木造建築のこれから 4

扱いやすい木

腰原幹雄(東京大学生産技術研究所・准教授)
木質材料
 木造建築は、これまで構造解析や構造設計がしにくい建築物と言われてきた。
 その理由の一つに、木材は自然材料であるため、性能のばらつきが大きく、節や割れなどの局部的な欠点が生じやすい点が挙げられていた。
 性能のばらつきや欠点をなるべく小さくするために開発されたのが、再構成材に代表される木質材料である。再構成材は、木材を一旦小さい断面に加工し、それを接着剤などで再び組み合わせたものである。
線材
 柱や梁などの線材では、30mm程度の厚さの挽板(ラミナ)を積層した集成材や、厚さ3mm程度の単板(べニア)を積層したLVLがよく流通している。
 こうした再構成材は、構造的には、材料性能が明確にされるという点が大きな恩恵となっている。再構成する前に小断面の素材の段階でヤング率を計測し、ヤング率の値で分類しながら再構成するため強度も制御することができる。特に集成材では、部材の外縁部分に高い性能のラミナを、中央部分に低い性能のラミナを配置することによって効率的に曲げ性能の高い集成材を再構成することができる。これらは、異等級対称集成材と呼ばれ、梁などの曲げ部材に用いられる。一方、柱やトラス部材などの軸力が支配的な部材では、同一等級構成集成材を区別して用いる必要がある。
 再構成材は、木材を小断面にした状態で乾燥をさせるため、大断面の部材でも内部まで含水率を下げやすいのも有利である。また、自然の木材では数百年かかる大きな断面の材料が、小さい木材から手軽にできるということが大きな売りの一つである。
 集成材では、積層方向が材せい方向のため、梁せいとして1,500 〜2,000mm程度の部材が製造可能である。LVLでは積層方向が材幅方向となり、幅150mm×せい1,200mmの部材が製造可能である。梁では、面外方向の曲げ性能が必要なければ、こうした部材を2次接着したり並べたりすることで幅の広い部材も実現可能である。
LVL クロスラミナパネル構造
面材
 近年、ヨーロッパでは木質材料を線材としてだけでなく、面材として扱うことが注目されている。面材といっても、合板ように12mmや28mmといった厚さではなく、100mmや200mmといった無垢の厚板である。クロスラミナと呼ばれるこうした面材は、ラミナを直交させて積層することで大きくて厚い面材を再構成している。
 厚い面材となった木質材料は、プレキャストコンクリート造の版のように扱うことができ、壁構造、フラットスラブ、キャンチレバーの床などの木造架構を可能にする。無垢の木材には、遮音性能、断熱性能なども期待されている。大きな線材と厚い面材を用いて木質構造建築の可能性はさらに広がることになった。
ばらつきのある材料の特性値の概念 日向市駅(2006年/宮崎県) 木造建築の標準接合は?
JAS 構造用製材
 木材の性能のばらつきを抑えることができたのは、再構成材だけではない。通常の製材でも、材料のばらつきを抑えるシステムが構築されている。
 ばらつきの大きい素材であれば、あらかじめすべての部材の性能を検査し、その性能を表示することで扱いやすい材料としようというものである。ばらつきが
大きい母集団の場合は安全率を高くするため、性能の低い材料の特性値に影響を受け性能の低い値で使用しなければならないが、あらかじめ性能のよい材料だけを選別して母集団をつくることによって、ばらつきを抑え高い性能値を用いることができる(上図参照)。
 このように材料性能を管理された製材は、JAS構造用製材と呼ばれ、ヤング率と強度が表示され含水率も制御されている。しかし、誤解してはいけないのは、性能の高い木材が必ずしも良い材とは限らないということである。性能の低い材料でも、性能がきちんと分かっていれば、その性能に見合った構造形式、使用部位で用いることができるのである。性能の分からない材が一番価値の低い材なのである。これまで熟練の目利きの技術によってのみ判断することがで
きた木材の性能の一部を、数値化することによって、より多くの人に木材を使いやすくすることが重要なのである。
 また、木造建築では材料の太さは、必ずしも不快ではなく、民家の小屋組を見上げたときの迫力のように、心地よく感じる場合もあるのである。部材の太さとは、本来その素材がもつ独特のものであり、鉄の近代建築が目指す「細く、薄く」だけが理想とは限らないのである。
加工
 大きな断面が製造できる再構成材のもう一つの長所が曲げ加工である。木造建築では、これまでも自然に曲がった木材をうまく利用して小屋組がつくられてきたが、再構成材では、意図的に自由な形に曲げることができるのである。しかも、単純な曲率だけでなく、日向市駅(2006)のようにS字型など複雑な部材をつくることもできる。 また、部材の切断、接合部の加工では、NC(数値制御)加工機も用いることができ、3次元的な複雑な加工もデータを作成すれば実現できる。
 再構成材や構造用製材によってその材料特性が把握できたといっても、木材を使った材料であることは変わりなく、温湿度の変化による含水率変動、部材の伸び縮みといった木そのものの性能は完全になくなっているわけではないことを忘れてはならない。あくまでも、変動する自然材料とどう向き合っていくかが木質構造建築にとって重要なのである。
規格化、標準化
 新たな木造建築が出現できない最大の問題がコストである。
 集成材を用いた大規模建築物は最もコストのかかる建築物の一つである。その一方で、最も経済的な建築物は戸建木造住宅である。
 同じ木材を使いながらこの差が生じる原因の一つは規格である。戸建木造住宅は大量に建築され、しかも使用される部材は規格化されている。柱や梁は、105mmや120mmの幅に統一され、部材の長さは3mや4mといった定尺がある。つまり、製材業者は常にこの規格に合った部材を生産していれば設計者、施工者が使用してくれるのである。一方、大断面集成材建築では部材規格がなく「どんな断面でもつくれる」が売りであった。逆にいえば、発注がなければ製造できないのである。
 中層、高層の木造建築では当然、戸建住宅に比べて耐荷重もスパンも大きくなり、部材断面は大きくなる。戸建住宅用部材を用いて大スパンを飛ばす構造的工夫も考えられるが、より普及させようとすれば、中層、高層木造用の部材断面規格の作成が望まれる。鉄骨造のように、規格材はカタログから選び、どうしても使用したい特殊な断面では+αの費用をかけて入手するようなしくみが必要である。
 また、設計の複雑さを考えると標準的な接合部の整備も重要である。鉄骨造であれば接合部は標準化されており、断面ごとに接合に用いられるボルトの径や本数、配置が示されている。ところが、木造建築では、ボルトの径から配置まですべて図面で細かく記述して指示をする必要がある。特注品の塊である。ある一定の標準形を示すことで、より多くの設計者に使用してもらい、安定需要をつくりだすことで、林業関係者も安定供給を見据えることができる。木造建築が流行で終わらないためにも、基盤づくりが重要である。
 標準形となるものがあって初めて市場が成立し、特殊な建築物が引き立つのである
こしはら・みきお|
1968 年千葉県生まれ、1994 年東京大学大学院修士課程修了、1994 〜 2000年構造設計集団< SDG>、2001年東京大学大学院博士課程修了。
東京大学大学院助手を経て2005年より現職。
伝統木造建築、近代木造建築、木造住宅の耐震性能評価、耐震補強から木造住宅、木質構造建築の構造設計まで、木材を用いた建築の可能性を構造の視点から研究。
2008 年よりTimberize Tokyo のメンバーとして活動、都市の木造建築の可能性を模索中。