第4回 音楽家から建築家へ|東海地区の音楽ホール

愛知県内の劇場・ホールの評価

名古屋芸術大学 学長 竹本 義明
ホール評価
 文化施設の評価について、その方法が確立されているわけではない。唯一、稼働率や自主事業における集客率が数字で表されることから、評価の根拠となることがある。しかし一番大事なことは公演の内容であり、ホールが実演家と協働で行なう公演が、いかに聴衆の心に残る感動を与えたかにより評価が決まると言って良い。また、音響の良し悪しを評価の根拠とする例もあるが、演奏者と聴衆で微妙に評価に差が生じることもある。
 今回、私が実際に演奏を行なってきた愛知県内ホールで感じたこと、仲間から聞いた印象や感想を思い出し評価してみようと思う。私自身、器楽の金管楽器奏者であり、非常に偏った評価で大変乱暴な話となることは承知の上である。また、具体的な根拠を示さず記述することについて、芸術公演の評価が感性に属し、曖昧さが伴うことをご理解頂きたい。
愛知県内ホールの実情
 愛知県内にある劇場・ホールについて座席数による規模で分類すると、民間ホールは席数499以下の小ホールが11館で79%を占めている。小ホールが多いのは、事業運営および貸し館における稼働率、維持経費などが関係する結果と考えられる。
 公共ホールでは500 ~999席の中ホールが36%で、そのほとんどが1990年代以降に建設されている。そして、全体の33%を占める1,000 ~1,999席の大ホールは、1980年頃までに建設された施設である。
 公共ホールの場合、規模は建設主体である自治体の経済力や人口などの条件が影響している。本来は、設置後の利用形態に配慮しホールの規模を決めるべきであるが、現実はそのようにはなっていない。現在、新設されるホールの規模を決定する場合、建設検討委員会に実演家、特に利用頻度の最も高い音楽家の参加がなく、貴重な意見を取り入れる機会がないのは残念である。今後は音楽家の参加が可能となる配慮を行政に要望したい。
 1970年代のように新たなホール建設が実現する社会状況でないことは明らかであるが、1,000席を超えるホールがいずれも建築されてから25年以上となる中で、今後改修されるのか、取り壊されるのか、いずれにしても実演団体の活動にとって必要なホールが維持されるか気になるところである。
老朽施設の改築・改修
 建設後25年以上の老朽施設は、舞台機構の床や吊り物、音響、照明設備の交換など設備リニューアルが必要となるが、取り組みが進んでいないようである。2007年4月青森県黒石市が市民文化会館を休館するという報道があった。約1,100席の大ホールを備え、市民がコンサートなどを楽しむ町の中心施設で、築25年の文化会館は間もなく改修時期であったが、06年度に7億2000万円の赤字を出した市財政にとって3億円の改修費は荷が重く、休館すれば年間6、000万円の経費節減という試算が背中を押した、との新聞記事が出ていた。県内ホールでもこのような事例が出ないことを願うばかりである。
 県内ホール施設の中で築後43年の岡崎市民会館や、39年を経た小牧市民会館が改修をしたが、リニューアルの評価はどうであろうか。結局のところ建築当時の構造を大幅に変更することは不可能であり、多くの制約の中で限られた改修にとどまっている印象がある。そして、両市の計画の中に新ホール建設計画が見え隠れするが、現状では実現の可否は定かではない。
 昨年、日本アートマネジメント学会総会で会場となった東北大学百年記念会館「川内荻ホール」を訪問した。2007年の大学創立100周年を記念し16億円かけて全面改装し、音響を優先してホールの横幅を削減し、席数1,900席の講堂を1,235席のシューボックス型ホールへと改修したものである。現在では、音響機器の飛躍的発達により、コンサートを主目的としても講演や演説に支障がないということで、講演、国際会議への対応と地域の芸術文化への貢献という二面性を実現していた。訪問当日、東北大学の吹奏楽団が練習を行っていたが、会場の隅々まで歪みのない音が響きわたり、素晴らしいホールであるとの印象を持った。
公会堂の再評価
 戦前に建設された公会堂の話題が日本経済新聞記事に載っていた。日比谷公会堂80周年記念事業実行委員会の指揮者井上道義氏が、公会堂特有の短い残響により作品や演奏家の本当の個性が伝わるのではないか、と言っていた。92年前に開設された大阪中央公会堂は、当時3,000席の客席が現在1,200席のホールとして、大阪クラシック音楽祭の会場などで使用されている。
 名古屋市公会堂は1930年に開設され、80年を経た現在でも使用されている。以前ホール内部が改修されたが、舞台背面のカーブの反響版ともいうべき個所の改修は行わなかったと聞いている。そのために舞台の狭さが改善されなかったのは演奏者にとって残念である。
 公会堂は集会や演説に使用され、必ずしも音楽などの鑑賞目的に利用されてきたわけではない。しかし、1970年代までは音楽鑑賞の主要会場であったことは間違いない。今後、日比谷公会堂をはじめ、全国の公会堂を含む古いホールが芸術鑑賞施設として見直されることがあるかもしれない。これらの動きは、ホールが必ずしも音響ありきではなく、最近の多様な音楽鑑賞スタイルニーズに合致する可能性があることを示しているのだろう。大阪中央公会堂での演奏経験はないが、日比谷も名古屋もとにかく残響が短く、演奏者にとっては体力的に疲れるホールである。西洋で発達した洋楽器にとってはある程度の残響が必要であり、ホールの残響が短い分、丁寧に音を維持しなければならないからである。
東北大学百年記念会館「川内荻ホール」 名古屋市公会堂ホール
演奏におけるホールの印象
 建設後25年以上経つ老朽施設の会場で私自身、数十回の演奏を行っている。その印象を、編成や内容、曲目そして指揮者に当然違いはあるものの、演奏の容易さ、響き、演奏に対する満足感、達成感で区分すると以下のようになる。感性の問題であるが、このことを理性的な建築家の方が分類すると、一つの法則のようなものが出てくることを期待している。施設はいずれも開館後25年以上、席数1,000席以上の施設をグループでまとめた。
(1) 順応力に優れ、適度な響きと透明感のある伸び伸びとした音が実現できる。 
 蒲郡市民会館、名古屋市民会館
(2) 残響が比較的短く、素直で無理のない簡潔な構成の音楽が表現できる。
 刈谷市民会館、春日井市民会館、岡崎市民会館、一宮尾西市民会館、一宮市民会館、豊川市文化会館
(3) 音域によって遜色ないバランスを表現できるが、彫りの深い演奏が実現できない。
 犬山市民文化会館、常滑市民文化会館、瀬戸市文化センター、豊田市市民文化会館、西尾市文化会館、江南市民文化会館
(4) 無難であるが平板な演奏となり、音の集中力と精彩さに欠け、物足りなさが残る。
 名古屋市公会堂、尾張旭市文化会館、岡崎市竜美丘会館、飛島村中央公民館
(5) 響きが短く音が重く、透明感が少ないため演奏に余裕が持てない。
 小牧市民会館、碧南市文化会館、安城市民会館
たけもと・よしあき|
1972年武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。
1989年から名古屋芸術大学に勤務。音楽学部長、副学長、学生部長を歴任し、現在、名古屋芸術大学学長。
1994年から1年間、大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。
地域文化活動との関わりとして、長久手町文化の家運営委員、かすがい市民文化財団理事、小牧市文化振興推進委員を務める。武豊町民会館館長。自身はトランペット奏者。