まちの風景
第5回
夕夜景~風景をとらえる感性

大影佳史|名城大学理工学部環境創造学科 准教授
  おおかげ・よしふみ|京都市生まれ。
京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程(~1998.3)。
京都大学大学院工学研究科助手(1998.4 ~)。
博士(工学)京都大学(2002.11)。
名城大学理工学部講師(2003.4~)。
同准教授(2007.4 ~)。
一級建築士。
作品に「京都大学総合博物館(南館)」「愛知万博瀬戸会場竹の日よけプロジェクト」。
共著に『都市・建築の感性デザイン工学』『建築思潮05(漂流する風景・現代建築批判)』など。建築・都市・環境デザイン
 人間に豊かな環境体験をもたらしうるものとして、時間的な環境の変化、1日の変化や季節の変化などが挙げられるだろう。たとえば、子どものころ、暗くなるまで遊んだ記憶は多くの方がお持ちのことと思う。
 このような、印象に残る風景や原風景などの心象風景について研究がなされているが、中でも夕刻の時間帯の事例、環境の変化により生じる風景が多く挙げられることが報告されており注1)、そのような風景は印象に残りやすい側面もあるようである。
 文化的にみても日本人は伝統的に、1年を通じては四季の変化、1日の中では特に昼から夜、あるいは夜から朝へと移り変わる境界の時間帯の風景に価値や特別の意味を見出してきたといえる 1)。
 例を挙げれば、たとえば景観の八景式鑑賞法というものが知られている。金沢八景、近江八景など○○八景という語をお聞きになったことがあろうかと思う。これは、中国、湖南の瀟湘八景と呼ばれるものが発祥であり、これになぞらえたものである。鑑賞対象である景の型として時刻や天候の変化などが重要な要素として意識されていることが特徴的である。そして時刻においては、8つの景のうち、6~7つまでが夕から夜にかけての時間帯を対象としていることが興味深い(図1)。
 「はるはあけぼの やうやうしろくなりゆく…」ではじまる清少納言「枕草子」のように、古典文学作品の記述などを見ても、季節の変化や、1日の中でも昼夜の移り変わる時間帯の描写は多く見られる。ちなみに、「枕草子」では、はるは「あけぼの」、なつは「よる」、あきは「ゆうぐれ」、ふゆは「つとめて」(早朝)としてその様子が描かれている。
 また、俳句における季語のように、時節に意識的な文化があり、さらには、年中行事も含め、「歳時記」が存在する。
 我々の有してきた日本語の語彙を調べた研究によると、昼・夜の時間帯に比して明け方や夕暮れ時の境界の時間帯の現象に関する語彙が多いことが報告されている 2)。
 これらは一例であるが、日本人は伝統的に、環境の移ろい、変化を感じとる感性を持ち、そのような文化を有していると見ることができる。
 今回これについて触れようと思ったのは、現在の都市環境、日常生活の中で、このような環境の移ろい、変化を感じとる感性が、失われつつあるのではないか、と案ずるところがあるからである。日常のまちのくらしで、環境の変化、風景を、どれほど感受することがあるだろう。
 冒頭、印象に残りやすい風景のひとつとして、夕刻の時間帯があることを記したが、筆者も近年、既往の研究にならって、子どもの頃の遊び、記憶に残る風景について大学生に尋ねている。今のところ多くの学生は、小学校のグランドか公園の遊具を描くのみであり、どうも環境との呼応、環境への感受性を読み取ることができない。われわれの日常生活(特に都市部)の経験を顧みても、いつの間にか暗くなっている、夜になっている、ということが大半なのではないだろうか。
 とすると、現代の都市環境は、これまで述べたような環境の変化を感じ取ることができる環境であるだろうか、どのような環境であれば、そのような感性を育んでいけるのだろうか、ということが問いのひとつとなる(問題は、環境側の問題と人間側の問題、表裏一体のことであるのだが)。  
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 図1 八景式鑑賞法の変動要因(参考文献4)に基づき作成)   
 これまでの筆者の研究の中で、昼から夜にかけての移り変わりは、(視覚的に)どのようなものか、分析したことがある。
 (図2)は分析対象の一例で、ある景観の昼から夜にかけての変化を時系列に画像として記録したものである。これは山や池の水面、木々、建築物などの景観構成要素からなる景観の事例だが、このほかさまざまな事例について、画像処理を用いた分析を行った(詳細な分析や結果説明は省略する)。すると、変化の特徴について、当初は、全体として暗くなっていく、夕焼けにより空が赤くなるといった一般的で分かりやすい説明が想定されたが、実際に生じているのは、そのような単純な変化だけではなく、各景観構成要素ごとに色彩特性、その時間的な変化傾向が異なることによって、まとまりの具合や、強調されやすい箇所など、より複雑な変化が生じていることが読み取れたのである。そして、景観構成要素の中でも特に、空、山、水面といった自然要素が、夕刻の景観の様相変化において大きな影響を持つことが示唆されている。
 (環境の変化を感受するにあたって空が重要であることは容易に想像できるであろう。加えて、夕刻の変化において、空と山の関係、空と山と水面の関係などにも特徴的な変化のパターンが見られ、そのような自然要素が視覚的に重要な役割を果たすことが示唆された。(図3))
 これに関して、その後、被験者実験を行い、たとえば極端な例では、都市内のビル群などに囲まれた環境とそうではない自然要素(空、山、水面など)を含む環境、また、そのような景観構成要素の組み合わせ、割合や配置などの景観構成の違いによって、環境の変化の仕方およびその感受のされやすさが異なる可能性が示唆されている(ここでも、自然要素の重要性が示唆された。このほか、特に空とほかの要素との関係が重要となること、また照明点灯の時刻の影響なども見られた)。3)  
 
 図2 昼から夜、時系列変化画像(例)
 

図3 夕刻の景観の時系列変化の特徴(モデル図) 

 ともあれ、述べてきたような環境の変化が存在し、それを感受できることは、環境と人間の関係の重要な一側面であるはずである。また、前半に述べたような文化的背景を受けて、先人が育んだ感性を継承していけるような環境づくりは、建築や都市にかかわるものの取り組むべき課題のひとつではないかと思う。
 環境の変化を意識したという意味では、古くは阿弥陀堂の建築や、観月を意図した庭空間なども思い当たるが、都市の空間として気になる例として、広重の描いた図絵を挙げておこうと思う(図4)。「四条河原夕涼」とあるように、これも夕刻の様子である。環境との呼応の様子は興味深い。 
四条河原夕涼.png
 図4 京都名所「四条河原夕涼」(安藤広重筆)
注1) 堀ほか5)は大学生にアンケート調査を実施し、日常空間そのままでは「印象的」というインパクトを与えず、太陽(朝日・夕日)・桜・雪・夜景などの要素により日常空間が清新化され「印象的な風景」となるとしている。
 茂原ほか6)は青年男女を対象に「原風景」についてアンケートを行い、全体の41 %を占める「日常遊び型」の時刻で夕方が多いことを示している。また構図・景観要素・時節などのカテゴリーで「秋冬・天空型」が全体の33 %を占め、その特徴は秋・冬の空あるいは夕方であるとしている。 
■参考文献
1)小林亨:移ろいの風景論- 五感・ことば・天気、鹿島出版会、1993
2)小林享:景観の移ろい効果に関する基礎的研究、造園雑誌、1987.3
3)大影佳史:時系列連続写真の分節実験からみた夕刻の景観の印象変化に関する基礎的考察、日本建築学会計画系論文集、2011.1
4)篠原修:新体系土木工学59土景観計画、技法堂出版、1982
5) 堀繁ほか:体験された風景の構造、造園雑誌、1988.3
6) 茂原朋子ほか:青年の” 原風景” の特性と構造に関する研究、日本都市計画学会学術研究論文集、1991.11