環境演出におけるデザイン作法—第6回
演出の力。主体を活かすこと。
計画を推進すること。


伊藤孝紀(名古屋工業大学 大学院 准教授)
演出の主体性について  
  環境デザイン分野の父と言われるG.T.ムーアは、「環境デザインの本質は、環境を取り巻く、さまざまな分野との関係のデザインである」と位置づけている。さまざまな分野が関係するというと秩序がない。そのため、製品などのミクロ(小さな)なスケール、建物や公園などのメソ(中間的な)スケール、そして地域や都市などのマクロ(大きな)スケールと段階的に環境を形成するスケールを分けている。20世紀の都市計画は、マクロな都市全体を計画する視点から、良好な景観を形成するためのメソ的な街並みや建築施設などを中心に、人間を含めたミクロ的な要素に向かって計画された。全体(マクロ)といった俯瞰から部分(ミクロ)をとらえたとき、主体は「都市構造」や「都市イメージ」といった「都市」であった。しかし、現代社会においては、「市民」「地権者」といった「人間の活動」が主体となり、逆のアプローチが必要とされている。
 例えば、美術館や博物館など鑑賞用途でない環境にアート作品を設置する。すると、鑑賞者がアート作品に関心を持つための仕掛けが必要になるだろう。哲学者ジャック・デリダは、人間が関心を抱く空間との関係を「人間が場をつくりだすことを、自らを間隔することであり、空間を間隔化することである」という。これを解釈すると「ある存在(鑑賞者)と存在(アート作品)の相互の間を結ぶこと」が必要といえる。
 では、相互の間を結ぶ手法とは、何であるのか。環境に人間が介在すれば、時間概念が働きプロセスが重要となる。このプロセスを仕掛けるデザイン手法の一つとして、ローレンス・ハルプリンが提唱した「SCORE(スコア)」という概念に着目したい。これは、音楽を記録するための演奏記号や符号を記した五線紙と同様に、人間の振る舞いや思考の変遷に空間の変化を加え、創造性ある議論や創作の場を奏でるための手法である。ハルプリンは、「SCORE」を、パフォーマンスやW.S. を実行するための仕掛けとして機能させ、成果ではなく、その過程(プロセス)に意義を見出した。現代社会に必要とされているのは建築や都市の設計図ではなく、空間や環境に介在する人間の行為までを含んだ楽譜(スコア)ではないか。
 他方、人間の行為を中心としたミクロからのアプローチには、人間の心理や認知の視点が重要となる。生態心理学者ジェームス・ギブソンが提唱したアフォーダンスの論理には、「動物は行為や知覚を通して、生息環境を相補的にとらえ、情報によって行為の資源を直接知覚すること」とある。緩い傾斜のアート作品があったとする。傾斜面からは、「登れる」と「下れる」という意味や価値を鑑賞者の演繹なしに直接知覚されるだろう。ある環境のなかで、主体となる人間の自発的な行動や行為を誘発すること(アフォード)、そして個々の行為や行動を市民活動へと奏でる(スコア)ことにより環境を形成していくことこそ、「環境演出」の醍醐味と考える。 
 
NDW2010ラシックメイン会場のデザイン。担当:杉山浩太 
演出の計画推進について   
  「演出」という言葉は、比喩的な意味と隠喩的な意味の二つに分けられる。前者は、文脈により、特別な趣向を凝らして思い通りにことを運ぶ意にも用いられる。具体的には、時間経過する演劇や映画などがこれに該当する。後者は、ある特別な趣向を凝らすことを条件とし、インテリアや建築空間、景観を含む環境の構成に関する「計略」と等しい意味で用いられる。この二つの意味は、まさに環境演出の神髄を現している。
 演出の主たる役割は、原作となる都市や地域の文脈を読み込み、原作を活かしながらドラマ仕立てか、映画なのか演劇なのか、別のストーリーに再編集(演出)する手腕が見物である。他方、演出を実現するとは、演出された環境に人を導き、運営していく、時間的秩序と空間的秩序を「組み立てる」ことである。言うなれば、「演出」は計略を達成するために、時間的、空間的秩序を組み立てるプロデュースの視点がある。
 都市や建築プロデュース業務の先駆け、浜野商品研究所の著書には、「プロデュースとは、プロジェクトを発掘し、始動させ、一貫した方法をもち、体系的な活動を、多くの関係者とコラボレーションしながら推進していくこと」とある。日本のデザイン分野は、専門性を追求するあまり、分野内に完結した縦割り構造になっている。しかし、デザインが「環境」を語る上では、経営や生態系、医薬、福祉など異分野の参入において発生する広く横断的な手法が必須である。これらより「環境演出」とは、異分野を横断しながらプロセスを組み立て、一つの環境を形成するという目標に向け計画を推進することなのである。 
 
 大ナゴヤ大学の生物多様性授業の様子。担当:金子慶太
    
  MIJP 活動の一貫、陶磁器デザインの商品化。担当:坂井大介   名駅、名古屋初の地権者による道路緑化。担当:内木智草
 市民主体による計画推進の事例 
 これまでに緑化計画や都市照明、インスタレーション、職人の技などを演出した事例を述べてきた。名古屋圏には、実に多くの市民主体活動や地権者によるまちづくりなど環境演出が実践されている。その多くに当方も研究と実践で関わっている。
 2005年からインテリアショップとデザイナーが主体となり始められた「NagoyaDesign Week(NDW)」では、08年から実行委員として関わり、名古屋市や中部経済産業局との連携を実現。09年からはテーマカラーやロゴマークを統一し、10年からは学生が主体となって企画参加できる学生実行委員会を立ち上げた。誰もが先生になれ、何処でもキャンパスとなるべく活動している「大ナゴヤ大学」では、データの集積をまちづくりへと反映する実験室としての役割。日本のものづくりの力を取り戻すべく活動する「Made In Japan Project(MIJP)」では、デザイナーと職人とのマッチングや勉強会の企画に従事。20人のプレゼンターが、20枚のスライドを一枚、20秒でプレゼンする「Pecha Kucha Night(PKN)」では、企画立案と事務局機能を担っている。
 また、名古屋駅地区まちづくり協議会では地権者による緑化や都市ブランディングの実現。栄ミナミ地域活性化協議会では街路など公共空間のデザイン。錦二丁目まちづくり構想では環境ネットワークの形成など、その役割も多岐に及んでいる。
 そのどれもが途上であるが、小さくても直ぐにできることを具現化し、継続拡張していくことで、「環境演出」の意図が体系的に見えてくるはずである。  
 
栄ミナミの伊勢町、プリンセス、住吉通の街路デザイン。担当:春日和俊
いとう・たかのり|
1974年 三重県生まれ。
1994年 TYPE A/B設立。名城大学建築学科卒業。名古屋市立大学大学院博士後期課程満了。
2007年より名古屋工業大学大学院准教授・博士(芸術工学)。
TYPE A/B では、建築、インテリア、家具のデザインや、市場分析からコンセプトを創造しデザインを活かしたブランド戦略を実践。研究室では、行政・企業・市民を巻き込んだまちづくりに従事し、社会・世界に向け活発に活動中。
主な受賞歴:2004年 JCD デザイン賞 奨励賞
        2005年 Residential Lighting Awards 審査員特別賞
        2006年 SDAデザイン賞地区デザイン賞
        2007年 JCD デザイン賞 銀賞
        2008年 日本建築学会東海賞
        2009年 中部建築賞