木とながくつきあう ②
木材と水分、膨潤・収縮

石山央樹
(中部大学工学部建築学科 講師
いしやま・ひろき|
1975年静岡生まれ。
1998年東京大学工学部建築学科卒業、
2000年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程終了。
同年住友林業株式会社入社。
2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
2010年より九州大学非常勤講師、
2012年より中部大学講師。
専門は木質構造、木質材料、耐久性、建築構法。
博士(工学)、技術士(建設部門)、一級建築士
 前回、木材を使用した納まり、特に水分の滞留に着目したディテールの紹介を通して、木とながくつきあうことについて問題提起をした。今回は、(読者の皆さんには釈迦に説法であることを承知の上で)建築材料としての木材の特徴や性質、特に木とながくつきあっていく上で抑えておいた方がよいと思われる特徴や性質、特に水分に関することと直交異方性について、いま一度見直したいと思う。  
木材と水分  
 樹木の生長に必要なものの重要な1つが水である。一方、木材の耐久性に対して重要な意味を持つものもまた水である。木材の生物劣化(生物劣化については別に機会に詳しく触れたい)に必要なものは、劣化させる生物のエネルギー源になる「栄養」、劣化させる生物が活動するのに適した「温度」、劣化させる生物の代謝に必要な「酸素」(≒空気)、同様に劣化させる生物の代謝に必要な「水分」の4つである(図1)。このうち、栄養は木材そのものであるし、人間が木材利用する環境下では適度な温度や酸素をなくすことは難しい。このため、木材の生物劣化を防ぐための最も有効な手段が「水分を極力なくすこと」なのである。 
図1 生物劣化の4条件
含水率と木材の性質   
 木材中の水分量を表す指標は「含水率」である。木材の含水率は「木材の全乾質量に対する、含まれる水分の質量の比」である。ちなみに、「人間の体に含まれる水分量は60 ~70%」などと言うときの分母が水分も含んだ質量を指すのとは異なることに注意が必要である。 木材中の水分は2つの形態で存在する。木材を構成する分子と結合している、すなわち細胞内に含まれる水分を結合水と呼び、細胞間に存在する水分を自由水と呼んでいる。全乾状態から水分を増加させていくと、まず水分は結合水として存在し、やがて細胞内に存在しきれなくなり、自由水として存在するようになる。この「細胞内に存在しきれなくなる」境界の状態を繊維飽和点と呼び、そのときの含水率は22 ~35%程度である(図2)。
 結合水の存在量は木材の種々の性質に大きな影響を与える。一方、自由水の存在は木材の性質にはさほど影響を与えない。また、木材の腐朽には自由水が不可欠であり、繊維飽和点以下では腐朽は一般的に発生しない。例えば、結合水は木材の膨潤・収縮に著しい影響を与える。結合水は細胞に直接作用して細胞壁の厚みを変化させるため、含水率が高くなれば膨潤し、低くなれば収縮する。結合水はまた木材の電気伝導率に対しても大きな影響を与え、含水率の増加とともに急激に上昇する。木材の電気抵抗式含水率計はこの性質を利用したものである。
   
図2 含水率の状態 図3 細胞壁モデル
直交異方性という性質 
 前回、木材はストローを束ねたような構造をしているため、直交異方性という性質を持つということを述べた。例えば、力学的には、繊維方向には強く、繊維直交方向には弱いという具合であり、膨潤・収縮の度合い(収縮率)に関しては、繊維方向:半径方向:接線方向では概ね0.5:5:10といった具合である。今回はもう少し、膨潤・収縮について詳しい説明をしたい。
 結合水は木材繊維である分子に作用するが、繊維方向の分子内の結合を断ち切ってその間に作用するのではなく、分子のいわば側面に作用するため、含水率の増減による膨潤・収縮は、繊維の長さの変化として現れるのではなく、太さの変化として現れる。木材の細胞は図3のような構造をしており、木材の繊維(ミクロフィブリル)は細胞の軸方向-木材の軸方向でもある-に近いものの割合が多いため、木材の膨潤・収縮は繊維直交方向よりも繊維方向の方が大きいというわけである。また、早材よりも密度の大きな晩材は収縮率も大きい。早材と晩材が交互に存在する半径方向では膨潤・収縮量は早材・晩材の膨潤・収縮量の総計となるが、全長にわたって晩材が存在する接線方向の膨潤・収縮量はこれよりも大きくなる。このため、収縮率は半径方向よりも接線方向の方が大きい。また、放射組織(半径方向に連続する組織)が半径方向の膨潤・収縮を拘束することや、放射壁には壁孔(細胞壁面にある孔で、これを通して水分が細胞間を移動する)が多く、膨潤・収縮しにくいことなども、半径方向よりも接線方向の収縮率が大きいことの理由と言われている。
 
図4 板目材の変形
膨潤・収縮と反り、背割り
 半径方向と接線方向とで収縮率が異なるということは、木材に反りや割れを引き起こす原因となる。板目材が乾燥すると木表側に反ることはよく知られているが、この原因もまた半径方向と接線方向の収縮率の違いである。
 板目材の木口を見ると、木裏側の辺は半径方向により近い角度であり、木表側の辺は特に中心部分は接線方向により近い角度であることが分かる。前述したように半径方向よりも接線方向の収縮率が大きいため、板目材が乾燥すると、木裏側より木表側が相対的に大きく収縮し、木表側に反るのである(図4)。また、木材に放射方向に干割れが入るのも同様のメカニズムである。木表寄りが収縮しようとするのに対し、心寄りの部分が相対的に小さな収縮となって木表寄りの部分を拘束するため、放射状の干割れが生じるのである。
木材をより適切に使うために
 以上、木材における水分と膨潤・収縮のメカニズムについて説明した。集成材が木表と木表を接するように接着して変形を抑えているメカニズムや、製材に背割りを入れる理由などお分かりいただけたであろうか。現在は乾燥材が出回るようになり、乾燥収縮や乾燥割れのリスクは相対的に減ってきていると考えられるものの、木材利用を拡大していくためには避けて通れない問題であろう。
 通常は水に濡れない納まりであってもフェールセーフ的な考慮をすることは有意義であろうし、前回述べたような木材のディテールの工夫をする場合にも、木材と水分、膨潤・収縮のメカニズムを思い出していただければ幸いである。