化)に備え、持続可能な安全安心社会を実現することがこれからの都市計画とまちづくりの大きな目標です。この目標は、安全性、保健性、利便性、快適性といった生活の質の向上や経済的合理性を伴わなければ、社会を構成する多様な主体の理解・納得・共感を得ることができず達成できません。また、都市計画やまちづくりをしなやか1)に進めなければ、この大きな仕事に前向きに取り組むこともできません。最終回の本稿では、都市計画・まちづくりの仕事において環境の変化に対応するしなやかさを獲得していく際のヒントとなりそうな考え方やエピソードを紹介します。
制度としての都市計画、運動としてのまちづくり 
 「都市計画」と「まちづくり」の定義はさまざまですが、最近の教科書2)には、「都市計画:国家における、政府による、統一的連続的な、環境形成制度」、「まちづくり:地域における、市民による、自律的継続的な、環境改善運動」という定義があります。名古屋市の都市マスタープランに盛り込まれた「地域まちづくりの推進」は、地域のまちづくりを支援し、その成果の一部を都市マスタープランに盛り込み、都市計画の方針を実現したり、方針をより良い方向に修正したりすることを目論んだものです。実はここには、制度としての都市計画が環境の変化に対してしなやかに応えていないため、運動としてのまちづくりに期待を寄せているという背景があります。
 このことを5月にドイツのドレスデン(写真1)で開催された気候変動への地域の対応に関する国際会議で話したところ、フォーマルな都市計画を重視する国の参加者は首を傾げ、都市計画があまりうまく進んでいない国で仕事をしている参加者は共感してくれました。主催者であるライプニッツ生態都市・地域開発研究所(写真2)所長のBernhard Müller教授は、総括コメントで、「気候変動適応プログラム・施策の実現においては、フォーマルな道具(柔軟性はないが強力な計画・規制など)とインフォーマルな道具(柔軟性はあるが必ずしも強力ではないアクション・オリエンテッドな取り組み、さまざまな形での調査研究成果の提示等)を上手に組み合わせる必要がある」と述べました。「都市計画からまちづくりへ」ではなく、都市計画とまちづくりの両方の発展と両者のインターフェースの設計が重要だと認識しました。
写真1|ライプニッツ生態都市・地域開発研究所があるドレスデン市の中心部
理論と実践、研究と実務  
 3月に、オランダのアムステルダムから約30km東に位置するアルメレ市を訪問する機会がありました。同市は、1970年代後半に開発が始まった現在人口約20万人の新都市で、シンプルかつ興味深いデザインの建物と徹底的な歩行者・自転車・バス・自動車の動線分離に感心しました。子育て世代がベビーカーを遠慮なく押せ、お年寄りがシニアカーを乗り回せるこの環境(写真3)は、超高齢社会を迎える日本の既成市街地で何とか実現したいことの1つです。アルメレ市役所の30代の交通デザイナーHarmen-Otto Smedes氏によるプレゼンテーションは、大学の都市計画の講義のようにハワードやコルビジェの思想、ローマクラブの提言、ブキャナンレポートの解説から始まり、その後、こうした理論に基づく実践とその評価に関する内容が続きました(写真4)。オランダの新都市なので理論と実践が結びつきやすいのですが、行政のプランナーやデザイナーが、理論に基づく揺るぎない方針をもって実務に携わっている姿勢は羨ましく思いました。東海地方でも多くの実務家(行政職員やコンサルタント)が研究者と接点を持ってくれていることは心強く思います。先のMüller教授は、「まだまだ学術(science)と実践(practice)の間に大きなギャップがあるので両者のインターフェースに関する研究を進める必要がある」とも述べていました。  
写真2 筆者が滞在した同研究所の客員研究員室
 
 写真3|自動車を排除したアルメレ市中心部 写真4|アルメル市役所Smedes氏ほかとの情報・意見交換
合意形成・意思決定を支えるデザイン提案
 Project for Public Spaces3)のfacebookに配信された「子どもたちのために都市をつくれば、それはみんなにとってうまくいく(If youbuild a city for children, it works foreveryone)」というフレーズは、6月にストックホルムで開催された公共空間に関する国際会議の発表から引用されたものです。「子育て日本一」を目指す水の都・岐阜県大垣市では、2009年度より、市役所内各課、各種団体、筆者の研究室のメンバーで構成されるシンクタンク「都市みらい戦略会議」(2013年度から「子育て世代に選ばれる都市戦略会議」)を設置し、研究活動を展開しています(写真5)。これは、将来策定する法定計画の中核となり得る都市戦略を検討すると同時に、検討に参加する30~ 40代の若手メンバーの政策立案能力を高めることを目的としています。今年度は、各種団体と一般公募の参加者を増やし、(財)地域総合整備財団の補助金も頂き、産官学民連携で「子育て世代に選ばれる都市戦略」(より具体的には、小さな産官学民連携プロジェクト、大垣駅南街区市街地再開発事業周辺地域の空間モデル案、シティプロモーションの展開)に取り組みます。子育て世代(および子どもたち)の視点から都市環境を評価し、その改善を検討するもので、結果的に、多世代の人々の生活の質の向上につながると思います。同時に、しなやかに産官学民連携の取り組みを展開する雰囲気ができつつあることを実感しています。  
写真5|大垣市子育て世代に選ばれる都市戦略会議の様子
おわりに 
 日本の都市とまち、そこで暮らす私たちが置かれている環境は大きく変化し、また、その不確実性も高くなってきています。従来の方法では対応できない悩ましい環境変化ばかりですが、Müller 教授の言葉を借りれば、不確実性は機会と捉えるべきであり、実はこれまでもプランニングは不確実性の下で進めてきたのです。この機会を無駄にしないためにも、環境の変化を的確に捉え、都市計画とまちづくり、理論と実践(研究と実務)、子どもからお年寄りまでのバランスを取りながら、しなやかに都市計画やまちづくりを進めたいところです。(了)  
 1) 柔軟、臨機応変、粘り強い、やわらかい、したたか、クール、自然体といった意味
2) 伊藤雅春・小林郁雄・澤田雅浩・野澤千絵・真野洋介・山本俊哉編著(2011)「都市計画とまちづくりがわかる本」彰国社
3) 公共空間に関する計画・デザイン・教育NPO