解体/ 集合住宅モダニズム
第5回

円形集合住宅解体

村上 心
(椙山女学園大学 教授)
むらかみ しん|
1960年大阪生まれ。
1992年東京大学大学院博士課程満了、椙山女学園大学講師・助教授・准教授を経て
2007年より同大学生活科学部生活環境デザイン学科教授。
1997年オランダTUDelft OBOM 研究所客員研究員。
博士(工学)、写真家・ハイパースペースクリエータ。
著書に『The Grand Tour- 世界の建築風景』『建築再生の進め方』、
訳書に『サステイナブル集合住宅』など。
2008年度都市住宅学会著作賞、2007年日本ディスプレイ大賞入選など。
 モダニズム集合住宅の典型である箱型住棟形式への対比として、今号では、円形集合住宅のヒストリを取り上げてみたい。開口方位の不均一、住戸平面計画の複雑さ、部品種類の増加など、計画上の不利な要素は存在しているものの、中心性と象徴性を有する空間としての魅力は、常に計画者と居住者を誘惑して止まない。
ショーの理想都市(Ideal City of Chaux) 
クロード・ニコラ・ルドゥー(Claude Nicolas Ledoux) 1804 年/ Doubs / France 写真1
 10月号でも紹介したので、簡単に触れておこう。製塩工場を中心にした理想都市像である。製塩工場は半円形をしており、円弧の頂点に門、中心に所長の館を置き、その両腕に工場の建物、そして円弧状に労働者の宿舎が配置されている。この円形をした空間の中で、所長を頂点とした共同生活が営まれることになっていた。ルドゥーは、パリの水門小屋群でも好んで円形の建物を設計している。フランス王制の崩壊と共に、作品を残すことができなくなったが、機能に従う建築手法を提示した、モダニズムの先駆者である。政治の混乱に巻き込まれたことが残念でならない。  
写真1:Ideal City of Chaux
フーフアイゼンジートルンク・ブリッツ(Hufeisensiedlung Britz)
ブルーノ・タウト(Bruno Julius Florian Taut) 1925-30/ Berlin/ Germany 写真2
 ブルーノ・タウトが計画した3つ目の大規模集合住宅で、タウト建築の集大成の傑作である。「屋外居住空間」という発想に基づき、タウトは、田園地帯にもともと存在した池を馬蹄形に配置された住棟で囲んだ。池を一周してみると、落ち着いた佇まいとゆったり流れる時間が心に染み込んでくる。出逢う住民はとてもフレンドリで、外部からの侵入者に対して、いかに居住環境に満足しており、この集合住宅を自慢に思っているかを語ってくれる。この池は、馬蹄形住棟の周囲に計画された箱型住棟の住民たちも、同様に利用している。 
写真2:Hufeisensiedlung Britz 
ピカソアリーナ(Picasso Arena)
マノロ・ニュネズ・ヤノヴスキー(Manolo Nunez Yanowsky) 1984/Noisy le grand/France 写真3
 パリ郊外の駅側に、540戸の住宅、学校、集会室が計画された。ファサードに円形を見せる2つの横倒し円筒部が向かい合い、連なる低層棟が円形に配置され両者を結んでいる。円筒住棟の足元に配されたアーケードの意匠は、ノートルダム寺院のフライングバットレスから引用している。ローコスト化を図るため、円筒部分を含めて、プレキャストコンクリートパネルを用いたプレファブリケーション工法を採用している。パリからの距離/時間という立地条件により、住民は、移民などの比較的所得が高くない世帯が多い。敷地に辿り着くと、巨大な円筒住棟と円形広場の迫力に圧倒される。
写真3:Picasso Arena
バロック(Les Echelles du Baroque)
リカルド・ボフィル(Ricardo Bofill) 1985 / Paris / France 写真4
 ボフィルは、コスト低減のためにプレキャストパネルによるパターンを用いながら、新古典風の複雑な形状を生み出している。基本の住戸モデュールは、3ベッドルームの約65㎡である。すべての住戸にガラスに囲われた出窓が付随しており、リズミカルなファサードを形成している。隣り合う2棟の円形配置の住棟は、パリの中では珍しい、中心部に立地する現代的アパートメントとして、高い市場価格を維持している。
写真4:Les Echelles du Baroque
ベルヴェデーレ聖クリストフ(Belvedere Saint Christophe) 
リカルド・ボフィル(Ricardo Bofill) 1986 /Cergy-Pontoise / France 写真5
 パリの西方郊外の集合住宅団地である。駅前からのアプローチの建物群を抜けると、円形広場に達する。さらに軸線を歩くと、両脇を建物に挟まれた広場が現れ、突き当たりには、巨大公園に繋がる大階段が配置される。階段からは、軸線上に、新凱旋門と旧凱旋門が位置付けられていることが確認できる。ベルニーニの作品に触発されたとされる列柱は、素晴らしい調和とリズムを演出している。380室のアパートメントと商業施設を配置。パリの中心部を意識しながら、自然と調和した人工的な緊張感ある景観と住環境は、ボフィルの哲学と思考による傑作であるといえよう。 
写真5:Belvedere Saint Christophe 
KNSM 島集合住宅(KNSM Island Housing) 
ヨー・クーネン(Jo Coenen) 1995/Amsterdam/Netherlands 写真6
 アムステルダムの北東部に位置するKNSM島は、以前はアムステルダム港に属し物流機能を担っていた。その機能が移転した後の再開発計画を行ったのがヨー・クーネンであった。東西に伸びる中央ストリートの両側に、集合住宅を中心とした建物を配したことにより、風が強いKNSM島に歩きやすい街路環境を形成している。ストリートの突き当たり、島の東端に円形配置の集合住宅が存在する。集合住宅の手前には広場があり、ゲートをくぐると円形の中庭に到達する。さまざまな建築家によって島全体に建設されたその他の集合住宅群を含めて、多様な居住環境の選択肢を提示している。 
写真6:KNSM Island Housing
ガソメータ(Gasometer) 
A 棟:ジャン・ヌーベル/ B 棟:コープ・ヒンメルブラウ/ C 棟:マンフレト・ベードルン/ D 棟:ビルヘルム・ホルツバウアー 2001 / Vienna / Austria 写真7
 約100年前に建設されたガスタンクを、ショッピングセンター/アパート/オフィスにコンバージョンしている。ウィーン記念建造物の外観を保存するために、既存建物の外壁と屋根フレームを残すという設計条件に基づき、複数の建築家が各1棟ずつを計画した。円筒内部に現代的空間を挿入することにより、産業遺産との調和がとれた現在必要とされる機能での空間利用を実現した。しかしながら、商業機能部分のさらなる活性化と空間の魅力向上のためには、各棟の繋がり方の工夫、核となる施設/機能の導入があれば、という感は否めない。元の空間が円形であるために、円形の集合住宅を含む複合施設が出現した例である。   
写真7:Gasometer 
ジェミニレジデンス(Gemini Residence) 
MVRDV + JJW ARCHITECTS 2002/Copenhagen/Denmark 写真8
 30年以上放置されたサイロをコンバージョンした集合住宅である。コンクリートのサイロをコアとして、住戸を張り付けている。既存のサイロの外周部にガラスのカーテンウォールが突き出ている。吹き抜け内部空間である中央部には、共用廊下の一部が張り出し、光の演出と相まって、緊張感ある円形平面のインテリア空間を実現している。   
写真8:Gemini Residence 
円形集合住宅という存在 
 往々にして、安易に選択されがちな箱型板状集合住宅という形状への、典型的な「抵抗」としての円形集合住宅を、モダニズム直前から現代の新築/コンバージョンまで紹介した。集合住宅史においては特異な存在として位置付けざるを得ない円形集合住宅は、住棟に囲まれた中央部の中庭と、空間的/時間的に緩やかに変化し続ける光と影という共通性を有している。そこに価値を見出す居住者と計画者が出会ったとき、永く使われる居住空間が生まれる。