未来を志向する「風と土の家」
第4回
日本の土壁は断熱化とどう向き合うか

宇野勇治
(愛知産業大学造形学部建築学科 准教授)
 
  うの・ゆうじ
愛知産業大学造形学部建築学科・准教授。宇野総合計画事務
所・代表。
1970年愛知県生まれ。
国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業。
杉浦広高建築研究所勤務。
名古屋工業大学大学院博士後期課程修了。
名古屋工業大学VBL講師を経て現職。
博士(工学)、一級建築士。
NPO緑の列島ネットワーク理事。
建築環境工学、環境デザインを専門とする。
グッドデザイン賞、すまいる愛知住宅賞、日本建築学会東海賞、中部建築賞、日本建築学会設計競技最優秀賞など受賞。
共著に『建築環境工学』(学芸出版社)、『からだと温度の事典』(朝倉書店)
など 
断熱と蓄熱をどう評価するか
 現在、省エネ法の改正に向けた動きがある。今後、数年をかけてすべての新築住宅を対象として断熱性強化などの施策が実施される可能性が高い。どのような規制内容となるかはこれからの議論の行方を見守ることになるが、土壁を有する伝統構法住宅は、一般的な現代工法とは異なり、単純に断熱材のグレードを上げる、厚さを増すということでは対応できないところもあり、難しい課題となっている。また、土壁という高蓄熱素材を外断熱した場合に、どのようなメリット、デメリットが生じるのか、十分に検証しておく必要がある。現在、JIA環境行動ラボ 伝統構法WGでも、省エネ法義務化が伝統構法住宅のデザインに及ぼす影響について検討を行っている。
 今回は、私が個人として行ってきた土壁と断熱についての研究を紹介してみたい。現在でも、温暖地では外壁が土壁の場合、土壁の外側に断熱材を入れていない設計者も多い。これは、冬季の室内においてそれなりの冬らしさや寒さはあっても、深刻なものではなく、採暖すれば十分に快適であることの裏返しなのかもしれない。なかには蓄熱性があるから高断熱は不要との意見もあるが、これは熱貫流率の数値と生活感覚に違いがあることを示してはいないだろうか。「土壁」とは熱的にどのような性質のものか? 80mm厚の土壁の断熱性(熱抵抗)は、グラスウール24kに置き換えるとほんの4mmでしかない。ボード類による現代工法でこの熱抵抗であれば、冬には寒くて耐えがたいだろうが、土壁の場合にはそうは至っていないということである。
 比熱が大きい土壁を外壁や間仕切りに用いることで、家全体の熱容量が大きくなり、温まりにくく冷めにくくなる。壁部分の熱容量を比較すると、後述のシミュレーションに用いた仕様では、現代工法に比べて土壁を有する伝統構法の熱容量は約3倍注)と大きい。また、土壁は高い調湿性も期待される。土壁に囲まれた空間は、気温の変動が少なく、壁表面の温度変動も少なく、湿度の変動も少ない。熱容量の大きい素材を抱えていることは、熱環境形成上大きな意味を持っており、この性質をうまく使えば夏も冬も有効だが、一方で、日射遮蔽や通風のデザイン、住まい方がマッチしていないと逆効果にもなりうる。これらについての一部を実験とシミュレーションで検証した。
表1 実験棟(試験体)の概要
 
写真1 実験棟の外観 写真2 実験棟内部の様子 写真3 土壁塗りの様子
小規模な実験棟による実験    
 土壁と非土壁による小規模な実験棟をつくってみた。1辺約1mの立方体の箱であり、土壁の有無、外断熱の有無の組み合わせで4種類の実験棟を製作した(表1)。「伝統A」と「伝統B」という試験体は土壁、「現代A」、「現代B」はサイディングとプラスターボードである。「伝統A」と「現代A」は外断熱を付加して同じ熱抵抗、「伝統B」と「現代B」も同じ熱抵抗とした。建物における熱容量のバランスは実際の建物とは異なるが、この実験では開口部の開け方が異なった場合の室内気温や、壁面と室内の熱流のやりとりを観察することを目的としている。
 実験の結果、住まい方(窓の開放の仕方)によって、室内の温熱環境は異なることが分かった。図1の結果を見ると、外気に比べ、最も室温が低かったのは「夜間に窓を開放し、昼間は閉じるというパターン」であった。外気に比べて最も室温が高かったのは「昼間に窓を開放して夜は閉鎖するというパターン」であった。現代工法に比べ、伝統構法ではそれらの傾向がより強く表れている。この結果が示すところは、昼間は窓を開けて風を通し、夜は防犯のために閉め切ってしまうというライフスタイルの場合は、熱がこもって余計に暑くなってしまうことである。土壁があり、外断熱をすればなおさらということである。   
 
 図1 実験棟実験の結果(異なる窓開放条件における夏季3日間の室内気温の平均)
土壁住宅の冷暖房負荷に関するシミュレーション 
 土壁があることによる省エネ効果を見てみたい。温熱環境シミュレーションソフトを用いて、断熱性(熱抵抗)と蓄熱性(熱容量)の異なる4種類のモデルについて年間冷暖房負荷を計算した。「次世代省エネ基準」や「新省エネ基準」では、屋根、壁、床の熱抵抗基準値や断熱材の厚さが示されており、実務的にはこれに従って設計する場合が多い。今回の温熱環境シミュレーションでは、これに従って屋根、壁、床の熱抵抗を設定した場合に、冷暖房によるエネルギー負荷がどのようになるかを算定してみた。
 「伝統Ⅳ」と「現代Ⅳ」は同じ熱抵抗で「次世代省エネ水準(4等級)」、「伝統Ⅲ」と「現代Ⅲ」も同じ熱抵抗で「新省エネ基準(3等級)」の断熱性能である。「伝統Ⅳ」と「伝統Ⅲ」はともに外壁・間仕切りに土壁80mmを有する高蓄熱型である。
 図2のシミュレーションの結果をみると、同じ熱抵抗であるならば土壁の熱容量により冷暖房負荷が低減していることが分かる。熱容量が大きい土壁などの素材を内包することで室内気温の振幅が抑制され、冷暖房負荷の低減が可能であることを示している。4等級の「現代Ⅳ」と3等級の「伝統Ⅲ」の冷暖房負荷の差は、他の方法でオフセットしてもよいのかもしれない。今後の省エネ法の議論においても、熱容量を加味した評価を行ってもよいのではないだろうか。  
図2 シミュレーションの結果(土壁の有無・断熱性の違いをパラメータとした年間冷暖房負荷の比較)
年間冷暖房負荷計算条件 // 使用ソフト:TRNSYS-J(クアトロ), 住宅モデル:省エネ法 事業主判断の基準 温暖地用モデル, 地域:東京,延床面積120.07㎡, 熱抵抗:「伝統A」「現代A」1.78㎡K/W,「 伝統B「」現代B」1.30㎡K/W, 熱容量:「伝統A」18818kj/K, 「伝統B」18712kj/K,「現代A」11120kj/K,「 現代B」11015kj/K, 冷房条件:28℃ 湿度50%,暖房条件:20℃ , 冷暖房対象空間:居室のみ, 内部発熱なし, 換気回数0.5回/h(熱回収装置無)
土壁の断熱化に向けて  
 現実的な問題として、70mm以上の土壁を施した建築を断熱するためには、柱間への充填は困難であることから、柱外側に外断熱として付加せざるを得ない。新省エネ基準の壁面熱抵抗(1.2㎡・K/W)を単純に満たすためには、フェノールフォームなら約30mm、木質系断熱材(フォレストボードなど)なら約50mmを貼り付ける必要がある。逆にこれ以上の断熱はなかなか難しいことから、先述の知見もあわせ、現代工法よりも低い熱抵抗とし、蓄熱の効果も含めた基準化を検討してもよいのではないかと考えられる。
 単純な高断熱の義務化によって、伝統構法が本来有する熱的性能を無効にしたり、建築の困難化が起きないよう十分検討を行う必要があると思われる。  
 注):熱容量は、壁体一般部における断熱材内側部分の単位面積当たりの値であり、土壁については厚さ80mmで算定した