これからの都市計画とまちづくりを考える
第4回
減災の視点から見直す都市計画

村山顕人
(名古屋大学大学院環境学研究科 准教授
むらやま・あきと|名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻・准教授(工学部環境土木・建築学科/減災連携研究センター兼務)。
1977年生まれ。
2004年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
東京大学国際都市再生研究センター特任研究員を経て、
2006年10月から名古屋大学に在籍。専門は都市計画・まちづくり。
2004年日本都市計画学会論文奨励賞受賞。
共著に『世界のSSD100:都市持続再生のツボ』(彰国社)、『都市のデザインマネジメント:アメリカの都市を再編する新しい公共体』(学芸出版社)など
東日本大震災から学ぶこと
 東日本大震災による宮城県仙台市および名取市を中心とする仙塩広域都市計画区域の津波被害の範囲は、概ね仙台東部道路よりも海側でした。その大部分は都市計画法で指定される市街化調整区域(市街化を抑制すべき区域)で、農業振興地域の整備に関する法律による農用地区域も広範囲に指定されているため、津波被害を受けたのは農地と旧来からの集落が中心です。市街化調整区域内の旧来の集落に隣接して整備された新しい住宅地でも壊滅的な被害を受けたところがありました。もし仙台市の市街地拡大が仙台東部道路を超えて海側まで及んでいたら、津波被害はより大きかったでしょう。また、こうした津波被害のほかに、市街化区域では、盛土造成地における家屋の倒壊と道路の変状、土地の液状化による家屋の傾きと都市基盤の破損といった被害がありました。
 ここで改めて学ぶべきことは、土地利用規制はその土地が持つさまざまなハザードに応じてきめ細かく設定されるべきことでしょう。東海地方の自治体でも、想定される南海トラフ巨大地震による震度や液状化危険度、土砂被害危険箇所、津波被害のほか、台風や集中豪雨による外水氾濫や内水氾濫にかかわる各種ハザードマップが公開されています。ハザードマップは、個人が自宅の災害危険度を理解して可能な範囲で対策を講じることには貢献していると思いますが、都市計画・まちづくりの現場できめ細かな土地利用計画や施設整備計画を検討する際に十分に活用されているとは言えません。実際、災害危険度の高い地域でも市街化が進み、そこに多くの人々が生活しています。 
進行性リスクと突発性リスクに備える都市計画 
 本連載の第1回では、都市基盤の整備や維持、修復に必要なコストを可能な限り削減し、環境問題の緩和と超高齢社会への対応に向けて都市構造を再編するために、公共交通機関をはじめとする都市基盤が整備され、かつ、災害危険度の低い適切な場所に都市の諸機能を誘導する必要があることを述べました。東日本大震災前は、生産年齢人口減少、高齢者激増、経済停滞、格差社会の顕在化、財政難、環境問題の深刻化といった進行性リスクに対して、現在の拡大・拡散した都市構造をこれからも維持するのは困難だろうとの認識の下、「集約型都市構造」を目指すことが議論されていました。大震災後は、それに加え、南海トラフ巨大地震到来の突発性リスクへの対応が議論されています。短期的には、命を守るために建築物・土木施設の耐震化、避難所・避難地・津波避難ビル・避難路の確保、仮設住宅建設場所・みなし仮設住宅の確保、緊急対応・復旧を支える道路・公園の整備などの施策を、中長期的には、命と生活と資産を守るために災害リスクを想定した土地利用誘導、つまり災害危険度の高い市街地の改善、低密度化、部分的撤退などの施策を展開する必要があります。これは、従来から議論されていた「集約型都市構造」の強化をよりすばやく徹底的に進めることにほかなりません。
都市計画見直しの具体例 
 伊勢湾に面するA市の沿岸部の市街地の一部は、良好な環境の低層住宅地を形成するため、10mの建物高さ制限がある第1種低層住居専用地域に指定されています。しかし、最大級の南海トラフ巨大地震が発生した場合、この市街地では津波による数メートルの浸水被害が発生すると想定されています。例えば、この市街地で1階駐車場、2階以上住居の戸建住宅または集合住宅を津波に強い鉄筋コンクリートで建てようとした場合、10mの建物高さ制限が邪魔になります。また、経済的に余裕のある住民がより安全な市街地に自ら移住することにより、人口や世帯数が減少することも考えられます。この市街地の将来像をどうイメージして、建物高さ制限の緩和をはじめとする浸水被害軽減のための都市計画にどう変更するのかが議論になります。
 B市の大部分では、軟弱地盤の海抜ゼロメートル地帯であるため、巨大地震が発生すると広範囲にわたって河川堤防の決壊による浸水と土地の液状化が想定されます(写真1)。まずは、これまで許容してきた災害危険度の高い地域の市街化を止めなければなりません。そして、相対的に災害危険度が低いにもかかわらず空洞化している中心市街地を再生し、多くの市民が相対的に安全で、巨大地震が発生しても集中的に復旧・復興が進む中心市街地に暮らすことができる状況をつくるのが望ましいと思います。
 C市では海と山で囲まれた狭い市街地に多くの人々が住んでいますが、その大部分に津波被害が想定されています(写真2)。一部の若年世代はすでに山の高台に造成された住宅地に家を建てており、高台移転が始まっています。
 これらの具体例は、ようやく議論が始まった段階です。長期未整備都市計画道路や公園・緑地の見直しもそうですが、都市計画の見直しは過去の計画を一部否定することでもあり、きちんとした根拠に基づく慎重な検討が求められます。国(国土交通省中部地方整備局)の検討会で作成している「地震・津波災害に強いまちづくりガイドライン」や愛知県の「東海地震・東南海地震・南海地震等被害予測調査」の検討結果、地域の住民・地権者・事業者などからの要望や提案、後述する研究成果をフル活用した市町村における丁寧な都市計画の仕事が求められます。 
   
写真1 B 市の軟弱地盤の海抜ゼロメートル地帯 写真2 海と山で囲まれたC 市の市街地
減災都市計画・まちづくりの研究
 私自身は、国・県・市の各種検討に専門家として参加しながら、名古屋大学減災連携研究センターのメンバーと一緒に、「長期的な視点からのレジリエントな都市圏創造に関する研究」を開始しました。「レジリエント(resilient)」とは、「すぐに立ち直れる」「回復力のある」という意味です。図1の通り、進行性リスクに対応する「集約型都市構造」の実現を基礎に、減災対策と復興準備の視点を加えて、2060年に向けた中京圏の空間計画(土地利用計画・施設配置計画)の骨格を検討しています。このうち、「まちづくり情報システム」を利用した「地区スケールの減災まちづくり計画の策定」については、産官学民連携の「減災まちづくり研究会」(事務局:名古屋都市センター)での2年間の検討を経て(写真3)、3月22日のシンポジウムでその成果が公開されたところです。土地利用や建物の現状、人口・世帯数の現状と将来推計、想定される南海トラフ巨大地震による震度や液状化危険度、土砂被害危険箇所、津波被害のほか、台風や集中豪雨による外水氾濫や内水氾濫にかかわる各種ハザードなどの情報を地理情報システムを活用して重ねて表示し、住民・地権者・事業者などの多様な主体の協働で地区の減災対策と復興準備を考え、実現していく取り組みです。こうした取り組みには、建築・都市計画の専門家の参加が必須です。
   
 図1 中京圏の空間計画を検討する枠組み 写真3 まちづくり情報システムを利用した地区スケールの減災まちづくり計画の検討