第5回 音楽家から建築家へ|東海地区の音楽ホール

音楽と建築の関係

名古屋芸術大学 学長 竹本 義明
 今まで音楽家の視点からホールについて執筆してきたが、今回は少し視点を変え「音楽と建築の関係」についてお話ししたい。ヨーロッパでは建築が美術・工芸の頂点と言われた一方で、建築はアートではない、文化だという意見があった。しかし、過去の歴史の中で建築が芸術と密接に結びついていたことは、現存する建築物を見ると間違いないと思っている。
 以前、芸術の中で建築が最先端を進み、音楽は一番最後を追いかけるということを側聞したことがある。建築物が出来上がり、それに付随して装飾的に美術・工芸品が飾られ、室内空間で音楽が奏でられたからであろう。
 そこで、今回は音楽と建築の関係をそれぞれの様式から考えてみようと思う。
音楽様式
 私自身、音楽演奏を生業としてきたが、演奏する大半の音楽はバロック時代以降、つまり1600年から近・現代の音楽までである。それは、日本における音楽教育が古典派中心であって、遡っても過去400年のバロック時代からの音楽までしか扱ってこなかったことによる。最近でこそバロック時代の音楽を当時の復元楽器で演奏する古楽演奏が盛んになっているが、それ以前の中世やルネサンス期の音楽を聴く機会は明らかに少ない。
 音楽様式は1600年を境に大きく変化し、いわゆるポリフォニーという多声音楽による声楽の時代から、モノフォニーという単声音楽である器楽の時代へと変遷をたどる。簡単に説明すると、楽譜に出てくるモチーフがすべて旋律としての役割を持つ様式から、一つの明確な旋律に伴奏が付随する様式へ変化してきたことによる。
 そして、時代や民族によって異なる発達をしてきた音階の存在も重要である。音階は音楽を支配するが、ここでは音律という音の振動数の比率によって物理的、数学的に規定される3種類の音律、ピタゴラス音律、純正音律、平均律について扱うこととする。
 ピタゴラス音律は、紀元前6世紀頃のギリシャ人ピタゴラスが振動数の整数比を発見し、弦の長さと比率を利用して表したものとされている。完全音程とされる1度(1:1)、8度(1:2)、5度(2:3)、4度(3:4)という完全に協和する音程を実現し、この比率が建築物にも応用されたと言われている。ピタゴラス音律は紀元前から15世紀まで使用された。
 その後、音楽の発達に伴って完全音程のほか3度や6度音程も協和する必要に迫られ、11世紀から15世紀にかけて純正音律という音階が使用された。1600年以後は平均律というオクターブの8度を12等分する音階が一般的になり、17世紀から現代まで主流になっている。
ミラノ大聖堂(ゴシック建築) サン・マルコ大聖堂
(※写真はいずれもJIA愛知・谷口元さん提供)
建築様式
 建築様式は、紀元前のエジプトのピラミッドから始まり、古代ギリシャの神殿、ローマ時代の円蓋建築や円形闘技場、中世から現代まで実に興味深い建物が建設されている。最近ギリシャの財政危機のニュースが流れるたびに目にするアクロポリスの丘に建つパルテノン神殿など、ギリシャ建築は比例関係が用いられて建設されている。
 このような類似の建物の多くは世界文化遺産として登録されているため、目にする機会も多くなっているが、とりわけ西洋の建築様式として最も存在感を誇っているのはゴシック様式であり、ヨーロッパの大聖堂などが代表的建築物として都市の象徴となっている。
 ゴシック様式の建築物は、ロマネスクとルネサンスの中間の時期、いわゆる12世紀から15世紀に長い年月をかけて建築されている。ロマネスク様式は、半円アーチと重厚な壁を持つ聖堂建築で10世紀から12世紀、主に修道院建築にその面影を見ることができる。ゴシック様式の代表的な大聖堂建築は、ピタゴラス音律と同じ比率の考え方で建てられたと言われている。この頃から、有名なグレゴリオ聖歌が斉唱で演奏されるようになる。
 続くルネサンス様式では、人体比例と音楽調和が建物に影響を与えたと言われている。バロック様式は、絢爛豪華で壮大華麗な曲線が特徴であるが、この時期音楽は複数の旋律を同時に組み合わせた技法による対位法が主流となり、声楽から独立した器楽が教会音楽の中心となる。
 古典主義の到来とともに、建築と音楽に装飾の重要性が減ることとなるが、その後のロココ様式では、いわゆるフランスを中心とした繊細で優美な美術工芸品が出現し、ヴェルサイユ宮殿に代表される宮殿建築が建てられることとなる。音楽は、器楽による透明感のある優美で感傷的表情の宮廷音楽が盛んとなった時期である。
音楽と建築
 私が演奏するトランペットは大変に歴史の古い楽器である。古代エジプトのファラオであるツタンカーメンの王墓から副葬品として2本のトランペットが出土し、その楽器は、1本が銀製で58㎝、もう1本が青銅製で49.4㎝の長さであった。これは当時の長さの単位であったキュービットと一致している。キュービットという単位は肘から中指の先端までの長さを表し、約43㎝から53㎝と言われている。ピラミッドの建設もキュービットを基準に建設されているようである。
 トランペットは紀元前1333年頃から1600年代までの間、円筒形の管長の変化を除き進歩がなく、1850年代になってようやく音を変化させるピストンシステムの発明により、機能が飛躍的に進歩し、半音階奏法が演奏可能となった楽器である。
 また、オーケストラの語源はギリシャの各地に残る円形野外劇場の半円形のスペース、いわゆる舞台と客席の間の名称である。円形劇場は階段状になった客席隅々まで音が届く設計がされ、現在のように音響拡声装置のない時代に数千人が音楽や演劇などを楽しんだようだ。
 そして、私が音楽と建築の関係で最も注目する建物は、ヴェネツィアにあるサン・マルコ大聖堂である。十字形の平面で中央部に円蓋を持つ、典型的なクロス・ドーム形式のビザンチン建築である。多くの時代の建築様式を取り入れて完成された聖堂であるが、ルネサンス時代、この聖堂のオルガン奏者を務めることは世界の頂点に立つ音楽家であったと言われている。
 当時としては珍しく2台のオルガンが左右対称に設置されていた。そして、この聖堂の中で8名の奏者が左右に4名ずつに分かれ、演奏された曲が最初のオーケストラ曲として位置付けられている。具体的には、G.ガブリエリ(1554年~1612年)作曲の「ピアノとフォルテのソナタ」である。
 楽譜上に初めて楽器指定がされ、音量変化の記号が記譜されたことが理由とされている。当時の楽器は音量変化が小さく、演奏人数の増減でピアノとフォルテを表現した。また、アンティフォニーという交互に演奏する交奏が演奏表情を豊かにしたと言われており、左右対称のオルガン設置のスペースによって、音楽演奏と建築物が融合した最初の形であると言ってよい。ここまで述べてくると、音楽は建物の条件の中で創造されたものであることを改めて認識することとなり、音楽にとっての専用施設の議論はあまり意味をなさないように思えてくる。 
たけもと・よしあき|
1972年武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。
1989年から名古屋芸術大学に勤務。音楽学部長、副学長、学生部長を歴任し、現在、名古屋芸術大学学長。
1994年から1年間、大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。
地域文化活動との関わりとして、長久手町文化の家運営委員、かすがい市民文化財団理事、小牧市文化振興推進委員を務める。武豊町民会館館長。自身はトランペット奏者。