解体/ 集合住宅モダニズム
           第3回

理想都市とは?

村上 心
(椙山女学園大学 教授)
むらかみ しん|
1960年大阪生まれ。
1992年東京大学大学院博士課程満了、椙山女学園大学講師・助教授・准教授を経て
2007年より同大学生活科学部生活環境デザイン学科教授。
1997年オランダTUDelft OBOM 研究所客員研究員。
博士(工学)、写真家・ハイパースペースクリエータ。
著書に『The Grand Tour- 世界の建築風景』『建築再生の進め方』、
訳書に『サステイナブル集合住宅』など。
2008年度都市住宅学会著作賞、2007年日本ディスプレイ大賞入選など。
建築家たちの理想都市
前稿(「ARCHITECT」8月号)ではトニー・ガルニエが、「理想都市」を提案したことを紹介した。本稿では「理想都市/居住環境とは何か?」をテーマとしたい。
 まず、およそ産業革命以降の「理想都市」提案を幾つか紹介しよう。 
1.ショーの理想都市 クロード・ニコラ・ルドゥー(Claude Nicolas Ledoux) 
 1804年の"L'architecture considérée sous le rapport de l'art, des moeurs et de la législation" で、かつて設計した製塩工場を中心にした理想都市像を描いた。製塩工場は半円形をしており、円弧の頂点に門、中心に所長の館を置き、その両腕に工場の建物、そして円弧状に労働者の宿舎が配置されている。計画では、全体として円形をなし、後ろの半円にも同様の建物が建ち、さらに外周にも規則的な配置を守りながら建物が並ぶように構想されていた。そして、この円形をした全体のなかで,所長を頂点とした共同生活が営まれることになっていた。これらの構想は、ルソーやフリーメーソンの社会思想を実際の都市計画に反映させた試みと言われる。   
図1 「ショーの理想都市」(出典:「建築家ルドゥー」,ベルナール・ストロフ,青土社,1996)
2.ユートピア トマス・モア(Thomas More)
 ユートピアという国は、回りは暗礁に囲まれた、500マイル×200マイルの巨大な三日月型の島にある。元は大陸につながっていたが、建国者ユートパス1世によって切断され、孤島となった。ユートピアには54の都市があり、各都市は1日で行き着ける距離に建設されている。都市には6千戸が所属し、計画的に町と田舎の住民の入れ替えが行われる。首都はアーモロートという。ユートピアでの生活は集団生活で、ラッパの合図で一斉に食堂で食事をする。その後、音楽や訓話を聞いたりして、6時間程度の労働がある。労働は主として農作業で、自給自足の生活であり、全ての住民は労働に従事しなければならない。私有財産は禁止され、貨幣もないため、必要なものがある時は共同の貯蔵庫のものを使う。労働に従事しない日は、芸術や科学、音楽などを研究する。住民は質素、快適、安穏な生活を営んでいる。しかし、実際には着る衣装や食事、就寝の時間割まで細かく規定され、市民は安全を守るため相互に監視し合い、社会になじめない者は奴隷とされる。トマス・モアは、この社会は理想的であるため住民は何の苦悩も持っていないとしているが、非人間的な管理社会の色彩が強い。   
 図2 「ユートピア」(出典:「ユートピア」,トマス・モア,岩波文庫,1957
3.明日の田園都市 エベネーザー・ハワード(Ebenezer Howard) 
 ハワードの主張は、「人々を都市に牽引するなんらかの力に対して政策はうち勝つことができないので、人を都市に引きつけるモノ以上の力を持って都市集中を阻止しなければならない」というもので、彼はそれを磁石を使って表現した。それが三つの磁石である。ハワードは現況をふまえ、都市を否定するのではなく、都市と農村の「結婚」をすべきだとした。ハワードは都市と農村の融合した都市のダイアグラムを提示した。彼の構想によると、都市の大きさは小都市の場合、約2,400ha、中央部の400haは居住地、商業地、工業地を配置し、周囲の2,000haは農業地として開発し、中央部に人口最高30,000人、農業地の人口2,000人と想定し、人口5.3万人の母都市を中心に適当な距離(30 ~50km)を置き、鉄道でその間を結ぶ。田園都市は農村に囲まれ食料を供給し、農村に都市の利便性を提供し、さらには都市の発展を抑制する。中心部に公共施設を配備し、中央公園がそれを覆う。中心から放射状に伸びる並木道路と環状道路に囲まれて、5,000人ずつの居住地が6つに分断されている。まちを二分するのが幅130mの大街路(グランドアベニュー)であり、その中に学校、教会などのコミュニティ施設が設けられている。まち全体を取り囲む環状鉄道に面して、工業用地や市民農園が確保され、その外側の農村地域へと続いている。    
 図3 「明日の田園都市」(出典:「明日の田園都市」,エリザベート・ハワード,鹿島出版会,1968
4.人口300万人の理想都市 ル・コルビジュエ(Le Corbusier) 
 ル・コルビジェの理想とした大都市は、ニューヨーク・マハッタンの高層建築群のもつ長所と短所、つまり機能的で効率的ではあるが反面において空間が少ないところをヒントに発想したもので、大都市に機能的な面と開放的な空間を積極的に取り入れたものとなっている。都心部は24棟の60階の高層建築で構成されており、この地区は3,000人/haの高密度をもつが建ぺい率はわずか5%である。都心部の中央には地下鉄道・近郊鉄道・遠距離鉄道の各駅、地上2階には都市高速道路、ビルの屋上にはヘリポートを立体的にまとめた交通センターが設置されている。この地区の外周は板状の8階建マンション(人口密度300人/ha、建ぺい率15%)の地区で、さらにその外周の郊外部は独立住居地区にしている。公園と都心部の間には公共施設群が配置されており、工業地域や飛行場は市街地と緑地で明確に隔てられている。   
図4-1 「人口300万人の理想都市」(1922)(ル・コルビジュエ) 
5.輝く都市 ル・コルビジュエ 
 ル・コルビュジエは,1931年の第3回CI AMで「輝く都市」を発表した。「これまでの研究の論理的帰結」であり「人間性の問いとなった」と述べられ、「輝く都市」は都市計画の研究の成果として普遍的な都市モデルへと昇華したものであるといえる。そして、1935年に出版された『輝く都市』にて結実した。この著作のなかで、太陽、緑、空間の「自然の条件」、住居、仕事、心身の鍛錬、交通の「4つの機能」などのアテネ憲章で提唱された近代の都市計画の「基本原理」が述べられている。高層ビルを建設して空地(オープンスペース)を確保し、街路を整備して自動車道と歩道を分離し(歩車分離)。それに基づき都市問題の解決を図ろうと提唱している。    
 図4-2 「輝く都市」(1931)(ル・コルビジュエ)
ディストピアの可能性 
 一方で、「都市の未来は『ユートピア』ではなく、『ディストピア』に他ならない」という提示も多く見られる。例えば、映画「ブレードランナー」で描かれた未来都市像(図5-1、5-2ハ参照)は有名である。論理的な理想都市像を提示してきた混沌としたアジア都市を示したことは興味深い事実である。前稿のワングサマジュ団地の再生行為に関して、ルールや規制に縛られるだけではない空間づくりのプロセスの可能性が意識されている。
 村上研究室が行った「高蔵寺ニュータウンの空地・空家調査」では、マスハウジング期に計画されたベッドタウン型理想都市での衰退期への前兆である空地・空家が確認された。空地が増えることは「悪」であると決めつけがちであるが、自然へ還すことも含めた環境的活用再生行為の可能性は、未来にとって「良い」ことであるとも言えよう。
     
図5 「ブレードランナー」(Blade Runner),リドリー・スコット監督,1982年公開 図6-1、6-2 「中部圏ニュータウン空き地・空家・空室の実態に関する研究−高蔵寺ニュータウンを中心として−」山田貴子・前田幸栄(村上研究室)椙山女学園大学卒業論文、2005 ちなみに村上研究室では、高蔵寺ニュータウンをテーマにした「宝人」(http://www.ci.sugiyama-u.ac.jp/media_a/2011/01/4227175mb.html)というフィルムを2010年度に製作している