環境演出におけるデザイン作法—第1回

既存の環境を活かす時代に

伊藤孝紀(名古屋工業大学 大学院 准教授)
 近年の建築など開発事業を見ると、従来の行政主導によるトップダウン型から、住民意識の活性化、育成と成熟化に重きを置いたビルドアップ型に変わりつつある。例えば、「越後妻有アートトリエンナーレ」では、場所の持つ歴史や文化、景観を活かしたアート作品を仕掛けることで、住民や来訪者の意識の向上や交流を生み出し、場の価値を高めていく活動が、まちづくりの一環として行われている。これは、既存の場が持つ環境に、新しい意味を付与したり、再生を促がすように活かしていく「演出」という視点が生きているといえる。
 私が建築を学びだしたのは、バブル経済が崩壊してからである。学生ながらも経済の崩壊は、建築という行為のあり方を再検討させられた。建築物という箱と、その隣接環境だけを考えていて良いのか? 既存にある都市や地域の歴史的文脈を活かさなくて良いのか? 人間が五感で体感し、行為から体験できることからデザインしなくては!
演出について
 演出とは、「創作」との対比で用いられ、創作が新しいストーリーや世界を創り出すことに対して、既存のストーリーや世界に新しい実在的表現を与えることと定義され、主に演劇や古典芸能において使われていた。現在は、例えばオリンピックの開会式や国際博覧会のような催事において、また商業施設やインテリア、都市や公共空間での景観的演出など、日環境演出におけるデザイン作法—第1回常生活の中でも多用されている。
 また、演出からは仮設性が示唆され、時系列的要素に着目すると、日本文化との関連が見て取れる。例えば伊勢神宮の「式年遷宮」は、解体と再建を繰り返しながら、永続性を追求した仮設建築群である。重要なのは、2,500点に及ぶ調度品や神座や殿舎の設えの道具類一式の取り替え、そして儀式、儀礼といった神主の行為までもが継承されているところである。ここでは、時間の周期と継承される空間、道具類から人間の行為までを一体とする「演出」によってシステムが構築されている。
 他方、日本文化には、「かりそめ」という思想があり、儚きものや移ろいゆく形に美学を感じる感性がある。その一つとして、山車、神輿、櫓、桟敷など一時的な舞台や装置を活用し、人々を非日常へと誘う祭りなどの催事が挙げられる。日常生活に「かりそめ」の美学を見出した例として、鴨長明の「方丈記」がある。「方丈の庵」は、常に最適な居住環境を求めた再現性のある可搬空間であり、自然環境に対応できる仮設の利点を活かしている。非日常の催事と日常生活での仮設性に共通しているのは、空間を構成する家具や道具によって、臨機応変に機能や性質を変化させていることである。
 日本文化における空間は、設えられた家具や道具などの装置に起因し、「部分」によって「全体」を変化させ構成しているところに「演出性」が見いだされる。近代の都市計画は、用途地域や区画整理といった「全体像」から、建築さらにはインテリア、家具、プロダクトと全体から細部の計画へと事業を推進するものであった。都市といった既存のストーリーを「演出」するには、人間の体感や体験といった小さなスケールから大きなスケールへとアプローチする視点が必要である。
産学協同で開発したソファ「RONDO」。フランネルソファで販売中 名古屋の「麗しきマチ」像を提案したインスタレーション
環境について
 日本語の「環境」は便利な言葉である。英訳すると、物理的な周辺環境を現す「surroundings」や、場が持つ雰囲気やムードを現す「atmosphere」、人の感情からものの見方などに影響を与える状況を表す「environment」、人間や動物の生態環境を表す「ecology」まで多くの意味を包括している。それゆえ一面からの見解だけでは答えを導き出せない事象も多く、安易に用いられ、時として語弊を招くことがある。
 また「カーボンオフセット」「ウォーターフットプリント」「フードマイレイジ」など「ecology」を顕在化する指標も増えている。日常生活において地球環境や生態環境など大きな漠然とした事象に対して、どんな行動が良いことにつながるのか把握するのは難しい。「環境」は多様な意味や事象が相互に関係しながら、つながりをもって構成されている。だからこそ、建築家やデザイナーには、多方向から多層的にものごとをとたえ、解決の糸口を見いだす力が必要とされる。さらには、市民一人ひとりの生活からNPOなど市民活動や民間企業、大学研究機関、行政といったそれぞれの主体が関係性を紡ぎ出す手段・仕掛けをデザインし、まちづくりから地球環境へと波及する仕組みにつなぐことが望まれている。
廃材を利用した駐輪ラックとシェアリングシステムの提案 都市の路面駐車場を緑化するプロジェクト「gre・eco」 住居の中に親子カフェを内包した建築「lots Fiction」
デザインについて
 デザイン(design)の語源は、ラテン語のデシナーレ(designare)であり、語幹を分解すると「de + sign」となり、「サイン(兆し)」を示す。また英語の「design」は、建築の形態や橋などの装飾や造形、絵画の構図(dessin)に加え、人の意図や計画、戦略といった意味を包含している。日本では1965年に川添登が著書『デザイン論』において、デザインを大きく3つの領域( P r o d u c t d e s i g n ・Communication design・Environmental design)に分類したことが礎となり、現在では、 Universal design やSustainable designなど老若男女や障害、能力の如何を問わない人間の行動や持続可能な社会、地球環境にまでデザインの領域は拡張している。
 最近のCMでは、チューイングガムの「息をデザインする」とか、生命保険の「人生・ライフスタイルのデザイン」など、造形や装飾だけでなく、目に見えないものにも使われている。また、「ユニクロ」や「アップル」「無印良品」など世界的に勝ち組といわれる企業では、ロゴマークから商品、販促物、店舗と一貫性を持ったデザイン戦略が行われている。これらを見ると、物理的なモノや空間だけでなく、消費者や使う人の心理や行為に作用する仕掛けとしてデザインが機能し活用されている。プロダクトデザインでは、生態心理学者ジェームズ・ギブソンが提唱した「アフォーダンス」の理論を取り入れているが、建築やまちづくりにも応用する可能性はいうまでもない。
環境演出による実験
 「環境演出」は、既存の都市や地域といった環境を活かした、建築などハードだけでなく人間の心理や行為などカタチのないものまでを含んだ横断的なデザインといえよう。行政などの報告書や提案書を見ると、いつかできるだろう未来図が描かれているように思う。しかし、現在必要とされているのは、今からすぐにでもできることを行動に移す「活動力」と、その短期的な活動を長期的な全体像へと結びつける「計画力」でなかろうか。
 次回以降は、私が取り組んでいる産官学が連携した幾つかの社会実験や、NPOなど市民団体と協働している具体的なプロジェクトを紹介しながら「環境演出」におけるデザインの本質に迫ろうと思う。
いとう・たかのり|
1974年 三重県生まれ。
1994年 TYPE A/B設立。名城大学建築学科卒業。名古屋市立大学大学院博士後期課程満了。
2007年より名古屋工業大学大学院准教授・博士(芸術工学)。
TYPE A/B では、建築、インテリア、家具のデザインや、市場分析からコンセプトを創造しデザインを活かしたブランド戦略を実践。研究室では、行政・企業・市民を巻き込んだまちづくりに従事し、社会・世界に向け活発に活動中。
主な受賞歴:2004年 JCD デザイン賞 奨励賞
        2005年 Residential Lighting Awards 審査員特別賞
        2006年 SDAデザイン賞地区デザイン賞
        2007年 JCD デザイン賞 銀賞
        2008年 日本建築学会東海賞
        2009年 中部建築賞