まちの風景
第4回
まちのなかのみずのながれ
大影佳史|名城大学理工学部環境創造学科 准教授
  おおかげ・よしふみ|京都市生まれ。
京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程(~1998.3)。
京都大学大学院工学研究科助手(1998.4 ~)。
博士(工学)京都大学(2002.11)。
名城大学理工学部講師(2003.4~)。
同准教授(2007.4 ~)。
一級建築士。
作品に「京都大学総合博物館(南館)」「愛知万博瀬戸会場竹の日よけプロジェクト」。
共著に『都市・建築の感性デザイン工学』『建築思潮05(漂流する風景・現代建築批判)』など。建築・都市・環境デザイン
 前回に引き続き、かわに関連するお話を。河川空間は、都市内ではオープンスペースとして貴重な場所であるし、さまざまな活用と景観形成の可能性があるはず、そして、いかにして、新たな川沿いの景観、まちの風景が創出できるのか、「まち」と「かわ」と「くらし」を結ぶことができるのかが、名古屋のような平野部のまちにおいては特に重要なテーマであろうと述べた。
 河川空間については、近自然工法、多自然川づくりと呼ばれる取り組みなど、ブロックやコンクリートで固められた水路を生態系の観点を含め見直す、また、暗渠化されてしまった水路を見直し、まちのなかにみずのながれを、豊かな水辺空間を取り戻そうという動きが見られる。
 韓国、清渓川の再生プロジェクトは世界的に知られる事例であろう。日本では、三島の源兵衛川の水辺自然空間の再生や、近隣では豊田市、児ノ口公園の小川の再生など、ほかにも優れた事例があることは、種々の報告などでご存じであろうと思う。
 そんななか、筆者も参加する、大学・学生と地域まちづくりとの連携促進を目指す「なごや縁カレッジ」(注1)の取り組みをきっかけに、名古屋中心市街地を流れる堀川と川沿いのまちに対して学生とともに考える機会があった(注2)。
 「都市の筧」と題し、まちのなかにみず(雨水)がゆるやかにながれる風景をつくりだす、という構想なのだが、今回はその内容を紹介してみたいと思う。
 特に都心部などでは、みずを意識するようなことはほとんどないのではないだろうか。みずへのかまえを見直してみる。みずのながれのある風景をつくりだす、みずの来し方と行方というものを意識すると、もう少し生活を豊かにする新たな可能性がみえてくるのではないか。そんな思いからである。
 以下、「都市の筧」構想提案の内容を。
背景-堀川について-
 本提案は、名古屋市の中心市街地を流れる堀川およびビル群の集積する納屋橋周辺地区を対象としたものである(写真1、2)。堀川は、元杁樋門(庄内用水頭首工取水地点)から始まり、名古屋城の西から納屋橋地区を通り、名古屋港へ続く延長16.2㎞、流域面積51.9k㎡(うち新堀川:24.0k㎡含む)の人工河川であり、かつて名古屋の城下で物資輸送のため、熱田と名古屋城下を結ぶものとして設けられた。現在も名古屋市の中心市街地を流れる重要な都市内河川であるが、都市化の過程で工場や人口が増加し、その不適切な排水の経緯もあり、昭和10年頃に水質が悪化。ゴミの不法投棄も重なって、昭和41年には汚濁はピークを迎えたと言われている。 
 人工河川であり源流がない。熱田地区から名古屋港まで、高低差があまりないために川の流れが生じにくい。潮の干満の影響をうけ、逆流・停滞も生じている。そんなことも影響し、ヘドロが堆積し汚く臭い川といった印象が拭えなかった。 近年は、存在が見直され、さまざまな改善のための取り組みがなされている。平成元年3月に策定された「堀川総合整備構想」では、治水の整備、水辺環境の改善、沿岸市街地の整備、ゾーン別の整備イメージを定めている。また、「マイタウン・マイリバー整備計画」では国土交通省による事業で昭和63年に整備河川第1号に指定され、周辺市街地と共に河川改修が進められてきた。また水質浄化対策として、木曽川導水事業、ヘドロの浚渫、エアレーション実験、庄内川からの試験通水、庄内川からの暫定導水、新規水源の活用など検討、実施されており、市民による水質浄化に関する運動などの機運も高まり、さまざまな活動が見られるようになった。 
 これらから、以前に比して水質は改善してきたものの、現在のところまだきれいな川とは言い難い状況である。また、現在の堀川流域エリアは合流式下水道となっているため、多降雨時など一定の水量を超えると「雨水吐」と呼ばれる穴から、雨水とともに生活排水も河川に直接放流されてしまうという問題も存在している。これも水質の浄化を妨げる要因のひとつと考えられる。
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写真1:堀川の様子 写真2:堀川の様子
提案の内容-「都市の筧」-
 雨水(建物の屋上に降る雨水)を活用し、屋上緑化などへの有効利用を図るとともに、集めた雨水を堀川へと直接流入する仕掛け(都市の筧)を提案する。
 具体的には、河川周辺の建物の屋上を利用し、雨水を貯め、まち全体に筧をめぐらせて雨水を堀川に導入する(写真3、図1)。屋上緑化も併せてまち全体に保水機能を持たせる。ある程度水を貯蓄できるよう、また屋上緑化にも利用できるよう逐次貯水タンクを設ける。降った雨や貯めた水は筧を通って堀川へ流入させる。
 現在の雨水に対する考え方は、屋上に降る雨水を速やかに下水管に流し込み敷地外へ排出するというものであるが、これを見直し、雨水をできるだけまちの中へ留める、ゆっくりと時間をかけて堀川へと流入する仕組みをつくる。これまで、まちのくらしの中でほとんど意識されてこなかった、みずの行方を「都市の筧」として視覚化し、まちのなかに、ゆるやかなみずのながれをつくりだす。まちの風景から人々の心・意識の変化を促すことを意図している。
 ここでは、貯水タンク、ビルの高さや屋上の保水等を利用することで水の移動に時間差をつくり出している。 堀川への流入においては、水中への酸素供給という面からの水質向上、周辺エリアにおいては、ヒートアイランド緩和なども、幾分期待できる。
 
 本構想案は、堀川自体に源流がないこと、河川周辺のまちの構造、建築およびインフラにおける雨水、下水処理システムに着目し、まちのなかでの雨水の行方を建築的に視覚化・再構成することにより、河川の浄化につなげる、河川空間を一変させる、そしてまちのなかにみずのながれる風景をつくりだすことを考えたのであるが、実現ということを考えるならば、まだまだ構想の域を出ず、相当なフィジビリティスタディが必要であろう。仮に、納屋橋地区の数街区を設定し、昨年度の降水気象データ、街区の屋上面積などから、簡易なシミュレーションを行ったところ、少なくとも雨水吐からのオーバーフローを減少させる効果があることは認められた。
 さてこの構想、突拍子もない実現不能なアイデアのように感じられるだろうか。ぜひご感想などいただきたいと思う(現在のところ、実現の計画があるわけではありません…)
図1:「都市の筧」

写真3:「都市の筧」コンセプト模型

 
注1:詳しくは「名古屋都市センター」のホームページをご覧ください。
注2:提案は2010年名古屋で開催されたティンバライズ建築展および、なごやフィールド縁カレッジにて発表された。
参考:大影佳史・清水栄治、都市の筧〜名古屋堀川周辺エリアの水景構想提案、日本建築学会大会(関東)建築デザイン発表梗概集、pp102-103、2011年8月