ニューイングランドの住まいと暮らし
第5回
選挙、そして家庭行事のこと

桜井のり子(金城学院大学生活環境学部教授)
2008年11月4日 大統領選挙
 2008年は世界中がアメリカに注目した年でした。私は、地元の「English Literacy(英語読み書き能力)Program」が編集した選挙に関する用語マニュアルを駆使してニュースに見入りました。「English Literacy Program」では、移民の人たちの高校卒業程度の基本的英語力養成のために地元役所がオーガナイズして、ボランティアが先生を務めています。外国人を排除するのではなく、労働契約書を読み理解できる能力を養い、きちんと処遇される条件をつくることで社会的な安定も得られるという成熟した価値観を感じます。
 アメリカの選挙制度は日本の首相指名と大きく違い、自分の意見が反映されるため、人々の関心も高いようです。直接選挙といっても、州ごとに割り当てられた選挙人数(Electoral College)の獲得を競います。一部の州を除き、州ごとに多数を制した人がその州の割り当て人数をすべて獲得できます。全州の人数を合わせると538人ですから270人を獲得した方が勝利です。ネガティブキャンペーンが知られ、日本でも最近はそれをまねる傾向がありますが、それも事実をもとにした政策批判でなければ有権者に嫌われます。
 選挙中、両候補のディベートが数回テレビで全国中継されます。その出来不出来が勝敗を左右する重要局面とあって、どちらも十分な準備をして出場します。放映中、画面の下に視聴者代表の支持率曲線がずっと表示されています。これを見ていると、きちんと政策を語っているときは好感度が高く、相手候補へのネガティブな批判をし始めると支持率がたちまち下がる様子が見て取れます。
 オバマ陣営は「Change」「Yes, we can」というスローガンで日に日にその支持を広げていましたが、あるベトナム反戦世代の友人は「最後まで何が起こるか分からない」と言っていました。反戦の学生運動の経験がある彼女は、FBIだかCIAだかが彼女の周辺に動向調査に現れており、予算の無駄遣いと笑いながらも得体のしれない気味悪さを味わっていると言っていました。予想通り、終盤にはひどいネガティブキャンペーンや黒人攻撃のでっち上げ事件も起こりましたが、人々はあまり動揺せず、メディアもそれらを厳しく批判し、公民権運動から50年近くたった成熟を感じました。
 もう一つ、選挙中盤以降で驚いたのは、保守の論客といわれる人たちが次々にオバマ候補支持を表明したことでした。共和党の人材不足、特に副大統領候補人選のまずさが主な理由でした。次々に雪崩を打つような変化は劇的な地殻変動を見た思いがします。インターネットで日本のマスコミの論調も見ていましたが、そのあたりはあまり報道されていなかったようですね。
 投票日、予想をはるかに超える大差で初の黒人大統領が選ばれました。各地の支持者の集会で黒人も白人も喜びの涙を流す姿が印象的でした。ほとんどの選挙予想はオバマ氏の地滑り的勝利を予想していましたが、何事も起こらなければという注釈つきでした。投票妨害や機械の故障などどんなことが起こるか分からないのがアメリカの投票事情です。接戦の州では投票妨害のインチキなチラシ―民主党に選挙登録している人の投票日は11月5日に変更されたという選挙管理委員会の名をかたるもの―などが配布されるなど、「今どき?」と思うものや、投票所前で延々行列して8時間もかかるなど、前近代的で意外な光景でした。  
 
  2008年11月4日午後11時頃の当選確実の第一報の画面

雑誌「Martha Stewart Living」の表紙

 人宅でのThanks Giving  。男性が活躍  クリスマスツリー

クリスマスカードとアフリカン・アメリカンバージョンの肌の黒いネイティビティ(ネイティビティはキリスト誕生シーンの人形飾り)

 
目白押しのファミリー行事
 10月末から年末にかけては、ハロウィーン、サンクスギビング(感謝祭)、クリスマス休暇と家族で過ごす機会が続きます。こうした行事を盛り上げるために各家庭ではごちそうづくり、室内外の装飾に工夫を凝らします。
 日本でもよく知られているMartha Stewartは1980年代にホームパーティ向けのケータリングビジネスを始めました。モデル出身の華やかな容姿に加え、時代を先読みするスマートさでカリスマ主婦の草分け的存在です(カリスマ主婦という言い方は日本の造語だと思いますが)。雑誌「Martha Stewart Living」を通じてアメリカの家庭行事を中心にお料理やインテリアのアイデアを紹介しています。毎年、11月号はThanks giving(感謝祭)特集で七面鳥料理の表紙です。Marthaはお母さんのBig Marthaから教えられたレシピをベースに、自宅ガーデンの野菜を多く使った料理を紹介しています。インテリアも手づくりランプシェードや、絵画や写真用のフレームづくりなど意外に堅実です。
 『From Catherine Beecher to Martha Stewart』(Sarah Leavitt 著)によると、MarthaはCatherine Beecherをはじめとする19世紀アメリカの女子教育のパイオニアたちの家事知識に関する著書を愛読していたと言います。Martha の成功の鍵はそのあたりにあったのではと著者は言います。第二次大戦後、家事を担ってきた女性の社会進出が進む中で家事に関する教育は衰退の途をたどっています。2008年に出版された『Stir it up:Home Economics in American Culture』(Megan J. Elias著)という本でも大学における家政学教育の専門化・職業化が進み、日々の生活にはほとんど役に立たない内容になっているという指摘がなされています。
 一方で具体的な家庭経営に関する知識は、Marthaをはじめとするカリスマ主婦や家庭雑誌に委ねられているという現実があります。現代社会において男女共生とはいうものの家事の担い手は不明確なままで、家事に関する知恵の継承が途切れたようになっています。それをカリスマ主婦といわれる人たちがビジネスとして成功させている、この現実に家政学の研究者の1人として大いに考えるところがあります。多種多様な雑誌を見るたび、生活の基盤をなす家事知識は、時代がどう移り変わっても必要とされているということを感じるのです。
 また、クリスマスのグリーティングカードについて、従来は「Merry Christmas」というのが多かったのですが、最近は「Happy Holidays」とか「Season’s Greetings」などが増えてきているのにお気づきでしょうか。クリスチャンの「Christmas」以外に2つのお祭り、ハヌカー(Hanukkah)とクワンザ(Kwanzaa)が同じ時期に祝われることの響といいます。
 ハヌカーはユダヤ人たちのお祭りで、12月に8日間、クリスチャンとは別のお祝いをします。8つの燭台(真ん中のものを入れると9つ)に火をともして祝うそうです。クリスマスと違ってサンタクロースやプレゼントはないのが普通といいます。イエス・キリストの時代にはもう確立されており、聖書にも記述があります。
 クワンザはアフリカン・アメリカンの人たちの間に新しく広がったお祭りで、クリスマスの翌日12月26日から1月1日まで祝います。クワンザという言葉はスワヒリ語で「最初の収穫物」という意味ですが、家族が集まってアフリカ系としての文化や伝統に誇りを持てるように祝います。アフリカン・アメリカンのカリスマ料理研究家Barbara Smithはもてなし料理本の中でクワンザを重要な行事と位置づけています。料理のほかにテーブルセッティングにもアフリカの伝統的クラフトなどを使って、アイデンティティを明確にすることをすすめています。 
   さくらい・のりこ|
大阪市立大学大学院博士課程後期中退、1992年より金城学院大学に勤務。
現在、金城学院大学生活環境学部教授(住生活論、インテリアデザイン史などを担当)。
2008年4月~2009年3月アメリカ合衆国ロードアイランド州立大学客員研究員