未来を志向する「風と土の家」
第6回
風と土の都市

宇野勇治
(愛知産業大学造形学部建築学科 准教授)
 
  うの・ゆうじ
愛知産業大学造形学部建築学科・准教授。宇野総合計画事務
所・代表。
1970年愛知県生まれ。
国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業。
杉浦広高建築研究所勤務。
名古屋工業大学大学院博士後期課程修了。
名古屋工業大学VBL講師を経て現職。
博士(工学)、一級建築士。
NPO緑の列島ネットワーク理事。
建築環境工学、環境デザインを専門とする。
グッドデザイン賞、すまいる愛知住宅賞、日本建築学会東海賞、中部建築賞、日本建築学会設計競技最優秀賞など受賞。
共著に『建築環境工学』(学芸出版社)、『からだと温度の事典』(朝倉書店)
など 
開府500年のまちの姿提案
 名古屋開府400年にちなみ、名古屋市に「開府500年のまちの姿懇談会」が2009年に設置された。100年後の名古屋のまちの姿を提案しようとするものである。下図は、わが研究室が提案したパネルである。河村名古屋市長の前で、学生がプレゼンを行った。今回は連載の最終回であるので、研究室で学生と語った夢想にしばしのお付き合いを願いたい。
 日本のオリジナルとは何かを考えたときに、木と土の空間、自然と共生したしなやかな生活が思い浮かぶ。20世紀型の社会システムが行き詰まりをみせる中、250年間続いた持続可能な江戸の社会システムから学ぶことは多くあるだろう。日本人は海外を訪れ、美しい伝統的な町並みに感銘を受ける。一方で、江戸時代の日本に憧れる外国人は多いものの、外国人が訪れたいと思える日本の都市はどれだけあるのだろうか。海外には、破壊された伝統的な都市を再生した例もある。300年前の名古屋を、100年かけてつくってもよいのではないかと考えた。
 江戸時代の末、日本を訪れた外国人たちは、森のように美しい街の姿に驚嘆したと言う。当時の街は、資源が循環し、川は澄み、幸せそうな人々が住む、世界でも稀にみる持続可能な社会であった。環境や持続可能性が大きなテーマとなるこれらの時代。江戸モデルとして具現化し、アピールすべきではないか。これからの基幹産業のひとつとして観光産業を確立する上でも有用であろう。
 まったくの仮想だが、堀川沿いのある地域を「宗春シティー」と名付け、德川宗春(1696 ~1764)が藩主を務めた江戸時代の名古屋を、再創造することとした。宗春は、遊興や祭りを奨励して尾張名古屋を活況に導いた。艶やかな宗春時代の雰囲気は、再創造するにふさわしいイメージではなかろうか。ここでは土と木を活かした伝統構法による建築群と自然と共生した暮らし、さまざまな営みが展開される。オランダの都市計画を参考にしたという設定で、堀川を軸に幾何学的な道路を計画している。散策すれば、伝統工芸や産業、食文化、芸能など日本文化をのんびりと体験、満喫する空間となればよいだろう。駐車場やエネルギープラントなどは地下に設け、中部空港と宗春シティーは堀川を通って高速ソーラーシップや木造の帆船で結ぶ。あわせて、隣接するエリアに超高層オフィスを建設し、環境分野での経済のセンターをめざす絵とした。我が国の森林が荒廃から脱し、木の文化を再構築したいという思いもある。
 木の街は、時間をかけて創れば良く、木の香りや鎚音、職人の仕事ぶりは見ていて気持ちのいいもので、これも景観になりうる。つくることで技術者が育まれ、多くの人が体感することで裾野が広がればいい。江戸時代の日本は、持続可能なエコシティー、ガーデンシティーであった。ブラジルのクリチバ、韓国の清渓川のような、都市としてのチャレンジがあってもよいのではないだろうか。
 
「開府500年のまちの姿懇談会」での提案パネル(宇野研究室)
これからの「風と土の家」のために    
 これまでの連載では、まず伝統民家における防暑・防寒の知恵を概観し、続いて土壁住宅の温熱環境特性について、研究による知見をふまえながら、どのように断熱化と向き合うべきかについて述べた。また、伝統構法による設計事例として「池の見える家」を紹介させていただいた。最後に、これからの「風と土の家」のために何ができるか、少し考えてみたい。
 近年、欧州などでは「土」への関心が高まり、見直しが進んでいる。どこででも手に入り、廃棄時に汚染物質を出さない。そして、構造的強度、蓄熱性、調湿性という機能に加え、自由な造形を可能とする素材であることによる。フランス・グルノーブル建築大学 土建築研究所「クラテール」と日本の左官との交流は何年にもわたり、日本の左官技術への高い評価も得ている。今後は世界的な視野から見て、我が国らしい「土」を活かした建築はどのようにあるべきか、未来に向けて改めて考えてゆく必要がある。
 荒谷1)は伝統的日本家屋の外部に対する開放性について、「開放系の技術の特徴は、多くの試行錯誤と長い経験的な積上げが伝統として継承され、形として集積された総合デザインである点で、効果の確認さえも困難な多くの工夫が生活感覚を通して判断され、民家や町家として引き継がれている」と述べ、そこから学ぶことの重要性を訴えた。鈴木ら2)は「居住環境の向上やエネルギーの節約に関わる問題を画一的な発想での基準づくりでは十分な効果を上げることは困難であり、ときにむしろ弊害となる。地域条件を考慮した発想や判断を尊重し、地域独自の対応を醸成していくことが必要である」と述べている。
 最近、設計者自ら温熱環境を実測するにはどうすればよいか、というアドバイスを求められることが幾度かあった。温熱環境とエネルギー消費量を設計者自ら調査・分析し、感覚として身に付けることは極めて重要だと思う。本来、省エネを実現するためのアプローチは多様であるべきであり、そのためにはお仕着せのマニュアルに従うだけではなく、自らの工夫で設計仕様を改善し、ライフスタイルを改める努力をし、結果として省エネの成果を数値で示すべきであろう。荒谷は「困難」と書いたが、開放系の住まいの価値や効果の把握に基づいた、地域に根差した技術の構築が今こそ求められているのではないだろうか。
 また、次代の担い手を育成することも重要である。愛知産業大学においては、伝統的構法による実物製作を課題や課外の取り組みとして試みている。座学とは異なる真剣な表情と楽しそうな笑顔は、身体を通して建築を学ぶことの意義や木や土でつくることの愉しさを改めて実感させてくれる。
 
作品ギャラリーの制作風景(漆喰塗り) 長ホゾ込栓の加工(腰掛待合の制作) 大工棟梁 中村武司氏による説明(腰掛待合の制作)
 今、夕涼みの中でこの原稿を書いている。今日も猛暑であった。暑い1日であったが、夕方の風に吹かれると、昼間の暑さのこともまあいいかと思えてくる。そんな何気ない1日に、豊かさを感じる。暑い日も寒い日もあるが、それもそれなりに楽しめるのが、日本の温暖地域のメリットであろう。現代建築が忘れてきた、「土」と「風」に、そして「風土」に、あらためて関心がもたれることを期待したい。(了)
1) 荒谷登:新建築学大系8 自然環境, 風土論,彰国社,1984
2) 鈴木、松原、森田、澤地、坊垣:札幌、京都、那覇の公営集合住宅における暖冷房環境の比較分析 暖冷房使用時に関する意識と住まい方の地域特性と省エネルギー対策の研究 その1, 日本建築学会計画系論文集,第475号, pp.17-24, 1995.9