大垣と水の文化
第6回

水の惑星
地球 島国日本 水都大垣

車戸慎夫
(車戸建築事務所
   くるまど・しずお|1947年生まれ。
1974年名古屋大学工学部建築学科
大学院博士課程修了。1983年より
車戸建築事務所代表取締役社長。
JIA岐阜会員。受賞歴:1980年大垣市
立図書館(中部建築賞)、1987年揖斐川町
歴史民俗資料館(日本建築学会100周年記念東海賞)、1995
年西濃運輸㈱本社社屋(第1回岐阜県21世紀ふるさとづくり
芸術賞優秀賞)、2001年中山道広重美術館(中部建築賞)
 第1回目で「水の諸事象」を、第2回目の「揖斐川の力」で西美濃の地理・地勢学的な環境を、第3回目で水との共生で培われた「輪中の生活文化」を、第4回目で揖斐川水系の「水運としてのインフラストラクチャー」機能を、第5回目で芭蕉が水都大垣を「奥の細道むすびの地」とした理由を記しました。
 
 「水の惑星」と呼ばれる地球、四方を海に囲まれたモンスーン気候の島国日本、そして水都と呼ばれる大垣、これらすべてに共通する循環資源である「水」の役割を最後に記したいと思います。 
 地球は「水の惑星」と呼ばれ、表面積の70 %が水で覆われていますが、水の全体積は地球の1000分の1で、重量では5000分の1しかありません。陸地をならしてすべて水で覆っても、その水深は2,700m程度で、地球を1mの球に見立てると0.2mmにも満たない水の被膜です。しかしながら、このわずかな水の被膜こそが地球の恒温性を保ち、人間をはじめ生物の生存を可能にしています。
 ところが、その貴重な水も96.5%が海水で、塩水を含めると97.5%を占めています(図1)。残りの2.5%の中でも人間が使用できる淡水はわずかで、全体の0.01%程度です。特に人間の生活に使用しやすい、雨など陸地から海へ流れる量(水資源賦存量)は、年間4万〜5万k㎥(1k㎥=10億㎥)です。ただ、化石資源は有限ですが、水資源は持続可能な循環資源です。
 現在、地球上の人間が使用している量は年間4,000k㎥で、賦存量の1割程度であり、量的には十分賄える量があります。しかしながら、雨季と乾季や熱帯雨林と沙漠地帯など、時間的・空間的に偏在し(図2)、加えて食料など多量に必要な割には安価で、運送や貯留には費用がかかるため、移動のない極めて「ローカルな資源」と言えます(図3)。ローカルな資源であることに加えてその有効活用には経済力が必要で、富の偏在により一層ローカル資源化が促されています。
 バングラディシュはガンジス川の豊かなデルタ地帯として栄えてきましたが、インドの近代化に伴い多くの水資源が上流のインドのローカル資源として使用され、下流のバングラディシュのデルタ地帯の環境劣化と貧困を引き起こしてきました。最近になってバングラディシュの発展と共に富の蓄積がなされ、支流河川の水環境の整備が図られてきました。バングラディシュは自国のローカル資源として「水」の利活用が可能となり、農業・工業用水や日常生活用水に生かされつつあります。今後のさらなる発展の貴重な資源となっていくことでしょう。
   
 図1  図2 図3 
 日本はモンスーン気候で、四方を海に囲まれ、明確な四季があり、海水による保温力と蒸発水によって雨季・乾季という時間的な降雨の偏在も少なく、年間を通じてバランスの良い降雨量があり、世界的にも極めて豊かな「ローカルな水資源」に恵まれた国と言えるでしょう。
 特に西美濃地方は、徳山ダムによる治水的な河川管理が整備され(自然豊かな徳山村の犠牲の上に成立している自覚は大切ですが)、水温が一定(15 ℃)の豊かな地下水と共に、日本でも珍しく水のストックに恵まれ、さまざまに利水が可能な地域です。高低差のある揖斐川が、動力に頼ることなく重力によって豊かな水資源を流域全体に運びます。「水で水を運ぶ」ことができる田園風景の中の水路は、食料の生産のみならず、草花や水生植・生物の生存など多面的な環境形成がなされ、西美濃の地域住民にとって、生活空間の高いアメニティーの形成に繋がっています。
 人が2,000kcalのエネルギーを摂取するのに約2,000ℓ、つまり風呂桶10杯分の水を使ってつくられた食料を毎日食べていると言われています(ただし、川の水や地下水などブルーウォーターと呼ばれるものと、グリーンウォーターと呼ばれる耕地に降る天水も含まれています)。
 水資源は少ないが石油資源が豊富な国が大量の食料を輸入しているのは、食料に必要な水を使わずに済んでいる、つまり石油で水を買っていると同じことだとして、食料の輸入は仮想水貿易(Virtual Water… Trade=VWT)と名付けられました。この「仮想水」の概念は、仮に輸入国が同量の食料をつくろうとしたとき、その国での必要な水量をいいます。
 日本の仮想水輸入量は年間640億㎥でその大半が食料関連のものです(図4)。  
   
図4  図5 
 水の豊かな日本が世界有数の水(仮想水=VW)の輸入国であることによって、VWTが多いことが悪であると無条件に思いがちですが、耕地の狭い日本で小麦をつくるときの水量(VW)に比べれば、アメリカでの小麦の生産に使用される水量は日本に比べて極めて少ない量で済みます。輸入国から見れば輸出国の水をあくまで間接的に利用しているわけで、輸入国の水でカウントするよりも、輸出国の水の利用がその国の環境に与える影響を考慮した数値によるカウントの方が、実態をよく表しているのではないかという観点で、VWTからウォーターフットプリント(WFP―水の足跡)という概念に変わりつつあります(図5)。
 確かに、日本は水が不足しているわけではありません。食料自給率を高めていくことは必要ですが、山国日本では牧草地や放牧地を含めた農地が少なく、少子高齢化社会を迎え、仮想農地・仮想技術力・仮想従事者を輸入するついでに、仮想水が輸入されていると考える方が妥当でしょう。また、工業製品に関しては、日本は年間約14億㎥の正味の仮想水の輸出国となっています。日本の地理・地勢的環境、先端技術のストック、乏しい化石資源など、トータルな観点から産業構造の再構築をしていくことが必要でしょう。豊かで循環型のローカル資源である水の、農業・工業・生活環境への利活用がその1つの解となるでしょう。
 化石資源が排出するCO2による地球温暖化は、海面の上昇による塩害や淡水域の減少、世界的な集中豪雨の発生といった気候変動など、すべて「水の現象」となって顕在化されます。今日、エネルギーなくしては食料の生産もできません。水もエネルギーの一部です。水、食料、エネルギーの三位一体の取り組みが、持続可能な社会の構築のために不可欠な時代となってきました。
 古代文明、歴史的建造物など有形文化財が世界遺産となり、人為的な影響を受けていない自然も世界遺産となっています。これら世界遺産は、まさに人間の文化・文明のフットプリントであり、観光的側面に光が当てられがちですが、持続可能な社会の可能性の有無のサンプルのような気がします。今後は水環境が生かされたエコロジカルなフィールドが、安全で豊かな生活の資産として評価される時代となるでしょう。      …… (了)
*参考文献:『水危機 ほんとうの話』沖大幹著、『未来につなげる揖斐川の育んだ自然と文化』(大垣商工会議所地域振興委員会)執筆者:森誠一(岐阜経済大学教授)・清水進(大垣市史編纂室室長) 写真提供:河合孝