第6回 音楽家から建築家へ|東海地区の音楽ホール

演奏家が望む究極の劇場・ホール

名古屋芸術大学 学長 竹本 義明
 「ARCHITECT」への執筆は、私自身音楽家の活動場所であるホールについて新たに考えさせられることになり、大変感謝している。日本の劇場・ホールは1960年代から50年の間に飛躍的に発展してきたが、それは社会環境の変化やメディアの発達、そして市民の文化ニーズが影響していると考えられる。
 しかし、全国にこれだけ多くの施設が建設されながら、劇場・ホールを頻繁に使用する演奏家の意見を取り入れることが少なかったことで、多くの問題が解消されないまま建物だけが残り、有効活用がされず現在に至っているように感じている。
 現状のホールの活用を促進するためにも運営に重点を置き、今からでも演奏家の意見を取り入れていただけるよう期待している。
評価が高い世界のホール
 現在、演奏者や聴衆から世界で最も高い評価を得ているコンサートホールとして、ウィーンの楽友協会大ホール、ボストンシンフォニーホール、そしてアムステルダムのコンセルトヘボウがある。いずれもシューボックス型で1870年から1900年の間に建設されている。
 これらのホールは、いずれも練習から公演まで一貫して使用しているオーケストラの専属ホールという意味合いが強くなっている。この3つのホールは演奏の善し悪しに関わる音の反射や方向性、そして残響が自然であり、舞台が狭く客席の広がりに制約があるのが特徴である。日本でもザ・シンフォニーホールが1982年にオープンしている。
 20世紀になると、1963年に当時の西ベルリンに完成したベルリン・フィルハーモニーが、アリーナ型という世界で初めてのコンセプトにより音響的に成功を納めた後、世界に多数のアリーナ型の大型コンサートホールが誕生することとなった。これらは豊かな音響効果に加え、視覚的要素を満足させることができる。日本では、1986年にサントリーホールのオープンによってアリーナ型ホールの歴史が始まった。
ホール形状の違いによる評価
 古いタイプのシューボックス型は、どちらかと言えば材質も木質系で自然な響きが特徴である。アリーナ型は、ステージを取り囲む視覚的要素も取り入れた施設で現代的な響きがする。
 アリーナ型ホールの音はシューボックス型ホールの芯のある端正な響きとは異なり、広がりのある華やかな響きがあるように思う。もちろん好みが分かれるところであるが、音響に関して2,000席を超える大規模コンサートホールがシューボックス型と比肩しうる評価が得られているのは音響設計技術と考えられる。
 演奏者の評価としては、シューボックス型では演奏者全員が自身の発音に同じような感覚が共有できるが、アリーナ型では場所により反射音が異なり演奏をまとめ難いといわれている。
 音響に直接の関係はないが、指揮者の表情が見える客席の存在もシューボックス型にはなかった楽しみをもたらした。シューボックス型がどちらかといえば格式の高さを感じさせるのに対して、アリーナ形は開放的な雰囲気を感じさせている。
ウィーン楽友協会大ホール ベルリン・フィルハーモニー
(※写真はいずれもウィキペディア「コンサートホール」から引用)
良いホールの条件
音楽家とはプロ、アマを問わず音楽を演奏し、音楽を創作・制作する人を指すが、演奏活動は、舞台芸術を除き純粋な演奏だけでいえば独奏から120人程度の大編成まで幅があり、創作・制作活動は個人から組織的に行なう取り組みまで多様な形態がある。
 演奏家は作品演奏に関して好き嫌いはあるが、プロとなればその気持ちを封じて演奏を行なわなくてはならない。また、ピアノ奏者やオルガン奏者は楽器を持ち運ぶことができない。あらゆる演奏家は個人的なリサイタルを除き、演奏会場を選ぶことができないという宿命がある。
 つまり自らの演奏評価をホールや楽器の条件に押し付けることはできないのである。そのため、ホールの善し悪しに関して評価をすることをはばかることとなり、それが演奏者によるホール評価が社会に出てくることが極端に少ないことの要因である。そのため、実演を行なう演奏家は劇場・ホールについて、利用の際の管理・運営のあり方、利便性、そして快適性など総合的に充実した施設であることを望んでいる。それらが完備されて思い通りの演奏に集中できるのである。
究極の劇場・ホールの条件
 演奏者や聴衆、音楽関係者が望む施設は専用ホールであるが、そこでは利用形態がコンサート、それもクラシックの演奏であり、大編成のオーケストラによる公演が対象であろう。小編成による演奏や純粋クラシックを除く演奏に対しては、あまり神経質でないと考えられる。
 一般論として、クラシック公演における高額な席での音響環境が良くない。招待席などもホールの中央に位置し視覚的には良いが、音響の悪い場所であることが多い。これは、オーケストラ演奏の場合、曲や編成によってヒナ段の数やセッティングを変え、演奏しやすいように奏者を配置するための影響もある。
 聴衆はトータルで満足感が得られれば良く、音楽関係者は使用料金と、立地の良さによる集客力が気になる。つまり、究極の劇場・ホールの条件は多くの要素があり、一概に決められるべきものではないというのが私の結論である。
 私が好きなオーケストラの一つとしてシカゴ交響楽団があるが、オーケストラの本拠地ホールとして有名なオーケストラ・ホールは1904年の建設当初から響きの良くないホールの代名詞となっている。そのため多くの世界的に有名な金管楽器奏者が生まれることとなる。ホールの響きが悪いため金管楽器奏者は遠くまで音を通す必要に迫られ、パワフルな演奏を実現した。まさにホールの悪条件を凌駕する演奏が繰り広げられた例である。
将来の課題
 最近、1958年に開催された「第1回大阪国際フェスティバル」の貴重なプログラムを頂いた。そこには海外からのオーケストラやバレエ団に加え、日本の歌舞伎や能などの伝統芸能の公演が同時に行われた記録が載っていた。
 現在でこそ国際フェスティバルや音楽祭が全国で行われ、洋楽のみのプログラムで開催されているが、本来のフェスティバルの在り方を見た思いがした。
 その大阪国際フェスティバルの会場となった大阪フェスティバルホールが、老朽化を理由に解体工事の後建て替えとなり、2013年に新朝日ビルディングにホールとしてオープンするようだ。同ホールはフェスティバルが開催されてから50数年、関西あるいは日本の代表的ホールとして君臨してきたが、完全な多目的ホールである。従来から多目的ホールは悪者扱いされてきたが、自国の文化芸術を西洋芸術と同等に扱う限りにおいては、多目的ホールは都合の良いものである。
 最近サロン的なコンサートも増加し、中小の専用ホールが建設されるようになってきた。そして、そのように席数の少ないホールでの公演に対し、出演料金の設定を下げる演奏家やマネジメントが出てきた。究極的には、良い作品と演奏、そして良い会場というのが演奏会を成功させる条件と考えているが、それに加え、良い聴衆がいれば言うことがない。
 最後に、ソフトとハード(実演とホール)の連携が実現しない限り、ホールの将来はないということを申し上げ終わりとしたい。          (了)
たけもと・よしあき|
1972年武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。
1989年から名古屋芸術大学に勤務。音楽学部長、副学長、学生部長を歴任し、現在、名古屋芸術大学学長。
1994年から1年間、大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。
地域文化活動との関わりとして、長久手町文化の家運営委員、かすがい市民文化財団理事、小牧市文化振興推進委員を務める。武豊町民会館館長。自身はトランペット奏者。