未来を志向する「風と土の家」
第5回
土の家の温熱環境

宇野勇治
(愛知産業大学造形学部建築学科 准教授)
 
  うの・ゆうじ
愛知産業大学造形学部建築学科・准教授。宇野総合計画事務
所・代表。
1970年愛知県生まれ。
国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業。
杉浦広高建築研究所勤務。
名古屋工業大学大学院博士後期課程修了。
名古屋工業大学VBL講師を経て現職。
博士(工学)、一級建築士。
NPO緑の列島ネットワーク理事。
建築環境工学、環境デザインを専門とする。
グッドデザイン賞、すまいる愛知住宅賞、日本建築学会東海賞、中部建築賞、日本建築学会設計競技最優秀賞など受賞。
共著に『建築環境工学』(学芸出版社)、『からだと温度の事典』(朝倉書店)
など 
 「土壁の家は心地いいし温かい!」「土壁だと夏はいいが、冬は寒いのではないか?」、経験や先入観によって誰しもそれぞれに異なるイメージや意見を持っているのが、「土壁の家」の特徴かもしれない。
 かつて「土壁」はあたりまえに存在したにもかかわらず、昨今では土壁に触れる機会は極端に少なく、そして土壁の家の温熱環境はこうであるという決定打もないことから、それぞれが持つイメージや観念は独り歩きしやすい。このところ、省エネ法改正を控えていることもあり、多くの方と土壁の家の温熱環境について語る機会がある。議論が堂々めぐりになったり、論点が散漫になったりと、歴史も地域性も思い入れもあるだけに、どうすればよいかを明快に語ることは難しいと改めて思う。
 あたりまえのことだが、「土壁の家」は、暖かくも寒くも、涼しくも暑くもつくることはできるし、消費エネルギーもライフスタイル次第で低い場合もあれば、高くなることもある。土壁だからこうであると価値を固定化するよりも、土壁の性質を生かした環境設計はどういった仕様が適切か、ライフスタイルをふまえて決める必要があるだろう。客観性を担保しながら、かつ文化や伝統をどう継承していくのか、よくよく考えてみたいと思う。
 今回は、以前に行った、土壁を用いた伝統構法住宅とボードなどで内装された現代型の住宅を比較した調査結果を紹介したい。
伝統構法住宅の温熱環境調査
 この調査では土壁を有する住宅室内の温熱環境の特徴、住まい手の意識を把握することを目的とした。ここでは、土壁を用いた伝統構法住宅を「伝統型」と呼称し、在来軸組などの構法を用い室内仕上げをプラスターボード+クロス貼とした住宅を「現代型」と呼ぶ。愛知県に所在する伝統型10件、現代型11件の計21件の住宅を対象に2007年に調査を行った。対象住宅は2000年代初頭に建設されたものが中心である。
 現代型は断熱が施されているものの、次世代省エネ基準の仕様には達していない。伝統型は、屋根・床に断熱を施すも、壁については土壁80mmの外側に断熱は施してはいない。また室内表面は漆喰などで仕上げられ、床には杉や桧の厚板が用いられている。後述の伝統型・現代型住宅の室内気温比較では、冷暖房使用率の低い各4件を代表として平均化した。 
   
 図1 夏季の在宅・在室時間率、冷房使用時間率  図2 中間季における室内気温の変動(2007.6.2 ~6.4)
伝統構法住宅におけるライフスタイルと住まい手の声    
 図1に夏季の在宅・在室・冷暖房使用時間の割合を示す。在宅・在室時間率では大きな違いはないが、冷房使用時間率をみると「伝統型」では5%程度、「現代型」では30%程度と顕著な差がみられた。調査対象数が少ないことからさらなる検証は必要であるが、環境負荷低減への意識の差に加え、土壁による暑熱緩和効果も示唆される。 
□春と夏の気温
 土壁の有無は室内気温の変動にどのように影響を与えるのだろうか。中間季(6月)の室内気温変動を見てみると(図2)、伝統型の振幅の方が小さいことが分かる。現代型が3 ~ 4℃の範囲で推移するのに対し、伝統型は2 ~ 3℃程度に収まっており、室内気温を安定化させている。また、気温上昇のタイミングは現代型よりも遅い時刻にずれている。このように中間季では窓を閉鎖していることから、蓄熱による気温の振幅抑制効果を明確に見ることができる。
 これと同様に夏季について見ると、窓を開けての生活環境になることから外気が室内空気に置き換わり、構法間の気温の違いは不明瞭となりやすい。それでも図3を見ると、外気温に対して室内気温の上昇は伝統型の方が若干押さえられている。また、先述のように気温上昇のタイミングも遅れることから、日中は現代型よりも伝統型は若干ながら涼しく感じることにはなる。そうは言っても、その差はささやかであることから、過大に評価することは禁物であろう。
 アンケートの自由記述を見てみよう。伝統型については、「風通しがよく湿気がこもらない。壁が湿気を吸収するのかジメジメしない」「外出から戻ると家の中のひんやりした空気にビックリするほど涼しい」という長所に対して、短所として挙げられたのは「夜、気温が下がらなかった場合はエアコンに頼らざるを得なくなる」という声などである。夏季、日中の暑さを緩和しているとは言えそうだが、エアコン不要とまで言い切れるほどではないだろう。先の号で述べたが、夜間通風による夜間の採涼と蓄冷の効果を得たいところである。
□冬の気温 
 土壁の家は寒いというイメージをお持ちの方もいるが、冬季の室内気温について実際はどうだろうか。図4に冬季室内気温の平均値と変動幅、標準偏差を示す。各日の室内気温の平均気温・最低気温については同等か伝統型の方が若干高い傾向が見られる。標準偏差を見ると、気温のばらつきは伝統型の方が若干小さい。
 アンケートにおける伝統型の冬の長所では、「結露は全くない。床も冷えず、靴下1枚でも大丈夫」「外から戻ってきても、やんわりとした冷たさを感じる。鉄筋のような感じとは違う」「長い時間暖房(ストーブ)をつけておくと、家全体が暖まる(蓄熱する)」といった声の一方、短所としては、「木製建具(窓など)のため、すきま風を感じる」「熱が逃げていくのか、なかなか暖まらない」という声もあった。20℃前後の室温で、すきま風や上下温度差が感じられると、良く言えば冬らしさ、悪く言えば不快さのある室内環境ということになる。 
 
図3 夏季(2007.8.5 ~8.10)の外気温と室内気温の関係 図4 冬季10日間(2007.2.5 ~2.14)における室内気温の変動幅と標準偏差
土と居心地 
 これらの結果から、伝統型は夏季日中には気温低減効果が得られ、それは過ごしやすさに寄与しており、また居住者のアンケートとも一致する結果となった。冬季においては、伝統型が必ずしも寒冷な環境となっているわけではないことは分かったものの、冬季の省エネ性の裏付けは得られておらず、適切な断熱やすきま風対策を施すなどの対策により、省エネ性も快適性も高まるものと推察される。
 伝統型に対しての自由記述で、「木に囲まれているせいか、とにかく気持ちが良いと思います。ずっといたいと思う空間です」といったものがあった。私も土壁の家に住んでいて同じように思う。冬らしさや夏らしさも、省エネと健康性が担保されていれば決して悪いことではないだろう。なかなか定量的に居心地や気分を表現することは難しいが、豊かさや楽しさというのはそんなところにもあるような気がする。