環境演出におけるデザイン作法—第4回

地域を躍動させる大地の芸術祭

伊藤孝紀(名古屋工業大学 大学院 准教授)
越後妻有アートトリエンナーレ  
 私の郷里は、清流ある河川と緑豊かな山、田園と蜜柑や柿など果樹園が美しい三重県多度町である。その風景を眺めるとき、壊すことなく、賑わいと活気を演出できないものかと悩んでしまう。そんな悩みを一蹴するのどかな農村と大自然を生かした絶妙な仕掛けが、新潟県越後妻有地域では行われている。
 2000年から始まった「大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ(以下芸術祭)」は3年ごとに世界最大級の規模で継続的に開催されている。この芸術祭の目的は、過疎化に悩む越後妻有地域の魅力をアートを通して掘り起こし、世界に発信することで、地域の活性化につなげていくものである。芸術祭の特徴は、新潟県十日町市と津南町からなる760k㎡の広域行政圏全体を美術館のようにとらえており、自然とアートの融合が図られている点である。また、この地域の活性化の目的から各アート作品は国内外のアーティストが個人で制作したものだけでなく、建築家やデザイナー、大学生が住民と協同で制作した作品など多岐にわたっている。
 2000年7月から53日間開催された第1回は、海外32の国と地域から参加したアーティストによる148作品が設置され、開催期間中の来場者数は約16万人にも及んだ。継続するごとに参加する作品数と来場者は増加し、2009年に開催された第4回では、総合プロデューサーに福武總一郎氏を迎え、北川フラム氏の総合ディレクションのもと来場者数が37.5万人、全体事業費も初回の4倍となり、新潟県内への経済効果が35億円以上と拡大成長している。なかでも県外来訪者が6割、リピーターが4割以上と熱烈なファンづくりが遠方からの来訪者を増加させる仕組みとなっている。この意義ある芸術祭に、当研究室も作品参加と調査研究する機会を得た。   
九段集さ藍 
 2008年6月、一般の作品公募枠で当研究室が提出した「九段集さ藍(くだんあづさあい)」が選ばれた。敷地は日本一の河岸段丘がある津南町の丘陵地を選択した。調査をすると河岸段丘の周りに古代遺跡が多く、かつてはこの地域に相当な人口が集中していたことが分かった。特に津南町は、日本最多、9段の河岸段丘を形成する独特の地形であった。「9段」の段丘を作品に生かそう。他方、集落からの要望に「紫陽花園」を生かした提案を望むとあった。紫陽花の色の特徴には、土壌のpH 濃度による花色の変化がある。また、紫陽花の語源をみると、「集めるの意=あづ」と接頭語「さ」+藍色=さあい、から「あづさあい」に派生し「あじさい」と定着したとある。そこで、 紫陽花の語源にあるよう、紫陽花の色に類似した家具や日用品など廃品(さ藍)を収集(あづ)する。設置する(さ藍)は河岸段丘の数に合わせ9段階に色分けして、紫陽花園にグラデーションをつくり、紫陽花園の色と溶け合った作品となる。
 芸術祭の終了時には、廃品(さ藍)は祭りの宴とともに燃やして灰にする。土壌のpH 濃度によって花の色が変化する性質を利用して、灰を紫陽花園に蒔くことで土壌は酸性を強め、翌年の紫陽花の色はピンク色に変色する。廃品が植物の色の変化へと姿を変える輪廻転生の物語を作品に込めた。
 予算は規定の1/3で申請し承認された。できるだけコストを最小限に、しかし住民や地域への波及力は最大限になることを意図したかった。冬は日本有数の豪雪地帯のため準備ができない。そのため、夏から秋にかけ土地の測量調査から住民への働き掛けをするなど準備を進めるべく何度も通った。
「九段集さ藍」。当初、津南町を対象敷地に提案した案 住民の方々に家屋や集落、歴史や慣習など風土をヒアリング  地域の子どもたちと一緒に制作するワークショップ 
     
 地域住民の農作業を手伝うなど交流を深め、一緒に休憩  「ツマリ楽園」。独特の家屋形態や集落の配置をデフォルメした 完成写真。家屋の窓からは、松代町を特徴づける眺望が見えるよう細工
を凝らした 
ツマリ楽園 That’s paradise  
 2008年の暮れ、北川フラム氏から電話が入った。敷地を「津南町」から「松代町」へ変えてほしいとの主旨だった。当初は、同じ案での移転も考えたが、対象敷地が変われば、九段段丘の意味もなくなり物語の根拠が稀薄になる。一大決心、今までのコンセプトと準備を白紙にし、一から案を練り直すことにした。
 2009年、雪も溶け始めた春、松代町の調査に向かう。何軒も地域住民の方々へヒアリングを重ね、その歴史や古くからの言い伝え、習慣などを聞いて回った。高齢者が多いなか、皆が快く家屋の中に招き入れ丁寧に想い出を話してくれる。そこには、集落の屋根形状や基礎の形態、敷地内の建物の配置など豪雪地帯だからこそ、生活に工夫した農村の特徴を見ることができた。
 松代町の特徴ある家屋のつくりと農村の生活をデフォルメ(強調)しよう! 敷地内に母屋、離れ、納屋、倉庫などの模型を、建屋の間隔や高さ、角度もデフォルメして点在させる。自らの日常生活を凝縮した環境をあえてスケールモデルで提示することで、住民は普段当たり前に見過ごしてしまう価値に気づき、見慣れた風景も違って見えるのではないか。また他地域からの来訪者には、家屋の形態や集落の配置が、新鮮でありユーモアを感じるだろう。さらに、家屋の窓を通して見る景色には、松代町の地形を特徴づける眺望が体験できるよう細工を凝らした。つまり、妻有(ツマリ)の日常風景こそが象徴であり、住民にとっての楽園なのだ。
 せっかく楽園をつくるなら、これからの未来を担う子どもたちと一緒につくれないものか。地元の幼稚園、小学校にも手伝ってもらい、子どもたちとのワークショップによる制作をおこなった。家屋の模型づくりを通じて、子どもたちが日常を客観的に感じ、発見し楽しむ姿を見た。研究室の学生も私も嬉しい気持ちになった。これこそ、楽園(That ’s paradise)なのではないか!
 対象敷地も夏になると草が伸び放題。地元老人会の皆さんが一緒になって草刈りを手伝ってくれた。お返しに、交替で現地入りする学生たちが、農作業を手伝うなど交流を深めた。これら一連の作業が、当研究室の作品だと認識している。そして、この芸術祭の成功は、目に見える形だけでなく、そのプロセスや地域住民との交流までを含めた環境を演出しているからだととらえている。しかし、子どもたちが制作することを想定した家屋模型はスケールやデフォルメ具合が不十分だった。もう一歩、学生たちと空間のあり方と集落のとらえ方までスタディを詰められたなら…自らの指導のあり方を悔やむ。 2012年の夏、第5回大地の芸術祭は開催が決まっている。先回の経験を踏まえ、さらに発展した環境演出を実践できるよう再びトライできることを願う。 
いとう・たかのり|
1974年 三重県生まれ。
1994年 TYPE A/B設立。名城大学建築学科卒業。名古屋市立大学大学院博士後期課程満了。
2007年より名古屋工業大学大学院准教授・博士(芸術工学)。
TYPE A/B では、建築、インテリア、家具のデザインや、市場分析からコンセプトを創造しデザインを活かしたブランド戦略を実践。研究室では、行政・企業・市民を巻き込んだまちづくりに従事し、社会・世界に向け活発に活動中。
主な受賞歴:2004年 JCD デザイン賞 奨励賞
        2005年 Residential Lighting Awards 審査員特別賞
        2006年 SDAデザイン賞地区デザイン賞
        2007年 JCD デザイン賞 銀賞
        2008年 日本建築学会東海賞
        2009年 中部建築賞