未来を志向する「風と土の家」
第1回
伝統構法の環境デザイン

宇野勇治
(愛知産業大学造形学部建築学科 准教授)
  うの・ゆうじ
愛知産業大学造形学部建築学科・准教授。宇野総合計画事務
所・代表。
1970年愛知県生まれ。
国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業。
杉浦広高建築研究所勤務。
名古屋工業大学大学院博士後期課程修了。
名古屋工業大学VBL講師を経て現職。
博士(工学)、一級建築士。
NPO緑の列島ネットワーク理事。
建築環境工学、環境デザインを専門とする。
グッドデザイン賞、すまいる愛知住宅賞、日本建築学会東海賞、中部建築賞、日本建築学会設計競技最優秀賞など受賞。
共著に『建築環境工学』(学芸出版社)、『からだと温度の事典』(朝倉書店)
など 
 高度成長期以降、土壁の家は少なくなり、昨今はますます希少なものとなっている。しかし言うまでもなくこの東海地方では多くの家が古くは土壁であった。
 近年、環境・健康志向、森林資源の活用、景観保全、住文化・技術の継承などの必要性を背景に、土壁を用いた伝統的構法住宅が見直されている。構造面では国土交通省が伝統的構法の設計法作成に向けた委員会を設けて実験や解析を進めており、防火に関しても加熱実験など研究にもとづいた法的な整備が進んでいる。かつて主流であった土と木を活かした建築構法を多面的に再解釈し、現代の建築デザインに応用・展開することができれば、これからの環境や省エネ、健康を考える上でも有意義なことだと考えられる。
 すでに多くの場所で風土性にもとづく地域らしさが消失した今、建築における「地域性」や「風土性」をどうデザインすべきかについては多くの意見がある。近年は、熱損失係数などを主なインデックスとした省エネ基準が認知を深めており、住宅の省エネ化に極めて大きく貢献している。ただ、多くの基準が冬の居住性とエネルギー消費を主眼としていることも事実であり、夏の環境デザインについてはもっと豊かにできる部分があるのではないだろうかと感じている。特に、通風をもっと有効に活用したいものである。地域の素材で地域の気候を活かしながら、工夫を積み重ねていくことができれば、結果的に地域らしさや景観の再生にも繋がっていくのではないだろうか。
 私は、土と木を活かした住宅の環境性能、気候風土に根差した環境デザインの可能性などをテーマに、設計活動と並行して環境工学面からの研究を行ってきた。本稿では、伝統に学ぶ環境共生的なライフスタイルを基底としながら、これまで得られた知見などについて記してみたい。またこのたび、「ARCHITECT」への投稿の機会をいただけたことを感謝するとともに、東海地域の素材と気候を活かした建築を振り返る場をつくることができれば幸いである。この連載では、伝統民家に学ぶ環境調整手法を整理しながら、土壁を用いた住宅の環境実測、温熱環境のシミュレーション、通風のシミュレーション、実作における工夫の紹介などをまとめてみたい。    
 
伝統民家における防暑と防寒の知恵   
 まず、伝統民家における防暑と防寒の知恵を少し振り返ってみたい。夏季の蒸し暑さを緩和する工夫として、軒、簾などによる「日射遮蔽」、大型開口部による「通風促進」、上下温度差を利用した「排熱促進」、茅葺き屋根による「断熱」、土壁、板壁、畳などによる「湿気調節」、土壁、土間などによる「蓄冷」などパッシブクーリング手法が挙げられる。暑熱(低緯度)地域ほど軒を深くして日差しを遮り、寒冷(高緯度)地域では軒を浅くして冬季の日射取得を確保しようとするなど地域的な傾向もみられた。 1)
 一方、冬の寒さを凌ぐための工夫も施されている。茅、藁による「雪囲い」や、茅による「茅壁」、槇や松、竹などの「防風林」「屋敷林」などは一定の寒冷緩和効果があった。土間に藁、もみ殻、むしろを厚く敷いて座る「土座」では、土表面は冬季において約7℃と一定であり、これは外気温、室温よりも相対的に高く、暖かい感覚が得られていたという2)。ほかに、「いろり」による採暖、「かまど」の調理用発熱の活用などがみられた。現代の感覚に比べ当時の冬の室内は、暗く、寒冷なものであった。しかし、冬の環境デザインにおいて、現代と大きく異なる点は、ガラスと断熱材の有無であり、当然ながらこの部分を差し引いて評価する必要がある。 
 
雪囲い:山形県鶴岡の民家(川崎民家園)  土座:甲府の民家(川崎民家園) 
伝統構法住宅における環境づくり 
 日本の伝統的な住宅(もしくは、土壁の住宅)は、夏は涼しいが冬は寒い、だから断熱気密を強化する必要があるのだという簡単化した説明がなされる。こういった議論では、江戸末期〜昭和初期に建てられたいわゆる「伝統民家」と、現在つくられている「伝統構法住宅」が混同されている場合も多い。継ぎ手仕口や土壁の使用など構法的には共通する部分もあるが、壁の納まりや開口部のつくりなど、温熱環境的には現代の「伝統構法住宅」は相当改善されている。現代の「伝統構法住宅」では、屋根や床を断熱する場合が多く、土壁の外側に、防湿透水シート張りの上に板張りなどとすることも一般的であり、開口部にはサッシが用いられる事例も多い。温熱環境の議論にあっては、チリが切れて外が見えていた「伝統民家」と、現代の「伝統構法住宅」を整理して扱う必要がある。
 伝統構法住宅の温熱的な特徴は、土壁が有する「蓄熱性能」にあるといえ、これをどのように活用できるかが大きい。夏季においては夜間通風を活用した蓄冷、冬季においてはダイレクトゲインを活用した蓄熱を積極的にデザインすることが求められる。土壁を内包することにより気温の安定性が高まり、冬季には高い結露抑制効果も発揮する。夏季においては通風や日射コントロールにより、日中の暑熱を土壁に溜めないような工夫も求められる。窓の開閉や日射調整など居住者のライフスタイルや行動に依存するところも大きくなることから、環境共生的な生活を楽しもうとする居住者の理解も重要である。逆にいえば、高蓄熱材を内包しながら、夏季に日射遮蔽や通風が不十分であれば、かえって熱が室内に籠り、冷房依存を高めてしまう。土壁の有無と環境調整手法のイメージを私なりに図にしてみた(図1)。地域の気候と伝統、素材を活かすことのできる、冬暖かく、夏涼しい住宅をデザインする方法を考えていきたいものである。 
 
 
伝統構法による建て方 竹小舞  土壁塗り体験。住み手が参加できるところも大きな
楽しみ 
自然室温による環境評価  
 このたびの震災では、電気など外部エネルギーが遮断されるリスクがあることを感じた。現在、省エネや持続可能性を説明する場合、J(ジュール)などエネルギー消費量で語られる場合が多い。しかし、今後は外部エネルギーが途絶えた場合に、最低限の居住が継続できるかどうかも大きな検討要因になるだろう。空調のない「自然室温」条件でどのような室内温熱環境が確保できるか、照明を点灯しない「自然照度」で生活が可能であるかなどである。夏季において通風を主体に生活ができるのであれば健康かつ省エネを実現できるであろうし、冬季もダイレクトゲインや薪ストーブなど自立的な採暖ができれば安心感につながる。
 本連載のタイトルにある、「風」や「土」は、現代のデザインからは置き去りにされてきた、いずれも数量化、計画化しにくい要素である。しかしこれからの環境を考えるにあたり、「風」「土」という言葉が示す原点に立ちかえることも意味があるのではないかと思う。 
参考文献
1)雲井,堀越,宇野:伝統的住宅における軒と庇の日照調整効果に関する研究, 日本建築学会大会学術講演梗概集(計画系), pp.239-240, 2001.9
2)市川,金子,梁瀬,花岡:民家の微気候学的研究, 第5報,山形県の土座民家の室内気候について, 家政学研究会(奈良女子大学), 17: 91-96,1970