ロンドン滞在記₁
           第5回

連合王国イギリスのとらえ方

谷田 真
(名城大学理工学部建築学科准教授)
たにだ・まこと
1971年名古屋市生まれ。
1995年名城大学建築学科卒業。
1997年名古屋大学大学院修士課程修了、仙田満+㈱環境デザイン研究所入所。
2003年名古屋大学大学院博士課程満期退学。
2004年名城大学建築学科講師。
2005年名古屋大学にて博士(工学)学位取得。
人間と構築環境の相互関係に関心を持ち、学生との時間、家族との時間を大切に日々活動中
旅する
 幼い娘を連れた筆者家族らは、ロンドン滞在中、しばしば国内旅行に出かけた。イギリスはご存知の通り、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドからなる連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)である。地域によって気候、地形、景観などにさまざまな顔をもち、その違いはまちや建築の佇まいにも少なからず影響を与えている。連載5回目となる本稿では、ロンドンの地から同心円上に離れつつ、筆者が体験した空間の印象を自己本位ながら多数綴ることで、ロンドンだけではないイギリスの一面を見つめてみたい。
 
センズベリー視覚芸術センター ロイヤル・クレセント
ロンドンからおよそ200km
 ロンドン市内主要駅から列車で2時間、東に移動すればノーフォーク州の州都ノーリッジ、西に移動すれば温泉のまちバースや、ウェールズの首都カーディフがある。いずれも日帰り圏内の距離にあり、週末に訪れたくなるまちであった。
 ノーリッジでのお目当ては、ノーマン・フォスターが1978年に手掛けたセンズベリー視覚芸術センター。格納庫のような巨大ワンルーム空間は、床のレベル差で緩やかに区切られており、本誌6月号で紹介したセントパンクラス駅など近年の作品と変わらぬ構成が確認できる。このぶれないところが30年経っても古さを感じさせない理由なのかもしれない。イースト・アングリア大学の敷地内にあって、森と湖を結ぶ軸線に合わせた開口、土地の起伏に合わせたクレセント型の増築棟など、あまりに素直なコンセプトもこのロケーションを体験すれば納得できるものであった。
 温泉地として知られている世界遺産バースのまちで、筆者らの目を引いたのがロイヤル・クレセント。その名のとおり半楕円の建物は、18世紀後半ジョン・ウッド(息子)によってデザインされた集合住宅であり、現在その一部がホテルになっている。イギリスではめずらしい傾斜地に展開する街で、ぜいたくにも一番高く、見晴らしのよい場所を占めていた。
 カーディフでは、リチャード・ロジャースによる設計で2006年に竣工している議事堂が秀逸であった。ロンドンにはビッグ・ベンの名で知られる連合王国としての議事堂があるが、ウェールズにも議事堂は存在する。1本の大きな木をイメージして設計がスタートしたと言われており、地下に配された議場を「根」と例えるならば、議場頭上にそびえ立つ採光や自然換気を促す塊が「幹」であり、その塊から四方へ伸びる、波打つようなフォルムの屋根が「枝」となる空間構成である。おもな素材には地元名産のスレートや木材がふんだんに使用されるとともに、四周はガラスで覆われ、「幹」の根元から地下の議場が見下ろせる仕掛け付きである。総体として「エコ設計」「地産地消」「開かれた政治」といったワードが想起される建築であった。
 
ウェールズ議事堂
ロンドンからおよそ400km 
 初夏、学生は長期休暇に入り、社会人はバカンスを取る。そこで筆者家族らも、レンタカーでイングランド北部の湖水地方や南西部のコーンウォール半島へ遠出した。
 湖水地方では、ウィンダミアを中心に、ポターが暮らしたヒルトップ、ワーズワースが暮らしたグラスミアなどを巡る。美しい風景を見ながら、アーツ・アンド・クラフツ運動発展の重要な舞台となった自然環境を体感。中でも1900年にベイリー・スコットにより設計されたウィンダミア湖畔に建つ大邸宅ブラックウェルが印象に残る。2001年の一般公開を機に、L型プランの一翼が現代的に改装されており、アーツ・アンド・クラフツ様式そのままに残された部分とのギャップに違和感を感じつつも、かつての台所が今はカフェに、勝手口がメインエントランスにと、機能面でかすかに過去への敬意を読み取った。
 一方、コーンウォール半島では、その先端に位置し、イギリス国内で最も人気が高いと言われる観光スポット、エデン・プロジェクトを目指した。ニコラス・グリムショウらの設計で2001年に竣工した複合型環境施設は、半島の風景が風光明媚な田園地帯から岩肌むき出しの荒野に変わるころ、おもむろに出現する。施設のアイコンである、内側のドームが外側のドームを支える二重構造となったジオデシック・ドームは、かつて陶土採掘場があった場所を、真のエコロジーとは何かを学ぶ場所に変えたと言われている。特に筆者が関心を寄せたのは、さまさまな工夫が仕掛けられたエコ建築という側面よりも、イギリスで最も温暖な気候を享受しながら、同時に高失業率エリアで切望されている雇用を創出し、観光業の刺激となっているという側面であった。
 
エデン・プロジェクト エディンバラ議事堂
ロンドンからおよそ600km
 初秋、筆者はエディンバラ美術大学(Edinburgh College of Art)の取材同行で、スコットランドへ行く機会を得た。ロンドンから首都エディンバラへは列車で4時間半、飛行機での移動も可能だったが、移ろい行く車窓の景色が感じたくて列車を選択した。街を出るとすぐに広がる浅緑色の牧草地と茶色い畑は、つくづく眺める人を無言にさせる景色であった。
 カッスル・ロックと呼ばれる岩山とその上に鎮座するお城が、まちのランドマークとなっているエディンバラは、全体が氷河によって削り取られた跡地につくられている。歩車道が立体的に重なり、建物に貫入していくかのような空間構成が、自然に形成されているところが興味深い。また、このまちから列車で片道1時間弱移動するとグラスゴーがある。ここではマッキントッシュ詣でと決め込み、グラスゴー美術学校、 ウィロウ・ティールーム、ヘラルド・ビル(現在、ライトハウス)などを駆け足でまわり、日本美術の強い影響を確認した。
 そして最後に、ここでも議事堂建築にスポットを当てたい。21世紀、地方分権化に伴い建設された民主主義の殿堂から、王国の新たなアイデンティティを読み取ってみる。議事堂は、国際コンペを勝ち抜いたバルセロナ出身のエンリク・ミラレスが設計。途中、ミラレス自身の急死、当初予算の10倍ともいわれる莫大な総工費など紆余曲折を経て、2004年に竣工している。マッキントッシュ、ガウディ、アアルト、ヤコブセン、カーン、ロースなど過去の巨匠建築家たちへのオマージュが散りばめられた、てんこ盛りの建築と言われているが、これらモチーフが渾然一体となった空間に身を置けば、素材感を生かした手仕事的デザインによって統一感が生まれ、むしろ「独自性」を感じさせる建築であった。
イギリスのイメージ 
 以上の空間体験をあえて整理してみると、建築の個性が際立つ200km圏内、建築周辺環境が主役の400km圏内、別国のような独自性が感じられる600km圏内に塗り分けることができるかもしれない。筆者のイギリスに対するイメージは、これらゾーニングを緩やかなグラデーションにした中にある。