未来を志向する「風と土の家」
第2回
風と民家

宇野勇治
(愛知産業大学造形学部建築学科 准教授)
  うの・ゆうじ
愛知産業大学造形学部建築学科・准教授。宇野総合計画事務
所・代表。
1970年愛知県生まれ。
国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業。
杉浦広高建築研究所勤務。
名古屋工業大学大学院博士後期課程修了。
名古屋工業大学VBL講師を経て現職。
博士(工学)、一級建築士。
NPO緑の列島ネットワーク理事。
建築環境工学、環境デザインを専門とする。
グッドデザイン賞、すまいる愛知住宅賞、日本建築学会東海賞、中部建築賞、日本建築学会設計競技最優秀賞など受賞。
共著に『建築環境工学』(学芸出版社)、『からだと温度の事典』(朝倉書店)
など 
 環境や健康に配慮した家をつくるとき、冷房使用を前提としたエネルギー削減ではなく、「可能な限り冷房は使用したくない」と考える居住者も増えている。伝統的な住宅は限られたエネルギーを用い、自然から身を守ると同時に、より過ごしやすい生活空間を目的につくられてきた。そうした環境調整の知恵を科学的に検証し、応用可能な部分を積極的に活用することは、環境、文化、技術の継承など多面的な意義を有すると考えられる。
民家の開口部の地域特性
 夏季における冷房使用の低減を図るには、「日射遮蔽」「通風の確保」「断熱」「蓄冷」「蒸発冷却」などが検討の主眼となるが、この中で「通風のデザイン」は極めて重要なファクターである。
 著者らは民家における開口部形態の地域性を明らかにするため、郷土史や民家調査資料に掲載されている全国の近世民家の間取り図を対象として分析を行った。この研究では、概ね矩形の平面をもつ民家948件を対象に、図1のように8方位からの見付け長さに対する開口部見付け長さの比(各方位開口比)を用いて算出をした。開口比が0.5であれば、その方位では見付け長さに対して半分が開口部であることを示している。この指標では、中窓、掃き出し窓など高さについては考慮していない。
 結果を統計的に処理し、地域的な類似性からゾーニングを行い、地域区分図(図2)を提案した。各地域のデータを平均した開口比をレーダーチャートとして示している。東北では開口部の大きさは最小限にとどめられ、南側を日射取得のため開放していることが分かる。一方、南九州では極めて開放的であった。関東では南および南西に開放しているのに対し、東海・南近畿では南北に開放するなど地域性が見られる。北陸・北近畿では各方位が同程度となっているが、山地などの地域地形や局所風に対応してさまざまな傾向が見られ、これを平均化したことによると考えられる。このように地域における配置方位や大きさには顕著な違いがみられ、日射取得、通風、採光などを考慮しながら、所在地における開口比が形成されてきたことが分かった。
民家開口部の地域特性と地域風との対応 
 具体の伝統民家における開口部形態と気候条件との関係について、事例をあげて考察してみる。風況を表現するため、当該地域の拡張アメダスの風向データを整理し、各時間帯の風向頻度を求めた。民家の開口部配置と風況との関係について考察してきたが、対応が見られる民家とそうとは言えないものがあり、統一的な傾向を示すには至っていない。ここでは、風況との対応が認められた事例をいくつか取り上げてみたい。 
 
図1 開口比の算出方法 図2 伝統民家の開口比にもとづく地域区分図
■宮城の民家
 三品家住宅(宮城県亘理町)の平面図(図3)と開口比(図4)を見ると、南が約80%と高く、他の面は最小限の開口にとどめられていた。東北型の伝統民家の平均に類似している。縁側は後年になって付設されたものであり、古い時代ではさらに少ない開口部であったとの記述がある。最寄りの亘理観測所の風配図(図5)を見ると、冬季(2月)には昼夜ともに西の頻度が高いが、風が卓越する北西方向の開口部は抑制されており、あわせてこの方位には防風林(エグネ)がしっかりと設けられていた。8月には南東からの風が卓越するが、南東には住宅へのアプローチが設けられるなど開放されており、冬季の季節風を遮りながら日射を取得し、夏季の通風を可能としている。 
  
図3 平面図
 
図4 開口比
 
図5 風向頻度
■愛知の民家 
 颯田家住宅(愛知県西尾市(旧:一色町))の平面図(図6)と開口比(図7)を見ると、南西と北東に大きく開放されている。最寄りの蒲郡観測所の風配図(図8)を見ると、8月の昼間には南南東の風が卓越し、夜には北北東の風が吹いているが、これらの風を取り込むことができる開口配置となっている。2月には西から北西の風が卓越しているが、この方  位の開口比は抑えられている。この建物の西側には物置が配置されており、冬季の季節風を遮りながら日射を得、夏季の通風を最大限確保した構成となっていた。
  
図6 平面図
 
図7 開口比
 
図8 風向頻度
■宮崎の民家  
 那須家住宅(宮崎県椎葉村)(図9)を見ると、南から西にかけて極めて大きく開放され、各室は縁側を介して南に面している。開口率(図10)は南東から西側が高く70〜80%程度で北から北東は極めて低いという特徴を有している。九州南部の伝統民家の平均は、南から西に大きく開放する傾向があるが、那須家ではさらに大きく開放している。最寄りの鞍岡観測所の風配図(図11)を見ると、2月には北東を中心に南西からも吹き、8月には南西が多いものの東北東からも風が吹く傾向が見られた。風速は夏季・冬季ともに比較的穏やかである。夏季夜間の卓越風向である南西の開口率を極めて大きくとり、風を最大限取り込もうとする意思が感じられる。また、北東に開口部が設けられており、かまどやいろりの排気が行える工夫と見ることもできる。   
 
図9 平面図
 
図10 開口比
 
図11 風向頻度
風と居心地
 風には、気圧配置や地理的条件にもとづく「大気候」的な風から、建物周囲の状況によって変化する「微気候」風、そして室内の「風の道」によってもたらされる風など、さまざまなスケールのものがある。夏季の生活空間に吹き込む風は、生活に変化や喜びを感じさせてくれるものである。そして夜間換気は極めて有効なパッシブクーリングである。伝統的な設えや先人の経験則に想いを馳せながら、通風のデザインを見直し、あらためて評価してもよいのではないかと感じる。
 住まいにおける風のデザインが、街に建築を開くことになり、家の中の「風の道」が家族相互の気持の繋がりになってくれれば、なお幸いである。
引用文献
宇野,堀越:伝統的農家住宅の開口部形態・位置と立地地域における体感気候,日本建築学会計画系論文集,Vol.538,pp.37-43,2000.12  
宇野,堀越ほか:伝統的住宅の開口部形態・位置と立地地域における体感気候 その3 開口部形態の分析にもとづいた類型化の提案,日本建築学会学術講演梗概集,pp. 1069-1070,2001.9
宮城県教育委員会:宮城の古民家-宮城県民家緊急調査報告書,宮城県教育委員会,1974
愛知県教育委員会編:愛知県の民家 愛知県民家緊急報告書,愛知県教育委員会,1975
角田三郎:宮崎の民家,鉱脈社,1981