木造建築のこれから 6

木を使う

腰原幹雄(東京大学生産技術研究所・准教授)
なぜ木を使うのか
 最近、木造建築がなぜ注目を浴びているかといえば、地球温暖化などの環境面からの関心が大きい。木材という自然材料を用いることが、森林資源、林業、建設業、バイオマスエネルギーなど広範囲の関係者を巻き込んでいるのである。
 「木造建築を建設する」あるいは、「建築に木を用いる」ということには、日本では目の前にある森林資源の有効活用という点で大きな意味があるが、本来、これは日本人が昔から行ってきたはずのことである。現在、地球環境問題とあわせて森林資源をみると、森林あるいは木材には大きく2つの役割がある。
二酸化炭素吸収
1つは、「地球の肺」と呼ばれるように森林の樹木は光合成を行い、空気中の二酸化炭素を吸収し、酸素を排出してくれる。この場合、木を使うこと=木を伐ることは、環境破壊としてよくないことと思われるかもしれないが、実際はそうではない。光合成は樹木の活動であり、若い樹木は活発に行うが、老齢な樹木はその活動が減少していく。一方、植物も呼吸と同じように酸素を吸収し二酸化炭素を排出する活動も行っている。つまり若い樹木は光合成による二酸化炭素の吸収が呼吸による二酸化炭素排出を上回り、樹木が二酸化炭素を吸収しているように見えるのである。しかし、樹齢が100年を超えるころになると、光合成と呼吸による二酸化炭素の収支が0に近く横ばいになってきてしまうのである。光合成の面から見れば若くて元気な森林を維持することが重要なのである。このため、木を計画的に定期的に伐採を行い森林の新陳代謝を行うことが重要となり、木を伐ること≠環境破壊となるのである。環境破壊として問題になっているのは、自然に新陳代謝が行われ続けている森で、急激に伐採をすることなのである。
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健全な森林 木材の有効活用
二酸化炭素貯蔵
 樹木の2つめの役割は、「炭素の貯蔵」である。光合成によって二酸化炭素を吸収して成長する樹木は、その体内に二酸化炭素のもととなる炭素を貯蔵していることになる。この場合、樹木が伐採されても炭素は木材の中に貯蔵され続ける。樹木が製材されても、木造住宅の柱となっても同じである。木材が燃やされたり、腐ったりしてようやく再び空気中に二酸化炭素が放出されることになる。しかも、木材として長く使用していれば、その間に森林では再び二酸化炭素を吸収して樹木が生長しているのである。石油や石炭も同様に炭素を貯蔵しているのだが、化石燃料の問題は、何万年も前の空気中にあった二酸化炭素を現在排出してしまうことにある。しかし、木材に貯蔵されている炭素は、樹木の生長期、つまり数十年間の空気中の二酸化炭素である点が異なる。この視点に立つと木材はどんどん使っていかなければならないのである。
環境にやさしい  スクラップアンドビルド 
 「壊しては建てる」というスクラップアンドビルドは、悪いこととしてとらえられるが、木材を使用する場合には、必ずしも悪いことではない可能性がある。循環型資源として、森林で二酸化炭素を吸収し、炭素を貯蔵した木材を使用して長く建築として使用する。木材を廃棄する頃には森林で樹木が生長している。この循環ができれば、環境負荷の低いスクラップアンドビルドが可能なのである。もちろん、一度伐採した樹木は、木材として無駄なく使用していく必要はある。しかし、それは必ずしも一つの建物である必要はないかもしれない。伐採した木を使って大断面の集成材として中高層の木造建築を建てる。これを解体するときには大断面の柱、梁から細い部材を製材し、木造住宅に用いる。木造住宅を解体した木材はチップなどにして木質系のボードなどに用いたりバイオマスとして使用したりすることができれば環境負荷は減るはずである。
 この循環型社会を構築できれば個々の建物での使用期間が短くても、全体として木材を長く使用することになり、炭素貯蔵能力を十分に発揮させることができるのである。中高層木造で30年、木造住宅で30年、木質ボードで30年使用されれば、トータルでは90年使用したことになり、最後はバイオマスエネルギーとしても使用することもできる。再利用先まで考えて建築を建設すれば、木材の有効活用「環境にやさしいスクラップアンドビルド」が可能になるのである。こうした考えは、20年で式年遷宮を行う伊勢神宮ですでに用いられてきている。 
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森林と都市の森林(表参道) 都市木造のイメージ(team TIMBERIZE)
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都市木造プロジェクトの模型。左から「30」「Solid」「Plate」  
都市木造
 森林資源の豊かな地方で木造建築を建てようという動きは、以前から進んでいる。しかし、森林資源が豊富な地域が木材を消費する地域とは限らない。輸送費などを考えれば「地産地消」は効率的かもしれないが、実際には地域外にも木材資源を活用していく必要がある。都市部での使用も重要なテーマである。連載で紹介してきたように「どこにでもどんな建物でも」木造建築で建設可能になった現在、都市の中に建つ木造建築「都市木造」について考えていきたい。
 都市部の構造物に用いられている木材(木造建築やRC造やS造に用いられる木仕上げ)は、「都市の森林」として炭素貯蔵能力を有することになる。東京の表参道の1km角の中には、木造住宅に使用されている木材だけでも約47,000m3が使用され、貯蔵されている。これは、日本の平均的な森林の木材貯蔵量35,600m3 (H14.3.31現在 全国平均)を上回っている。ここに、都市木造としてオフィスビルや商業施設、学校などが加わっていけば、さらに豊かな「都市の森林」が形成されることになる。
木を使う
 現在、地球環境問題から木造建築が見直されているが、そのためだけに木造建築を建てるわけではないはずである。
 新しい木造建築の技術が登場して、新しい建築が建設可能になったのである。建築の視点に立って、木材という建築材料をどのように使っていくのか。その材料を用いた建築はどのような魅力があるのか、そこから生み出される空間はどのようなものなのか。どのような建物に木材を用いることがよいのか。
 これまでの木材に関する既成概念を一旦置いておいて、木を新たな建築材料として見直したときにどのように使うのがよいのかを考えていく必要がある。
 2010年5月に、東京・青山のSPIRALで開催された「ティンバライズ建築展〜都市木造のフロンティア」では、現代建築の中で木造空間を実体験してもらう試みを行ったが、来場する誰もが、都市部での木の香りに魅力を感じ、大きな木の塊を触れて楽しんでいた。
 建築に木を使うということは、ただそれだけでもある種の魅力を生じ、良いものに見えるが、だからこそ本当に魅力ある建築、快適な空間をつくるために効果的な使い方を考えていかなければならない。     ( 了)
こしはら・みきお|
1968 年千葉県生まれ、1994 年東京大学大学院修士課程修了、1994 〜 2000年構造設計集団< SDG>、2001年東京大学大学院博士課程修了。
東京大学大学院助手を経て2005年より現職。
伝統木造建築、近代木造建築、木造住宅の耐震性能評価、耐震補強から木造住宅、木質構造建築の構造設計まで、木材を用いた建築の可能性を構造の視点から研究。
2008 年よりTimberize Tokyo のメンバーとして活動、都市の木造建築の可能性を模索中。