木とながくつきあう③
木材の劣化

石山央樹
(中部大学工学部建築学科 講師
いしやま・ひろき|
1975年静岡生まれ。
1998年東京大学工学部建築学科卒業、
2000年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程終了。
同年住友林業株式会社入社。
2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
2010年より九州大学非常勤講師、
2012年より中部大学講師。
専門は木質構造、木質材料、耐久性、建築構法。
博士(工学)、技術士(建設部門)、一級建築士
 これまでに、木材を使用した納まり、特に水分の滞留に着目したディテールの紹介を通して、木とながくつきあうことについて問題提起をするとともに、木材の重要な性質である、木材と水分との関係および膨潤・収縮のメカニズムについて解説をした。今回は、木材の特徴の中でも劣化に関する事項をおさらいしたい。
木材は何からできているのか 
 木材の主要成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンであり、これら3成分が木材の90%以上を占めている。
 [セルロース:(C6H10O5)n] いわば木材の骨格とも言える成分であり、約50%を占める。セルロースはグルコース(ブドウ糖)が多数結合した高分子で、木材の繊維(厳密に言えば、木材の細胞壁を構成する繊維であるミクロフィブリル)を構成している。
 [ヘミセルロース:(C5H8O4)n 、(C6H12O6)nなど] セルロースとともに木材の繊維を構成する成分で、「セルロース以外の糖」を指す。木材の約20~30%を占める。
 [リグニン:化学式は図1参照] セルロース、ヘミセルロースからなる木材の繊維を強固に結びつけるとともに、細胞壁どうしも固定化する、いわば接着剤のような役割を果たしている。木材の約20 ~30%を占める。
 ここで、それぞれの成分の化学式をいま一度見直していただきたい。お気づきのように、木材はそのほとんどが炭素(C)、酸素(O)、水素(H)で構成されている。植物の光合成を思い出していただくと分かるように、樹木は空気中の二酸化炭素(CO2)と土中の水分(H2O)を太陽からの光エネルギーを利用して、自らの体-細胞壁-セルロース、ヘミセルロース、リグニン-を作っているのである(図2)。「木は何でできているのか-樹木の生育に必要なものは何か」という問いに対し、「土中の水分と養分である」と答える向きが少なくないが、これでは片手落ちである。細胞壁の構成には二酸化炭素由来の炭素(C)が不可欠であるし、養分-リン(P)や窒素(N)など-は細胞の生命活動には必要であるものの、細胞壁の構成材料にはならない。
図1 リグニンの近似的模式図の例(*1)
木材の劣化 
 木材の主な劣化として、紫外線劣化、熱劣化、摩耗、凍結融解などの「物理劣化」と、腐朽やシロアリ等による食害などの「生物劣化」が挙げられる。特に生物劣化は木材に特有で、かつ大きな被害となることがあるので、そのメカニズムを知ることは重要であろう。
 先に述べたように、木材は太陽エネルギーを利用して二酸化炭素と水を有機物に再構成したものである。言い換えれば、その構成物質内にはエネルギーが蓄えられているということである。特にセルロースはブドウ糖が多数結合した物質なので、そこからエネルギーが得られるだろうということは容易に想像できるだろう。ただし、残念ながら人間はセルロースを分解する酵素を持ち合わせていないので、直接摂取してエネルギーとすることはできない。これを可能にしているのがシロアリや腐朽菌である。シロアリはその体内に有する酵素やバクテリアによってセルロースを分解、変化させ、エネルギーとして利用していると言われている。また、腐朽菌はセルロース、ヘミセルロース、リグニンに作用する酵素を分泌してそれらを分解、低分子化し、エネルギーとして利用している。なお、セルロースやヘミセルロースなどの多糖類が分解されて褐色であるリグニンが残り、全体として褐色を呈するものを褐色腐朽、リグニンも分解されて全体として白色を呈するものを白色腐朽と呼ぶ。褐色腐朽はセルロースが分解されるので指で押しつぶすと粉状になり、白色腐朽は繊維状になる。
 少々話は脱線するが、この、植物に蓄えられたエネルギーの利用は昔から行われている。直接燃焼させてエネルギーを得る薪や炭、化石燃料となった木材である石炭、最近ではバイオマス発電やバイオエタノールなどの取り組みである。特にバイオマスやバイオエタノールはカーボンニュートラルな材料(*2)として注目されている。
   
図2 樹木の生育に必要なもの 図3 シロアリ食害
耐久性設計と木材保存方法 
 木材に生物劣化をもたらす主なものはシロアリと腐朽菌である。これらの生育条件、すなわち木材が生物劣化する条件は、前回述べた通り、①栄養(=木材)、②適度な温度(=人間の活動温度域と重なる)、③酸素(人間の生命活動にも必要)、④水分である。すなわち、木造住宅における劣化軽減対策のうち、最もプリミティブな方法が「木質部材を水分のアタックから遠ざけること」である。この「水分のアタック」の主なものは、雨水、生活水、結露水、床下高湿度環境からの水分である。すなわち、雨水を滞留させない、あるいは雨水を侵入させない雨仕舞、生活水に対する水仕舞、壁体内部結露を発生させない断熱気密構成、床下通気などが必要である。
 これら水分に対する対策を講じた上で、フェールセーフ機構として木材保存剤の利用がある。防腐剤は、木材腐朽菌の細胞膜を破壊したり、酵素阻害をすることによってその効力を発現する。かつてはCCA(クロム・銅・ヒ素化合物系)が多く使用されてきたが、その毒性から現在はほとんど使用されなくなり、代わりに、ACQ(銅・アルキルアンモニウム化合物系)、AAC(アルキルアンモニウム化合物)、CUAZ(銅・ホウ素・アゾール化合物系)などが使用されている。防虫(防蟻)剤は、害虫に対し、中毒症状、神経系の麻痺、呼吸器の停止などを起こさせるものや、忌避効果があるものなどがある。従来は土壌処理や木部処理で効果を発現していたが、近年では、遅効性を持たせたベイト剤(毒餌剤)によってコロニー(シロアリの巣)ごと絶滅させることを狙った、維持管理型のベイト工法などが開発されている。また、化学的な防蟻ではなく、シロアリが通り抜けることのできない大きさのメッシュを利用した物理的な防蟻方法なども開発されている。余談ではあるが、古く沖縄で行われていた、潮干(スーカン:用材を砂浜に埋めておく処理で、防虫効果が高まると言われている)もフェールセーフ的な対策の一つであったのだろう。
 一次バリアとしての水分対策、二次バリアとしての木材保存剤利用、さらには維持管理方法を、個々の建築条件に合わせて適用し、木とながくつきあうためのよりよい方法を選択したいものである。
 
図4 木材腐朽
木材は死んでいる
前回に引き続いてやや硬い内容となったが、木材の生物劣化とその予防方法に関し、根本的な部分からご理解いただけたであろうか。
 やや夢を壊すような言い方になるが、木材は死んでいる。樹幹の中で生きている部分は形成層のみであり、木材となる部分は生命活動を終えた細胞の集合体である。植物は一度根をおろすと、そこから自ら移動することはできない。生命活動を行うにはエネルギーが必要であり、移動できないという限られたエネルギー環境下では、形成層という最小限の部分のみに生命活動をさせ、そのほかの部分は樹幹の維持のみさせるという仕組みは合理的なのである。
 木とながくつきあう方法を考える上では、すでに生命活動を終えている木材に対し、これらを長く健全な状態に保つ環境は人間が提供してやらなければならない、ということを常に意識しておくことが重要であろう。
*1 城代進ほか:木材科学講座4 化学, 海青社, 1993
*2 バイオマスやバイオエタノールは燃焼すると二酸化炭素を排出するが、これに含まれる炭素は大気中の二酸化炭素由来であるため、大気中の二酸化炭素を増加させない。この性質をカーボンニュートラルと呼ぶ。ただし、現在の技術ではバイオエタノールの精製には他のエネルギーを投入する必要があるため、厳密に言えば完全にカーボンニュートラルとは言えない。石油や石炭などの化石燃料に含まれる炭素も大気中の二酸化炭素由来であると言われているが、これらが取り込まれたのは遠い過去であり、現在のみについて考えた場合は大気中の二酸化炭素を増加させているので、カーボンニュートラルとは言わない。