未来を志向する「風と土の家」
第3回
池の見える家

宇野勇治
(愛知産業大学造形学部建築学科 准教授)
 
  うの・ゆうじ
愛知産業大学造形学部建築学科・准教授。宇野総合計画事務
所・代表。
1970年愛知県生まれ。
国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業。
杉浦広高建築研究所勤務。
名古屋工業大学大学院博士後期課程修了。
名古屋工業大学VBL講師を経て現職。
博士(工学)、一級建築士。
NPO緑の列島ネットワーク理事。
建築環境工学、環境デザインを専門とする。
グッドデザイン賞、すまいる愛知住宅賞、日本建築学会東海賞、中部建築賞、日本建築学会設計競技最優秀賞など受賞。
共著に『建築環境工学』(学芸出版社)、『からだと温度の事典』(朝倉書店)
など 
 これまで、未来を志向する「風と土の家」と題して、伝統民家における防暑と防寒の知恵や開口部の設けられ方の地域特性について見てきた。本稿では伝統的な環境調整手法を伝統的な構法を用いて現代住宅に活かした事例として、自作をとりあげ紹介したい。
 「池の見える家」は私の自宅であり、夫婦と子ども2人、両親夫婦と寝たきりの祖母(逝去)、7人のために愛知県みよし市に建築されたものである。敷地は、眼下南側に池を見下ろす緩やかな丘の上にあり、四方を畑や水田に囲まれている。ゆっくり考え、ゆっくりつくるスロービルディングをめざし、地域の木と土、伝統構法を用いて、未来の家づくりを試みたいと考えた。その過程では、家族が職人とともに家づくりに参加し、さまざまな体験を積むことができた。そして、風通しのよい、室内外の気候が呼応しあうような、居心地のいい空間を実現できたと思っている。住宅建築が、住空間の創出に留まらず、そのプロセスにおける学びや、健康への貢献、伝統技術の継承、森林保全など多面的な価値をもたらすものにしたいと考えた。
愉しむ家づくり
 檜の伐採、製材、植林、鉋がけ、土壁塗り、タタキなど家づくりを通じて多くの経験を、子どもたちは積むことができた。環境教育、グリーンツーリズム、職業体験などが望まれているが、近くの山の木で「伝統的な構法」で家をつくる過程は、多くの学びの機会を内包しているように感じる。
 トピックスとして、家族で参加した大黒柱の伐採とその後を紹介したい。製材所が所有する天然林で檜の伐採を行った(写真3)。みんなで選び、酒と塩でお清めをして、チェーンソーでの伐採が始まった。凄まじい音をたてて大木が倒れる様子は、衝撃的であった。切り株の年輪を子どもと数えてみると135年。生を受けたのは廃藩置県の頃だったことになる。設計の仕事では材寸を図面に記しておけば現場にモノとして材料が搬入されるのだが、目の前で木が伐り倒される様子は命を頂くという感じがして、材料との関係が変わる気がした。その後、子どもとともに製材を見学したり、植林を行ったりと楽しい体験ができた。
 伐った檜の根元は大黒柱(写真4)に、先端部分は子ども室のロフトへののぼり棒(写真5)となった。のぼり棒は家の中で木登りができると子どもたちに大好評。建物の長寿命化は単にハードの問題ではなく、愛着や思い入れも大きいだろう。伐採や植林などを通じて、家づくりが木の命や山の生態系と繋がっているということを実感しながら、家族の思い出をつくることもできた。  
❶「池の見える家」外観 
 
❸樹齢135年の檜の伐採(岐阜県八百津)   ❹大黒柱。差鴨居からの長ほぞと鼻栓 ❺ロフトへの登り棒(伐採した檜の先端部)   ❻足をぶらぶらさせられる窓   
「風と土の家」の環境デザイン    
 外皮の断熱性能に力点を置いたものが多くみられる。一方、なるべく冷暖房機器に依存せず、木や土でつくった家でスローライフと呼ばれるような、風を愉しみ、暑さや寒さともほどよく付き合ってゆく、自然とともにある心地よい生活を目指したいと考える居住者も顕在化している。その場合にはさらに多様な観点での設計が求められるのではないかと思う。
 図1に「風と土の家」を考えるにあたっての、環境的な工夫を整理してみた。温暖地では、それなりに寒い冬とそれなりに暑い夏と付き合いながら、いかに環境を両立させるかが課題となる。日射のコントロールを考えると、夏は入射を抑制する一方、冬には取り入れて蓄熱する対策が必要である。通風については、夏は卓越風を取り込むと同時に水平方向と上下方向に風が流れる「風の道」を確保し、冬にはコンパクトに生活空間を間仕切ることのできる工夫が求められる。 
 ❷池を望む2階リビング 
   
図1 「風と土の家」の環境的な工夫  図2 「池の見える家」断面図
「池の見える家」の環境デザイン
 「池の見える家」では、南北の部屋が連なり「南北の風の道」を形成し(写真7)、展望台に設けた窓から排熱する「上下方向の風の道」( 図2)、夜間通風を行うための網付き無双窓などを考えた。各方位の開口部は前回記事の伝統民家にならって配置した。日射遮蔽対策としては、深い軒により日射を十分に遮蔽するとともに、低太陽高度の日射に対して緑のカーテン(写真8)を設置した。通風、日射遮蔽、土壁の蓄冷などの効果もあり、冷房をほとんど使用せずに夏を過ごしている。現在は、夏には冷房がなくてもなんとかなる程度の暑さと、冬は太陽と薪ストーブの放射熱を享受しながら、「風と土の家」を愉しんでいる。     20090814_h_1005.JPG
❼風が吹き抜ける濡れ縁と続き間  ❽ゴーヤと朝顔のスクリーン