木造建築のこれから 5

木構造から建築構造へ

腰原幹雄(東京大学生産技術研究所・准教授)
木造建築
 日本では古来、木を使って木造建築を建て続けていると言いながら、伝統構法と呼ばれるその構造形式は限られていた。明治以降、近代建築として多層な工場や倉庫が建設され、構造形式は構造力学に基づく合理的な架構が木構造でも実現することになる。しかし、建築基準法の制定により大規模な木造建築の建設が制限されると、構造形式の発展が一旦止められてしまうことになる。1980年代、集成材建築で大規模なドームや体育館、美術館・博物館などが建設されるようになるが、ここで用いられるのは屋根を支える技術である。大空間を支える屋根は、構造的な合理性が必要となりアーチやシェル、山形トラス、折版構造といった構造形式が採用されてきた。大規模な木造建築の建設が減少した近年でも、こうした木構造技術は小規模な木造住宅で建築家、構造家の努力のもとに進められてきた。
屋根から床へ
 しかし、これから生まれる高層木造建築、多層木造建築では、屋根だけでなく床を支える技術が必要となる。床を支える場合には、上面が水平である必要があり、構造的には不合理でも曲げ抵抗に期待せざるを得ない。この技術も木造住宅の中で少しずつ展開している。
 小断面の梁を細かく並べて支持するジョイスト梁や、2方向から支持する格子梁などが応用可能である。また、充腹梁はトラスの延長として面材の使用に期待される。さらに厚板を用いたマッシブホルツには、フラットスラブ構造などの可能性が拓かれている。
 一方、これまで屋根として荷重を支えることに重点が置かれていた構造研究も、床としての振動障害や遮音といった居住性能に対する調査・研究の必要性が高まることになる。
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ジョイスト梁 格子梁
木造住宅の耐震性
 木造建築の耐震性は、1995年の兵庫県南部地震での木造住宅の被害から調査・研究がさらに行われ、現在新築される木造住宅の耐震性能は格段に向上している。さらに構造パネルの性能、耐力壁周辺の柱の接合部、床構面、偏心といった耐震要素の評価法、設計法が確立されることになる。これらは主に木造住宅を対象にしたものであり、荷重や応力の大きさは規模にあわせて小さめに設定されている。しかし、こうした評価法、設計法を整備するにあたって実大振動台実験が行われたり、それを再現することが可能な解析モデル・解析手法が確立されたりすることになった。木を用いた構造物の構造解析が可能となったという点では、対象は木造住宅に限定されるものではない。
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7階建て木造(USA +信州大学) 7階建て木造(イタリア+静岡大学) 混構造(建築研究所)
高層木造の耐震性
 とはいっても、木造住宅と高層木造では、建物の規模は、大きく異なり、木造住宅の耐震技術がそのまま適用できるわけではない。
 一足早く、海外のプロジェクトでは中層の実大振動台実験が行われている。イタリア研究者と静岡大学、アメリカ研究者と信州大学の合同チームがそれぞれ7階建ての木造建築の実大振動台実験を兵庫県にあるE- ディフェンスで実施し、兵庫県南部地震並みの地震動に対しても耐震安全性を実証することができた。
 中高層木造建築としては、耐震要素、接合部、水平構面ともに、これまで用いられた応力より格段に大きな応力が作用し、高い性能が要求される。今後、中高層木造用の耐震要素や接合具の開発整備が望まれる。しかし、性能評価、実験手法などは、木造住宅の中でも議論されてきており、それを応用する形で十分対応可能である。
 ただし、最初から特殊な耐震技術が必要なわけではない。まずは、これまでの木造住宅の技術の延長線、あるいは鉄筋コンクリート造や鉄骨造で用いられている技術を参考に基本技術の整備を進める必要がある。基本技術があって初めて、特殊な技術が必要とされ、その技術が際立つのである。遅れて登場した木質構造なのだから、そのメリットを生かして、先例に学びながら新たな技術を整備していくべきである。
木構造独自の構造形式
 鉛直荷重に対しても、地震荷重に対しても構造設計手法が整備されると、木材に適した木構造独自の構造形式の展開も考えられる。
 木質構造の特徴の一つは、線材と面材を持ち揃えている点である。柱、梁に用いられる製材と壁・床に用いられる合板などが木質材料としてこれまで整備されてきたが、これからは、太い線材、厚い面材の活用で構造形式の幅も広がる。構造解析の技術の進歩は著しく、鉄骨造やRC造と同様の構造解析を行うことができるようになった現在、線材と面材を組み合わせたさまざまな架構形式が実現可能となっている。
 材料特性を極端に向上させることができない木質材料では、断面の大きさか数で補うことしかできないが、この不自由さが今後、木構造独自の新しい構造形式を生み出す可能性を持っているともいえる。「連載4 扱いやすい木」で示したように、木質材料の製造分野でもまだまだ新たな木質材料が生まれる可能性を持っており、建築構造の視点から必要とされる木質材料を提案していくことが新たな木質材料の登場のきっかけになるかもしれない。
 また、前だけを見るのでなく、古来の技術にも目を向けて、構造工学に基づいた木構造と長い時間をかけて培われてきた伝統木造とを融合した、新しい木構造独自の構造形式の確立も期待できる。
 材料開発から架構システムとその評価、すべてをこれから整備していく必要があるが、本来の「ものづくり」はこうあるべきではないだろうか。建築設計が、建築技術の発展に伴って「ものづくり」から既存の技術を適用するルーチンワークになってしまっていたのではないだろうか。
混構造
 木質構造の構造解析が可能となり、耐震性能の把握が構造解析モデルを用いて行うことができると、木質構造も鉄骨造も鉄筋コンクリート造も同等に横並びで考えることができ、混構造の可能性も拓けてくる。各構造材料、構造形式はともに万能ではなく、建物の特性に見合った構造材料を適材適所として使用することが大切である。
 建築研究所で実施された振動台実験の試験体(右端の写真)は、鉄筋コンクリート造のコアに木造のフレームが取り付いた構造システムである。地震力の大部分は鉄筋コンクリート造コアが負担するため木造フレームが負担する地震力は小さくて済む。通りに面して木造フレームを配置して店舗やカフェなどの空間とし、奥に火を用いる厨房や水を用いる水廻り、上下方向の変化を小さくしたいエレベータなどの縦動線を配置することにより、構造材料の特性も活かすことができる。さらに、「連載3 火に強い木造建築」で提案している混構造としての防耐火性能の高い耐火計画を立てることもできる。
新しい建築構造として
 中高層木造建築という新しい建築物の登場にあたっては、構造的視点に立つと、木質構造だけではなく、これまでの建築界のさまざまな技術を適用することによって、これまでにない建築物ができる可能性を持っているのである。もともと、これまで建築構造の分野の専門が、鉄筋コンクリート造、鋼構造、木構造とあまりに構造材料にかかわりを持ちすぎ、垣根をつくってしまっていたのかもしれない。
 木質構造の技術が進歩し、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の技術に追い付けば、これらすべてを俯瞰しながら、新たな建築構造が生まれるかもしれない。
こしはら・みきお|
1968 年千葉県生まれ、1994 年東京大学大学院修士課程修了、1994 〜 2000年構造設計集団< SDG>、2001年東京大学大学院博士課程修了。
東京大学大学院助手を経て2005年より現職。
伝統木造建築、近代木造建築、木造住宅の耐震性能評価、耐震補強から木造住宅、木質構造建築の構造設計まで、木材を用いた建築の可能性を構造の視点から研究。
2008 年よりTimberize Tokyo のメンバーとして活動、都市の木造建築の可能性を模索中。