これからの都市計画とまちづくりを考える
第2回
エコディストリクト:グリーンシティをつくる

村山顕人
(名古屋大学大学院環境学研究科 准教授
むらやま・あきと|名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻・准教授(工学部環境土木・建築学科/減災連携研究センター兼務)。
1977年生まれ。
2004年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
東京大学国際都市再生研究センター特任研究員を経て、
2006年10月から名古屋大学に在籍。専門は都市計画・まちづくり。
2004年日本都市計画学会論文奨励賞受賞。
共著に『世界のSSD100:都市持続再生のツボ』(彰国社)、『都市のデザインマネジメント:アメリカの都市を再編する新しい公共体』(学芸出版社)など
米国オレゴン州ポートランドの都市づくり
 米国での生活経験とワシントン大学に短期滞在していた指導教員の影響で、大学院時代から米国諸都市の都心部を対象とするプランニングの研究に従事してきました。オレゴン州ポートランドは、米国の中でも常に革新的な都市づくりを展開している都市の1つです。環境負荷の大きい自動車依存型の都市構造を反省して都市圏成長管理政策を導入し、都市周縁部の農地や自然環境を保全しながら、新しく整備した路面電車の駅を中心とする地区や都心部に密度の高い複合市街地を形成することに力を注いでいます1)。最近は、2009年にポートランド市議会によって設立された非営利組織「ポートランド・サステナビリティ機構(Portland Sustainability Institute、以下「PoSI」)」が、"We Build Green Cities."というスローガンの下、地区(district)スケールのハードおよびソフトのプロジェクトを通じて環境負荷の小さい都市をつくる「エコディストリクト」の取り組みを進めています2)。今回は、筆者が参加したEcoDistricts Summit 2012(PoSI主催、10月23日~ 26日)の報告を兼ねて、この「エコディストリクト」を紹介します。   
 エコディストリクトのイメージ(©ZGF Architects and Portland Sustainability Institute) 
   
写真① 小さな都市空間の緑化  写真② 電気自動車のカーシェアリング
エコディストリクトの概要
 経済を成長させつつ、温室効果ガスの排出量を減らし、活気のある都市をつくる:持続可能性の達成に向けた改革に長年取り組んで来たポートランドは、その優位性を活かし、エコディストリクトの形成を新しい経済エンジンとして位置づけています。ポートランド市内に設定された5つのパイロット地区(いずれも既成市街地)において、(1)地区の組織化、(2)地区の評価とプロジェクトの提案、(3)プロジェクトの実現可能性の評価、(4)プロジェクトの企画・開発・実施、(5)地区のモニタリングという枠組みの下、エコディストリクトを形成します。プロジェクトには、建物やインフラストラクチュアにかかわるハードウェアと人々や生活行動にかかわるソフトウェアがあります。具体的には、スマートグリッド、地域エネルギー・水管理、自転車の共同利用、雨水の貯留と活用、グリーンストリート、ゼロ廃棄物プログラム、コンポスト、廃棄物からのエネルギー創出、安全な通学路、植樹活動、交通需要マネジメント、自動車の共同利用、自転車専用レーン、歩道の改善、都市農業、パブリックアート、グリーンマップ、多様な公共交通手段などです。エコディスリクトのイメージについては図を、ポートランド市内に実際に整備されているハードウェアのプロジェクトの例については写真①~④をご覧下さい。
 PoSIは、エコディストリクトの形成に役立つこうした枠組みと後述する「ツールキット」をポートランド市内のパイロット地区に適用すると同時に、EcoDistricts Summitのような国際会議や研修を通じて同様の課題に取り組む他都市にも普及させようとしています。
   
写真③ 建物・敷地に降った雨水を浸透させる施設 写真④ 雨水貯留・浸透機能を持つ公園
エコディストリクトの手法
 エコディストリクトを多様な主体の協働で形成する手法は、ツールキット(EcoDistrictsToolkit)として整理されています。キットには、ガバナンスモデル、パフォーマンス分野、プロジェクトパレット、パフォーマンスおよび実現可能性マトリックスの4つのツールが含まれます。
 ガバナンスモデルとは、既成市街地の地区にかかわる多様な主体を組織化する際に母体となりうる統治構造の長所・短所を整理したものです。会社、非営利会社、協同会社、プロジェクト特定会社、既存の町内会、既存の住宅所有者組合、合同会社、建物所有者組合などの中から、それぞれの地区の状況に合った統治構造を選択することとなります。
 パフォーマンス分野では、「エコディストリクト」が目指す目標と目的が整理されています。どの地区にも共通する目標として、開発の利益と負担を公正に配分すること、人々の健康とコミュニティの福祉を促進すること、物理的な環境とコミュニティの文化を通じて地区のアイデンティティを確立すること、環境に優しく適正価格の交通手段を提供すること、ネットゼロエネルギーを達成すること、水のマネジメントを通じて人間と自然のニーズを満たすこと、生息地や生態系機能の再生に資する健全な都市生態系を実現すること、最適な物質マネジメントを実現することが掲げられています。
 プロジェクトパレットは、前述のパフォーマンス分野ごとに、建物やインフラストラクチュアにかかわるハードウェアと人々や生活行動にかかわるソフトウェアのプロジェクトを包括的に整理した表です。そして、パフォーマンスおよび実現可能性マトリックスは、地区ごとに選定したプロジェクトの効果をパフォーマンス分野に照らし合わせながら評価し、また、プロジェクトの実現可能性を技術、資金、費用対効果、マネジメント、リーダーの肩入れ、利害関係者の理解・協力といった視点から評価した結果を整理する表です。
 筆者が参加した研修プログラムには、以上の手法を仮想の地区に適用するグループ演習も含まれていました。枠組みとツールキットがあることによって、エコディストリクトの計画・実現の手掛かりがつかめたように思います。
日本の都市への示唆
 2020年までに温室効果ガスの排出量を25%削減することを挑戦目標とする「低炭素都市なごや戦略実行計画」(名古屋市、2011年12月)は、環境技術の導入やまちづくりの工夫を複合的・総合的に取り入れる低炭素モデル地区を市内に2地区程度指定するとしています。また、長久手市のリニモの公園西駅の周辺では、環境配慮型まちづくり基本計画の策定が進んでいます。国でも「都市の低炭素化の促進に関する法律」が制定されました。このように日本でもエコディストリクト形成の機運が高まってきており、一般的な枠組みと手法を持つポートランドの取り組みは重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。
■参考
1) 村山顕人(2008)「米国におけるサステナブル・サイト・デザインを支える都市づくりの戦略」(東京大学cSUR-SSD 研究会編著「世界のSSD100:都市持続再生のツボ」彰国社 pp.236-239)
2) Portland Sustainability Institute <http://www.pdxinstitute.org>