保存情報 第132回
登録有形文化財 天竜浜名湖鉄道  福田一豊|福田建築事務所
天竜二俣駅 天竜二俣駅 プラットホーム 天竜二俣駅 転車台と扇型車庫
■紹介者コメント
 天竜浜名湖鉄道は、東海道線の掛川(静岡県掛川市)から天竜二俣(浜松市天竜区)を経由して新所原(静岡県湖西市)までの全長67.7㎞のローカル線です。1935(昭和10)年に一部開通し、国鉄二俣線として全線開通したのは1940(昭和15)年で、国鉄が解体した1987(昭和62)年に天竜浜名湖鉄道として生まれ変わりました。1995(平成10)年に転車台など機関区の施設5件が、2012(平成23)年1月に駅舎など全路線の主要施設31件が登録有形文化財に登録されました。
 全線の乗車時間が2時間余りで列車本数が少ないため、車で天竜二俣駅まで行き、そこから気賀駅までの区間(往復約60分間)を実際に乗車してみました。沿線は田園や林の中を通り、鉄橋を渡りトンネルを抜けるなど、のどかな中にも変化があり、時が経つのも忘れさせてくれます。
 その後、転車台・鉄道歴史館ツアーに参加しました。転車台は1953(昭和28)年まで運転されていた蒸気機関車の方向転換の装置として使われていたものですが、現在も車庫への誘導など、敷地の有効利用を図るために活用されています。また、蒸気に使う水を供給するために建設された高架貯水槽や井戸は、今も列車の洗車用の貴重な水源として活躍しています。ホームの上屋を支える柱に使われているレールには「CANEGIE1911」と刻印があり、100年前のアメリカのカーネギー製鋼会社の製品であることを伝えてくれています。
 この鉄道は、住民の足としてだけでなく、地域文化を発信する地方鉄道の今後の在り方を示しているのではないでしょうか。
所有者: 天竜浜名湖鉄道株式会社(浜松市天竜区二俣町阿蔵114-2) TEL 053-925-6125
種  別: 建築物/駅舎、ホーム、扇型車庫、運転区事務室など=21件 
      土木構築物/橋梁、高架橋、隧道=12件 
      その他工作物/転車台、高架貯水槽=3件
登録番号: 22-0033 ~0037 22-0145 ~0175
建設時期: 1930(昭和5)年1件 その他1935(昭和10)年~1940(昭和15)年
参考資料:天竜浜名湖鉄道パンフレット、国指定文化財データベース

データ発掘(お気に入りの歴史的環境調査) 馬籠 藤村記念館  藤田淑子|元名古屋文化短期大学
 
藤村隠居所 藤村記念堂(後方上部に見えるのは燐家) 水車小屋
 馬籠宿は、平成17(2005)年2月、越県合併により岐阜県中津川市に編入された。水利が悪く、幾度となく大火に見舞われたが、現在、側溝を勢いよく流れる用水は、農業のみならず、ミニ水力発電所として常夜灯や街路灯の電気を賄い、環境保全活動に一役かっている。
 馬籠といえば藤村記念館。私が昭和32(1957)年に大岡山建築設計研究所に入所した頃、ちょうど谷口吉郎先生設計の小諸市立藤村記念館が建設中で、設立メンバーとして谷口研究室の2名がおられた。まだカラー写真が珍しかった頃、馬籠の藤村記念堂のスライドを見せてもらった記憶がある。
 谷口先生の『建築随想録』に、「木材はもとより、釘まで自由に使えない。配給を申請しても許可される量はわずかである…。世相は暗い。時勢は不安で、多くの人は落莫とした虚脱の中をさまよっている。そんな敗戦のさなかに、馬籠の村人は詩人藤村に捧げる記念堂の設立を思い立ち、それを手づくりでやりとげようとする。その情熱に私は動かされた」とある。こうした地元の人々の手仕事によって昭和22(1947)年に完成した記念堂は、木造平屋建て。障子を通しての光は柔らかく、開け放たれた前庭は、焼失した本陣跡を偲ぶかのような砂庭と礎石だけを残し、訪れた者が静かに瞑想にふけるにふさわしい。帰り際に庭から振り返って見た細長い建物のプロポーションは美しく、蕃塀を配置した意図が伺える。
 今も地域の人々は村人の初志を受け継いで「ふるさと友の会」を結成し、大火を免れた島崎藤村宅(馬籠宿本陣)隠居所を中心に、第一、第二、第三と、簡素にして趣のある文庫群を建造し、馬籠の活性化に役立たせている。
参考資料 1.『建築随想録』谷口吉郎著 第三巻 淡交社 1981
       2.「谷口吉郎の世界」建築文化9月号別冊 1997
       3.「谷口吉郎展保告書」日本建築学会 1998
       4.「島崎藤村生家の建築」信州伝統的建造物保存技術研究会 2006


所在地:岐阜県中津川市馬籠4256-1
竣  工:昭和22(1947)年
延床面積:59㎡