ニューイングランドの住まいと暮らし
第3回
生活のはじまり
桜井のり子(金城学院大学生活環境学部教授)
Spring Cleaning
 家は決まったのですが、20年前と同様、家具なしです。ダイニングテーブルとイスは家探しの途中でヤードセール(ガレージセール)で見つけて求めました。4月から5月にかけて住宅地のあちこちで「Yard Sale」の看板が見られます。長い冬が終わり、夏に向けてのSpring Cleaningだそうです。大学でも5月の終わりには一斉に学生たちが寮を退去し、不用品の大規模なセールも開かれます。そこでいろいろなものを買えるよと言ってくれた人もありましたが、それまで待てません。
 ベッドは夫の知人であるギリシャ出身のカラマンリディス先生から、食器や電子レンジはヨシコさんから借りることができました。ヨシコさんの家の地下室にはいろいろな家庭用品がストックされています。地元の日系企業に駐在していた人たちが帰国の際に置いていったもので、その後の赴任者たちの不足を補って役立っています。
 冷蔵庫とオーブン付きの電気コンロは賃貸住宅の標準装備です。そのほか、地下の機械室には洗濯機、乾燥機もあります。当地の家電ストアには、日本のようなコンパクトな洗濯・乾燥機は見当たりません。ほとんど大型で並べて設置する場所をとるタイプのもので、住宅面積の違いを感じます。
 買い揃えたものは、炊飯器、オーブントースター、鍋、フライパン、やかん、調理器具など、ドレッサー(整理たんす)、机、鏡、テレビ、DVD プレーヤーなどで、結構いろいろなものが必要なのだと改めて思いました。 
Craigslist 
 Couch(3人掛け以上のソファ)やLoveSeats(二人掛けソファ)はインターネットで懸命に探しました。20年前の滞在時にはSalvaging Army(救世軍)というキリスト教慈善団体で中古ソファを買ったのですが、ちょうど日本でいうリサイクルショップの巨大版のような倉庫でした。洋服から家具など日常生活に必要なありとあらゆるリサイクル品が揃っていて結構間に合ったものです。
 今回はhttp://providence.craigslist.org/というサイトを紹介されました。このCraigslistは地域ごとにサイトがありますが、家具だけでなくありとあらゆるものが売られています。個人、会社、求人や求職も含めて多様な情報があり、気になるものが見つかれば、メールや電話で連絡して交渉します。50ドルで出ていた机を買おうと思って連絡したところ、状態が良いので100ドルにしたいと売り主から言われ、もちろん即お断りしました。結局、ここではFuton( 折りたたみソファベッド)、ランプ付きサイドテーブル、本棚などを購入しました。いずれも電話やメールで売り主と直接連絡し、支払いや受け取りを自分で行います。Futonは2つも買ってしまいました。最初イケア製のFutonを手に入れて喜んでいたのですが、なぜだかベッドにならず。売り主が何度も「〇〇〇〇、OK ?」と確認していたのはこのことだったのかと思いました。結局、泊まり客用の予備ベッドとしてもう一つ買い、イケア製のモノは夫の書斎に置いて昼寝用で重宝しました。値段はどちらも50ドルくらいでした。 
     
4月終わりごろ、寒かった季節も終わり温かくなった大学の広場 ヤードセールで見つけたセット。テーブルに椅子2脚合わせて25ドル。奥の机とランプはHabitatから30ドル。フロアーランプは新品で30ドル  ソファはHabitat から40ドル。ランプ付きサイドテーブルはCraigslist で25ドル
Habitat for Humanity
 ソファはやはりCraigslistで「Sale」という広告を見て出かけました。そこはHabitat for Humanity (http://www.habitat.org)という国際的な住宅供給NGOの倉庫でした。低所得世帯に対し住宅供給支援を行っている組織で、不要になった家具や住宅部品を安く売っていました。Habitatは1960年代に若いクリスチャンたちが奉仕の働きとしてジョージア州に設立した団体です。1980年代、ジョージア州出身のカーター大統領夫妻が積極的に関わったことで知名度がぐっとアップしたといいます。私の滞在中もオバマ政権の副大統領のバイデン氏が建築中の住宅のペンキを塗っている姿をテレビで見ました。Habitatでした。
 今では全国や海外にも多くの出先機関ができ、それぞれのlocal officeが独自に活動を展開しています。広く寄付金を募るほかに、中古の家具も手入れの後販売され、収益は寄付金となります。また、地域の教会も回り持ちで「fundraisebreakfast」(寄付のための朝食会)などを開きます。うちの近くの教会でも開かれ、7ドルの朝食代と教会員が持ち寄った手芸品などの売り上げがすべて寄付されました。集まった寄付金は住宅資材購入に充てられるのです。建築はボランティアの働き手が土曜日に集まります。私が家具を購入した倉庫のofficeでも働き手の募集がありました。建築作業ができない人は作業している人への昼食の差し入れもOKです。そのメニューは決まっていて「サンドイッチ、ジュース、フルーツ」です。私はときどき倉庫に買い物に行ったのと、教会での朝食会に参加しただけでしたが。
 Habitatの活動の特徴は、ボランティアが住宅を建ててあげるのではなく、本人も参加することです。また本人は建築資材分の金額を支払います(ローン可)。そのお金は次の住宅用の資金となり、次のプロジェクトが始まるのです。倉庫の近くに最近建った住宅があると言われて見に行きましたが、結構立派で日本でよく見る輸入住宅そのままでした。
 
Habitat が建てた住宅。私が借りた家より立派です  この家の敷地に捨てられていた看板。“South County地区の Habitat とNadeau Family と教会の協力によって建設された” 不思議な換気扇。フードの中の黒い部分から給気して上の部分から室内に排気する
不思議な換気扇
 不思議というか理解不能な体験がいくつかありました。換気扇と運転免許証です。運転免許証については次に回すとして、まず換気扇のお話を。
 初めのZIAさんのアパートでの体験です。あるときスーパーで切り身の魚を買ってきました。魚焼きがないためフライパンで焼きましたが、鮮度も問題なのか匂いがきつかったのです。換気扇を「強」にしてもなかなか匂いが排気できません。そのうちにと我慢しながら食事をすませたところ、上階の大家ZIA夫人が消臭スプレー片手に下りてきて、そこら中に噴霧して回ります。「しっかり換気扇を回して」とも言われました。翌朝、夫妻は換気扇の調子が悪いから「HomeDepot」(家庭用品と日曜大工の大型店)に買いに行くと言って、出かける前に型番を確認しに入ってきました。すると点検していたご主人が「この換気扇は外に排気する穴がない」と言い出しました。「ええー」と私たちものぞきこみましたが、何とコンロの上のフードの給気口から入った熱気は、フード上部の排気口から出てくるではありませんか。驚きました。結局、彼らはフィルターを通しているから大丈夫なんだと納得したようでしたが、この出来事も新しい家探しを急いだ理由の一つです。
 普通の一戸建てならこんなことありえないだろうと思って、次の家を決めたのですが、契約書にサインするとき最後に換気扇を確認したら何と同じタイプだったのです。“信じられない”とめげる思いでしたが、また一から家探しの元気がありませんでした。ヨシコさんは「魚はオーブンで焼くと匂いが気にならないわよ」「そんな換気扇は知らない」と言いますが、その後私たちは「Home Depot」で確かめています、外に排気しない換気扇が多く売られていることを。結局、オーブンを活用することと、ドアと窓を開けて風が流れるようにし匂いを外に逃すことにしました。幸い隣家とは離れていましたので。
   さくらい・のりこ|
大阪市立大学大学院博士課程後期中退、1992年より金城学院大学に勤務。
現在、金城学院大学生活環境学部教授(住生活論、インテリアデザイン史などを担当)。
2008年4月~2009年3月アメリカ合衆国ロードアイランド州立大学客員研究員