木とながくつきあう ❶
日本人と木材

石山央樹
(中部大学工学部建築学科 講師
いしやま・ひろき|
1975年静岡生まれ。
1998年東京大学工学部建築学科卒業、
2000年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程終了。
同年住友林業株式会社入社。
2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
2010年より九州大学非常勤講師、
2012年より中部大学講師。
専門は木質構造、木質材料、耐久性、建築構法。
博士(工学)、技術士(建設部門)、一級建築士
   
 写真1 オーストリアの宿の柵  写真2 日本の公園の遊歩道
 上の左2枚の写真を見比べていただきたい。何か気づいていただけただろうか。筆者はこれらを目にしたとき、なんとも残念な気持ちになったのである。左端はヨーロッパ、オーストリアの田舎町の宿の柵(写真1)、となりは日本のある公園の遊歩道の柵(写真2)。お気づきのように、オーストリアのものは打ち込んだ杭の木口は斜め切りした上、木板を打ち付けている。一方、日本のものは木口を水平切りしたのみで雨ざらしになっている。
   
 写真3 木材はストロー束  写真4 木表と木裏を貼り合わせる
木は方向によって性質が異なる 
 木材はストローを束ねたような構造である(写真3)。この構造が、木材に直交異方性という重要な性質を与えている。力学的には、繊維方向には強く、直交方向には弱いといった具合である。例えばスギの場合、繊維方向の引張強度は約57N/mm2、半径方向の引張強度は約7N/mm2、半径方向の引張強度は約2.6N/mm2といった具合に、繊維方向は直交方向の約15~20倍の強度がある。木材は繊維方向に長い軸材料として使用されるのが一般的であるので、力学上の直交異方性はほとんど意識されずに合理的な使い方がなされているようである。
 この直交異方性は力学的性質だけではなく、膨潤・収縮や水分の浸透速度にも当てはまる。例えば膨潤・収縮の度合いは、繊維方向:半径方向:接線方向では概ね0.5:5:10と言われている。心持ち材(*1)の背割りはこの性質による材の割れの影響を小さくするための知恵である。また、集成材を構成するラミナ(*2)は木表と木裏が接するように貼り合わせるのが一般的である(写真4)。これもまた直交異方性による材の狂いを極力抑えようとする工夫である。また、立木の状態では水分の伝達経路であった針葉樹の仮道管や広葉樹の道管が繊維方向に通っていることから容易に想像できるように、木材は繊維方向には水分を通しやすい構造である。このことは上の写真からも容易に想像できるだろう。ちなみに、辺材の水透過性は、繊維方向では接線方向の5000 ~5000万倍に達すると言われている。

*1 樹心を含んでいる材。乾燥すると接線方向の収縮が大きいため、表面に割れを生じやすい。あらかじめ背割りと呼ばれる切込みを入れることにより、他の部分に割れが生じることを防ぐことがある。
*2 挽き板。厚さ3cm程度のものが多い。樹心から遠い側を木表という。接線方向の収縮が大きいため、乾燥すると木表側に反りやすい。
木材は水分が多い状態で腐り、食われる
 木材を建築材料として使用する上で最も大きな敵は腐朽菌とシロアリであることは論を待たないであろう。木材は繊維飽和点(含水率25 ~35%)以上で腐朽が起こり、シロアリもまたその活動には水分を必要とする。逆に言えば、腐朽やシロアリ被害を抑えるための第一歩は、木材の含水率が低い状態を維持することである。
 前述した木材の直交異方性を併せて考えれば、木材を屋外で使用するときに最も注意すべき点は、木口からの水分の侵入をいかに抑えるか、ということである。また、木口ではなくとも、できるだけ水分の浸透を抑えるために、水分を滞留させない工夫が必要であることは言うまでもない。
   
写真5 オーストリアの個人住宅 写真6 オーストリアの住宅の外壁
日本人は木が好きか?
 日本人は木が好き、とはよく言われるフレーズである。しかしながら、好きというほど上手に木を使っているだろうか。冒頭に挙げた写真をいま一度ご覧いただきたい。写真1は、宿の主人がDIYでつくったのかもしれない。別の個人住宅でも同様に木口を斜め切りして木口にカバーをするという工夫が見られた(写真5)。こちらはとても専門業者が施工したクオリティーとはいいがたく、そのお宅のご主人がDIYでつくった可能性が高い。また、木口カバーをしていない部位も斜め切りし、水分をできるだけ滞留させないようにする工夫が見られる。かたや写真2の日本の公園の柵、ここは公共の公園であるので、おそらくは専門業者が施工したのであろう。しかしながら、こちらの杭は木口は水平切りされているのみで、木口カバーもしていない。「好きこそものの上手なれ」となっていないのがまことに残念である。
 オーストリアでは、実は他にも木材の使い方に工夫が見られた。外壁に木材を貼りつけるディテールであるが、断面が長方形ではなく平行四辺形にカットされている(写真6)。下端が外側に向けて鋭角になっており、これはおそらく水切り性能を向上させ、内側に水分を回り込ませない工夫であろう。さらに、数段ごとに突出部を設け、外壁木材に水分が作用しにくいディテールとなっている。
 日本においても、伝統的建築物や構造物においては、特に木材の木口部分に水分を滞留させない工夫が見られる。錦帯橋の橋脚の木組みには、橋脚を貫通した貫の木口部分に屋根状の板と木口カバーが設けられている(写真7)。日本においても、少なくとも中世の技術者たちには、木材をながく使うため、木材に水分を滞留させない術が伝承されていたのかもしれない。
失われてしまった知恵 
 日本の古建築において木材が多用されており、鉄や銅などの金属材料があまり使用されていないのは、単純に木材は身近に大量にあり、鉄や銅は高価であったからであろう。また、大量にあるとは言っても建築資材は貴重なものであり、ながく使う必要があった。高温多湿な日本の気候は森を育み、木を育てる一方、木材にとっては過酷な環境を与える。このため、水分を滞留させないためのさまざまなディテールが工夫されてきたと考えられる。
 しかしながら、近年の目覚ましい技術革新により、ディテールによらずとも建材の防水性能で木材を水分から守ることが可能になった。また、さまざまな薬剤の開発により、腐朽やシロアリ被害のリスクは格段に減少している。そのためか、木材に水分を滞留させない工夫、木口はカバーや塗装で保護するなどの他にも、例えば、軒の出を深くするとか、外部で使用する木部天端には傾斜をつけるなどのディテールの知恵が失われつつあるように思われる。 
  
木とながくつきあう 
 2010年に木材利用促進法が施行され、木材を積極的に利用する機運が高まっている。中高層や大規模木造の実現も始まっている。一方、長期優良住宅に関する取り組みが積極的に行われ、建築物の長期使用のための技術基盤が整備されつつある。このような動きは、失われつつある知恵をもう一度見直すチャンスでもある。
 本連載では、古来の知恵や最新の研究成果などをヒントに、木とながくつきあうための方法を考えていきたい。
  写真7 錦帯橋の橋脚の木組み