JIA愛知建築セミナー「明日をつくる建築家のために」
シリーズ6「地域から世界へ」第3回

佐藤淳氏、安東陽子氏を迎えて
( 長尾英樹/Meet’s設計工房 )
 3月13日、構造家の佐藤淳氏、テキスタイルコーディネーター・デザイナーの安東陽子氏のお二方によるご講演を頂いた。建築物の中で、屋台骨と包むインテリアとの関係性で何か共通する部分が見られ、とても面白い内容の講演となった。
多様な素材と多様な形態―構造は自由を失わない―
 佐藤氏の講演は、構造体に多様な素材が使用され、その素材選択において、並列な目で見ることを重視されていた。工程写真とともにベネチア・ビエンナーレの石上純也氏設計の、鉄の32㎜角の5.85mの柱、16㎜角の柱によってできる限り構造体が分からないようなガラスだけでできているような作品、熊本の120×900㎜の木の編み込みシェルを使った36m×45mのドームの作品、隈研吾氏と設計された木のチドリ格子の作品、下関での多面体のS+SRCの作品などなど、どれも目を見張るような作品をご紹介頂いた。
 私が一番感じたことは、構造家として建築家と同じ観点で物事をとらえられ、意匠建築家と同一観点でおられることで、とても興味深かった。「あくまでも構造家は建築家あってのものです」と言い切られているところがとても頼もしくカッコイイ構造家だと思った。建築家の要望にこたえるために、日夜考え方を固定しない柔軟な姿勢が伺えて、建築家にとって、心からうれしく、ありがたい存在でおられることを認識できた。技術的にどうするかを考えるのは構造家の仕事ではあるけれども、素材選びをニュートラルに考えられていることが凄い。アクリルの板を柱として考えたり、ガラスはもちろん、カーボンなど、何でも構造体にしてしまうマジシャンみたいである。建築空間の可能性が私の中で大幅に膨らんで、何でもできるという感覚にしてくださった。


佐藤淳氏
建築空間の中のテキスタイル
 安東氏の講演は、「空間の生かし方」がテーマであった。数々の著名建築家とコラボした作品がずらりとプロジェクターで紹介され、それとともに、実際使用されたいろいろな素材をご持参頂き、紹介頂いた。生地とその生かし方~生地による空間の生かし方までを丁寧に教えて頂けた。2,500点を超えるオリジナルファブリックを作製されており、その生地は全国の機屋さんから素材を選んでおられる。ルイ・ヴィトン表参道ビル6F大ホールの天井高さ6mの大ガラス面に垂らした柔らかい光のとおった布や、伊東豊雄氏の松本芸術文化センターの大ホールのグラデーションが素敵だった座席椅子のファブリックなど、日本にはどこにもない、どれも素晴らしいテキスタイルだった。
 いろいろな素材を見せていただきながら感じたことは、使用する素材が意外と厚手であること。写真で見るときゃしゃなイメージに映るが、空間が大空間であれば、それくらい厚手でも空間の固さや大きさと比べると生地が負け気味になる。建築家がつくる空間そのものが与えるシャープ感、固さ、大きさなどによって、使われる生地の印象力がこんなに違うとは驚きだった。空間の表情を建築本体だけで見せるのも良いが、もう少し中間的な見せ方によって、空間の表情を豊かにするのが安東氏の素晴らしいところ。建築空間における素材感の豊かさの魔術師である。
 最後に、普段あまり会うことのないお2人に10分間、構造とテキスタイルについてのフリートークをして頂き、講演が終了した。お2人の講演で感じた共通事項は、建築家を主体としていること、考え方が固定していないこと、いろいろな可能性を日夜探って、いつもどんな提案ができるかを考えるフレックスな脳の状態であること、であると思った。
 もちろん佐藤氏は独自の解析ソフトをお持ちで、いろいろなシミュレーションをして、新たな構造を作り出している。安東氏は現場に出向いていろいろな布を合わせたり、オリジナル生地を合わせて何度も取り替えたりしながら、イメージがしっくりくるまでやり続け、作業には余念がない。つまりは、我々建築家として、プロとして学ぶべきことがとても多い講演であった。佐藤氏、安東氏の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。ありがとうございます!


安東陽子氏
対談 会場風景
参加者の声
●佐藤先生の講演の中で、まず驚いたのは、大きなガラスの温室を細い柱だけでつくるという内容のお話です。鉄の角材を使って柱を立て、そこに天井のガラスを支えるために角材を横に渡し、その端に重りを吊ってバーナーで炙る。曲がった柱と天井にガラスを載せるとその重さでバランスが取れて強度が保たれる。素人の私が聞くと、まさにマジックのようでした。
 次に聞いた体育館の天井のお話ですが、36m×45mの柱のない空間に集成材を編み込んで作った天井が完成した際、最終的に50mmのたわみしか出なかったということでした。技術的にすごいことだと私にも理解できましたが、それよりも完成した天井の迫力と美しさに感動しました。
 安東先生の講演では、生地を単体で見るのと、実際に空間に入れた状態で見るのとではまったく違う、生地も変わって見えるが空間も変わって見える、というお話がありました。まず間近で見る生地を、大きな空間に入れてどう変化するかを想像しなくてはいけません。安東先生が成功されているのは、生地の素材づくりから色、柄まですべて自分でデザインしてしまう多才な感性、また、これまでに編み出した数多くの技法、そして新しいことに挑戦するチャレンジ精神、それらすべてを兼ね備えているからだと考えます。(大塚 勇/ライフスタイル)
●今回の建築セミナーで、佐藤さんからは法律にとらわれない自由な構造体を、安東先生からはテキスタイルの建築においての空間性を学びました。
 佐藤先生のおっしゃっていた「多様な素材を多様な形態で並列に見る」という素材の好き嫌いにとらわれない考え方は今回のセミナーでとても伝わってきました。実際、佐藤先生自身はラーメンが好きではあるが木造から鉄骨造、RC造まで幅広く設計されていました。佐藤先生は構造家の先生であり、意匠系を志している私とは分野が違いますが、この考え方をお聞きして、今後設計していくときに、自分の設計に対する好き嫌いでなく、そのときの設計の重要な部分を知ることが大切なのだと感じました。
 安東先生はテキスタイルコーディネーター・デザイナーという、私にはあまりなじみのない職業の方で、どのようなお話が聞けるのかと楽しみにしていましたが、今回このセミナーを受けてとてもよかったと感じました。設計からの空間の特徴を読み取り、そこに適したテキスタイルを選び出すということで、設計にはない違った空間設計の楽しさを感じました。(都築和義/豊橋技術科学大学)
●佐藤さんの講演は構造の授業のようで勉強になりました。デザインだけでは成り立たないものを構造、施工面からいかに実現させるのか大変興味を持ちました。「素材をいかに少なく使うかという時代」という言葉が印象的でした。新しい技術が次々に生まれる中で、素材の特徴を見極め、創造していく構造の楽しさと難しさを感じることができました。
 安東さんの講演では持参していただいた生地に触れ、素材の違いを肌で感じることができて良かったです。「NUNO」としてカーテンが挙げられ、使い方次第でいろいろな表情を見せるものに変わると知りました。人と建物を繋ぐデザインの可能性を感じました。
 お2人とも多様な建築家とともに仕事をしていることが多く、講演後の対談も印象的でした。建物は建築家のための空間ととらえ、あまり主張しないことを求めていることや、素材を生かす構造、デザインとして手づくり感の有無など、建物をいかに感動的に見せるかという工夫は業種が異なっても同じことだと改めて感じました。これから建物を見るときの、構造やデザインへの意識に変化が生まれたと思います。(森 茂博/愛知工業大学大学院)