環境演出におけるデザイン作法—第5回

職人技術を活かした住環境を演出するソファ

伊藤孝紀(名古屋工業大学 大学院 准教授)
一般家庭におけるソファの定着  
 皆さんの家のリビングには、当たり前のようにソファが置いてあるだろう。すっかり日本の生活に溶け込んでいるソファは、いつ頃から家庭に定着したのだろうか。
 終戦後、高度経済成長期に入ると、新技術の導入や開発によって家庭電気機器の生産が急増。電化製品による機能的かつ合理的生活の追求は、日本人の生活様式を床座から椅子座へと移行させる。なかでもテレビは、家族の憩いの形(あり方)を大きく変えた要因である。1951年、公営住宅「51C型」の平面が誕生したことで、団欒風景は父親から子どもへ、子どもからテレビへと、家族の主役の座が交代していく。さらに、ウレタンフォームなど新素材の開発によって家具の産業構造が「地場産業」から「近代的木工産業」に躍進する。1960年代に入ると、日本住宅公団は初めて「DK+L」の標準設計を採用。耐久消費財の普及が加速的になり、「応接セット」の普及が顕在化する。これらを受け、1968年にマルニ木工より応接セット「ベルサイユ」が発売されると、生産が追いつかなくなるほどの販売数を記録。ご存じの通り、この地域では刈谷木材工業が旗手であり、「カリモク60」としてリバイバルされている。
 応接セットとして一般家庭に定着していったソファは、その後、応接間を配さない間取りの変化によって、いつしかリビング配置が主流となった。そして80年代以降、欧米の家具メーカーの進出により、高級ソファが日常生活のステイタスとなるべく普及していく。
     
  ソファの基盤となる木枠制作  ソファの柔らかさを決めるウレタンの積層作業  2.4mm の厚革を立体的に縫製 
心石工芸・革張りソファ    
 高級ソファというと、カッシーナやモルテーニ、アルフレックスなどの海外メーカーが連想されるが、国内でも同質の生産技術を持つ会社が数社ある。なかでも厚革を用いるノウハウのある会社は稀である。広島県福山市にある心石工芸は、革張りソファで厚革技術を扱える会社だ。たとえば、2.4mmの分厚い革はハサミでは切れないし、業務用ミシンでも縫えない。そのため裁断には革包丁が使用され、縫製など加工には特殊機材と職人の技が必要となる。特に厚革の縫い合わせた部分を磨いて仕上げる「コバ磨き」は、鞄や靴職人でもできる人材は稀少である。
 その製造工程はどうなっているのか。まず、デザインを基に制作図が描かれる。仕上がりが想像できるよう、手書きで原寸図で描く。次に、ソファの基盤となる「木枠」が制作される。材木と合板を組み合わせ、バネを乗せる部分、力のかかる部分など適所に適材の材木を選定。この段階の細かい作業が仕上がりの美しさを左右する。次に「下張り」といって、木枠にバネを張る。この際、バネ、ポケットコイル、ウェービングテープの使い分けがソファの座り心地に大きく影響する。バネを張った上にウレタンを積層させ、ソファの外形と柔らかさが決まる。同時に革の裁断がおこなわれ、革の傷をよけながら型を取る。傷を判別するのも職人の技能。これらを立体的に「縫製」することでソファの形状はつくられる。革が厚い分、縫い重なりはさらに厚くなるため、縫いながら小さな切込みを入れるなど、張り上がりが美しくなるよう工夫が随所に施される。最後は、「上張り」という仕上げの作業。ヌードと呼ばれる縫製された白いカバーを最初に張り、手で撫でながら、ソファの外形にカバーをかける。革には柔らかい部分や硬い部分があるので、同じ形でも少しの引っ張りの加減で形が違ってくる。
 作業道具の種類も多く、使い分けにも熟練の技がある。たとえば、金ヅチは縫い重なった部分を叩いてのばすときに使い、針は表情の決め手でもある角を立てるときに使う。これら一連の製造工程が、外注に頼ることなく、心石工芸では実践されている。まさに技術力の集積の賜物である。   
 革の歴史と加工方法  〈心石工芸のデザイン指針〉
市場分析から日本風土に合わせたデザイン要素を抽出
  革と人類の歴史を見ると、太古の昔から肉食に伴う副産物としてだけでなく、儀式や呪術、影絵芝居、死衣など精神的な意味を含んで利用されていた。中世になると牛革紙や革装丁、金唐革など地域や民族によって革造形技術が発展し、革工芸や皮革産業として継承されていった。現在では、日用品やステーショナリーにまで革製品は展開されている。
 鞄や財布などの日用品に比べ、ソファは身体に触れる製品である。したがって、材料となる革の仕上げは重要だ。巷でよく使われているのはウレタン塗装仕上げの革である。しかし革が持つしなやかな質感、しっとりとした肌触りはない。革の触感や経年変化を重要視するなら「ヌメ革」や「オイルレザー」を薦めたい。
 通常のヌメ革は硬くてソファ用としては不向きだが、心石工芸ではソファに張るために、オリジナルでなめし、しなやかで強度のある革に仕上げている。国産牛を使った最高級革を使用。ヌメ革の特徴を最大限に引き出すために、革の表面には一切のコーティングを行わない。ヌメ革をベースに染色し、なめす途中段階でオイルを含ませたのがオイルレザーである。オイルレザーのなめし工程は、ドラムと呼ばれる巨大な太鼓型の機械で原皮を水洗いし、植物タンニン溶解液の入ったタンニン槽に皮をつけ込み、なめしていく。160ものタンニン槽があり、薄い槽から濃い槽へと順次漬け込まれる。その後、暖房を効かせた部屋で乾燥。最後に自然の風で乾かし完成である。
 
ブランディングとソファの開発    技術力を活かし日本人のライフスタイルを追求したスタディ 
 心石工芸の技術力を活かしたブランディングと新しいソファのデザインを2年間掛けて行ってきた。6月末にはショールームも完成する。前述したようにソファは日本人の生活に定着して間もない。その多くは海外メーカーからの輸入品が占める。欧米と日本では、住環境を取り巻く気候風土や身体の体型も寸法も異なる。そもそも欧米では、靴を履いたまま座ることが想定され、置かれるリビングも何倍も広い。
 そこで追求したのは、日本の気候風土に適し、日本人の体型と文化性を加味したソファをデザインすることである。詳細は、今秋には発表予定である。日本の住環境に合わせたソファと周辺家具をデザインすることから、ソファによって演出されたライフスタイルを提示したい。   
 
  ブランドコンセプトを体現できるショールーム  
いとう・たかのり|
1974年 三重県生まれ。
1994年 TYPE A/B設立。名城大学建築学科卒業。名古屋市立大学大学院博士後期課程満了。
2007年より名古屋工業大学大学院准教授・博士(芸術工学)。
TYPE A/B では、建築、インテリア、家具のデザインや、市場分析からコンセプトを創造しデザインを活かしたブランド戦略を実践。研究室では、行政・企業・市民を巻き込んだまちづくりに従事し、社会・世界に向け活発に活動中。
主な受賞歴:2004年 JCD デザイン賞 奨励賞
        2005年 Residential Lighting Awards 審査員特別賞
        2006年 SDAデザイン賞地区デザイン賞
        2007年 JCD デザイン賞 銀賞
        2008年 日本建築学会東海賞
        2009年 中部建築賞