解体/ 集合住宅モダニズム
第6回

集合住宅の未来への挑戦

村上 心
(椙山女学園大学 教授)
むらかみ しん|
1960年大阪生まれ。
1992年東京大学大学院博士課程満了、椙山女学園大学講師・助教授・准教授を経て
2007年より同大学生活科学部生活環境デザイン学科教授。
1997年オランダTUDelft OBOM 研究所客員研究員。
博士(工学)、写真家・ハイパースペースクリエータ。
著書に『The Grand Tour- 世界の建築風景』『建築再生の進め方』、
訳書に『サステイナブル集合住宅』など。
2008年度都市住宅学会著作賞、2007年日本ディスプレイ大賞入選など。
 建築デザインとは未来への挑戦である。そこには2つの意味が含まれている。1つは、新しい建築的試みへの挑戦であり、この姿勢がない建築行為は単なる建物づくりであり、建築と称するに値しない。時代は、劣った挑戦を淘汰し、優れた挑戦を評価し模倣する。ここに時代の様式/スタイルが誕生することとなる。
 もう1つは、人々と地球の未来への挑戦である。時間の経過と共に移り変わるライフスタイル、価値観、社会状況に対して、いかに対応可能な人工環境を構築しておくか、未来の選択肢をいかに用意しておくか、という命題は、何よりも優先すべき建築の与条件であろう。今号では、産業革命以降の集合住宅における未来への挑戦の一端を紹介する。
ダコタ・ハウス(Dakota Apartments) 
ヘンリー・J・ハーデンバーフ(Henry J Hardenbergh)1884 / NewYork / USA 写真1
 ニューヨーク/マンハッタンにある高層集合住宅である。1980年12月8日に、ジョン・レノンが熱狂的ファンにより撃たれた場所としても有名である。今でも訪れるたびに、門前に供えられた花を見ることができる。
 高層集合住宅を可能にした技術は、エレベータと空調設備である。この集合住宅はエレベータはもちろんのこととして、当初から自家発電装置があり、セントラルヒーティングが導入されているなど、画期的な設備を備えていた。鋭角の妻と、多数の小窓がついた深い屋根が特徴で、テラコッタを用いたスパンドレルとパネル、バルコニー、バラスターには、北ドイツルネサンス様式が感じられる。
 
写真1:Dakota Apartments
キューブハウス(Cube House) 
ピエト・ブロム(Piet Blom)1984/Rotterdam/Netherlands 写真2
 38個のキューブ(立方体)が斜めに積み重なった形状で、木の幹とそこから伸びる枝葉を抽象的に表現したといわれている。ロッテルダムのキューブハウスは当時の市長の要請による第2号作で、オリジナルは、オランダのヘルモンドという町にある。コンセプトは、都会の中に1つの村をつくることであり、1階にはオフィス、店舗、学校、遊び場を備えたパブリックスペースがある。モダニズムへの形態的挑戦の好例である。
写真2::Cube House 
オクラホマ(Oklahoma)
MVRDV 1997/Amsterdam/Netherlands 写真3
 55歳以上の高齢者のための集合住宅である。21タイプ、100戸の住戸があり、そのうちの13戸がキャンティレバーで大きく飛び出している。部屋を空中に張り出させることによって、小さい敷地によるスペース不足を解決した。コストの制約からか、現地に赴くと部材の耐久性に問題が見られるが、MVRDVの継続的な建築への挑戦的姿勢を見事に表現している。
写真3:Oklahoma
VM ハウス(VM House)
ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)2005/Copenhagen/Denmark 写真4
 平面形がV字とM字を描く2棟を組み合わせた全230戸の大規模な集合住宅である。建物がV字型に開いているので、住戸同士が対面することなく、南側にある公園の眺望が開ける。また、敷地に対して最長の開口部長さを取ることができる。BIGは、常識にとらわれることなく、与条件の優先順位に従って思考を巡らし、形態へと昇華させるアプローチが特徴的な設計集団である。
 バルコニーはかなり広く、それぞれ椅子やテーブルを置いてアウトドアリビングを楽しむ様子が見られる。上下のバルコニーの位置は相互にずれており、バルコニーの住民同士、バルコニーの住民と広場の住民間でのコミュニケーションが促されるように意図されている。
写真4:VM House
マウンテン(Mountain Dwellings)
ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)2007/Copenhagen/Denmark 写真5
 前述したVMハウスの横に立地する、全景が山のような階段状をした集合住宅である。…VMハウス…の商業的成功を受けて、デベロッパーからBIGへの再度の設計依頼となった。
 建物の地下に位置する容積3分の2が駐車場、上部3分の1が住居という構成である。すべての住戸がペントハウスとなるように設計された。駐車場は、この集合住宅の住民だけでなく、隣のVMハウスの住民用と公共駐車場を兼ねている。駐車場部を通過する斜行エレベータは、もともとスキー客用に開発されたスイス製である。
 住戸は80戸で、各戸は広いルーフテラスを備えており、このテラスに全面ガラスの引き戸を設置している。各住戸のテラス同士は行き来できるように設計されている。上の住戸のテラスから下の住戸のテラスが覗けないように、テラス手摺り上部幅を広く取るなど、細かい配慮が見られる。
 垂直の壁面にはアルプスの写真がパンチングメタルにより描かれており、公共に開放している階段が壁面の内側を走っている。マウンテンと称する集合住宅を舞台としたプチアルプス登りという洒落っ気である。
写真5:Mountain Dwellings 
ターニング・トルソ(Turning Torso) 
サンチャゴ・カラトラバ(Santiago Calatrava)2005 / Malmö / Sweden) 写真6
 54階建ての高層マンションである。カラトラバが集合住宅をデザインしたらこうなりますよ、という例である。「ターニング・トルソ」とは「ねじれた胴体」という意味であるが、その名の通り建物そのものがねじれた形をしており、190mの高層ビルの最上階が地上から90℃の角度でひねられている。1階から10階まではオフィスとして貸し出され、それより上層階は149世帯分の高級住宅となっている。この集合住宅の周りの中低層集合住宅群も訪れるに値する。
写真6:Turning Torso
おわりに
 本連載も今回で最終となった。紹介できた集合住宅は、残念ながら、筆者が訪れたもののうちの数十分の一にも満たない。しかしながら、1つの建物の中で集住を行う環境づくりを、モダニズムという時代背景で行ってきたこの1世紀の功罪を見つめ直す材料は、提示できたのではないかと思っている。(了)