JIA愛知建築セミナー「明日をつくる建築家のために」
シリーズ6「地域から世界へ」第2回

浜野安宏氏と富田玲子氏を迎えて
( 久安典之/久安典之建築研究所 )
1+1=∞
 2月27日に開催された今シリーズ第2回目の講師は、ライフスタイルプロデューサーの浜野安宏氏と建築家の富田玲子氏。本セミナーは、毎回2人の講師の話が聞けるというのが大きな特徴で、その組み合わせの妙は毎回新鮮な手応えを感じることができます。今回のこの2人の組み合わせが決まったときも、右手と左手が合わさったような絶妙のマッチング感がありました。これまでどちらも同じようなことを語られているにもかかわらず、なぜかこの機会までまるでイメージが結びつかず、実際、ほぼ同世代のお2人は、お互いの存在や作品は認識し興味深く感じていたにもかかわらず、一度も面識がなかったとか。今回のセミナーも双方興味をお持ちで、それぞれの話をお互い熱心に聞いていらっしゃいました。そして、そんなお2人のお話を聞いて、その感覚が間違いでなかったことを確認することができました。
「生活地へ 幸せのまちづくり」 ―浜野安宏氏の眼差し―
 まずは、浜野安宏氏(株式会社浜野総合研究所代表)。私が浜野さんの名前を初めて知ったのは、20年ほど前の安藤忠雄氏の作品解説に度々出てくる「浜野商品研究所 浜野安宏」というクレジットからでしたが、その後いくつかの著書を読み、柔軟な思想、確かな時代認識、卓越した行動力など、並々ならぬ存在感に長く興味を持っていました。また、多くの建築家とのプロジェクト経験の中で感じた「建築家」という存在に対しての想いを聞いてみたいと思っていました。「生活地へ」というキーワードで始まった多岐にわたる話は、そんな期待以上に情熱にあふれ、これまで取り組んでこられた事例や、各地で目にした街の写真を交え、明快・痛快にそれぞれの是非を語っていただきました。
 今、建築を考える際に周辺環境や地域の気候風土・文化を踏まえて思考することなど当然の責任であるにもかかわらず、残念ながらいまだにあまりにも多くの場面でないがしろにされているのが実情ですが、各地に蔓延するその事実に疑問を抱き、思考し、行動し、カタチにしていくという一連の仕事を、「ライフスタイルプロデューサー」として実践してこられた浜野氏の眼差しは、建築家に対しても街に対しても強く、同じ時代を共に生きる生活者としての愛憎にあふれていました。
 近年は青山に居を構え、周辺の渋谷・青山界隈のまちづくりに尽力されているとのこと。日本でも有数のスポットが今後どのような街になっていくのか楽しみです。
浜野安宏氏 富田玲子氏 会場の様子
「居心地の良い『暮らしの場』=ここが世界の中心だ」―富田玲子氏のたおやかさ―
 続いて、富田玲子氏(象設計集団)。友人が象設計集団で働いていたこともあり、富田氏のお人柄はいくらか耳にしていましたが、「わくわくしない枠く
枠建築」というコトバで無機的な建築を評するところから始まった話は、楽しく、強く、やさしく、作品に表現された作風そのもののように感じました。
 「暮らしの場」というキーワードは奇くしくも浜野氏のタイトルに通じ、前半の浜野氏の話を何度も「ソウダソウダ!」と心の中で頷きながら聞かれていたとか。富田氏は「建築家」として、その思想をひとつひとつカタチにしてこられ、象設計集団のスタイルはひとつのカテゴリーを形成しているかのようです。バブル期にも翻弄されず、ようやく時代が追いついた感のあるそんな思想の先に、ひとつひとつまた新たな建築が生まれ、少しずつ周辺環境が変わってくることを期待したいと思います。
最高齢コンビ?
 今回はおそらく本セミナー始まって以来の合計年齢(平均年齢?)だと思うのですが、この絶妙の組み合わせが決定した瞬間から、まったく年齢を感じさせないくらいの熱い日になる予感がしていました。実際に、それぞれの話の内容や語り口はその予感以上に熱意にあふれ、仕事も遊びも全力で楽しむ「眼差し」と「たおやかさ」は、多くの方の胸に残ったのではないでしょうか。
参加者の声
●街なかを歩いていると、心惹かれて思わず見入ってしまう建物にめぐり合うこともあれば、何かしら不快に感じる建物に遭遇することもあります。個人的な好き嫌いもありますが、この、いわば「目が行く建物」と「目障りな建物」の違いはどこにあり、どうすれば前者のような建物を設計することができるのか、という日頃からの疑問に、一つの解答を見出させてもらったのが今回のセミナーでした。
 浜野安宏氏、富田玲子氏ともに、まず巨大建築、とりわけ街に背を向けた、その足元が人を拒絶してしまっている超高層建築を批判し、また、ストリートの雰囲気や表情を読み切れていない、もしくは全く無視した不協和音的な建築の台頭を嘆いた上で、浜野氏は「優れた自然体験から知恵を得て都市、人間に伝えよ」と説かれ、富田氏は「居心地のよい『暮らしの場』をつくる」方法をご自身の作品を通じて提示されました。
 良い建築とは内に対しても外に対しても「人の五感」に対して素直であること、そして、そんな建築を生み出す設計者となるには、まず自分の五感を敏感にせよ。これが両氏から得た「解答」ですが、いつもの悪い癖の「曲解」でなければよいのですが。(桜井裕己/歩設計)
●生まれてこの方名古屋という土地を離れたことがないが、残念ながら「名古屋とはどのような都市か」という問いに対する明確な解を持ち合わせていない。もちろん私自身の意識の低さも指摘されて然るべきではあるが、果たして原因はそれだけだろうか。
 例えばかつてアメリカを訪れた際、駅を降りるたびに他の街とは違う光景が眼に飛び込んで来たことは非常に新鮮であり、同時にこれがアメリカの強みなのだと痛感した。そう、日本の街は一部を除き、どこへ赴いても基本的に同じような様相を呈している。
 都市が多様であれば、それだけ多様な才能が生まれて来る。世界中どこにいても同じ質・量の情報を得られる現在、自らのすぐそばで展開される物語が個性に与える影響は計り知れない。浜野氏が行っているのはその根源となる地域の本質を見抜き、文化として醸成させること。そしてその中で重要な役割を担うのが、富田先生の主張される感覚の重要性なのだと思う。
 物事の本質を感じ取る感覚がなければせっかくの高品質な文化も宝の持ち腐れになってしまう。同時に、良い土壌がなければ優れた感受性も育つことはない。街に直接手を加える建築家の責任の大きさを突き付けられた。(杉浦一輝/東海工業専門学校金山校 建築工学科)
●今回のセミナーは何だかいつもと少し違った雰囲気でした。建築を、世の中を、バッサリと気持ちよく語っていただき、セミナーが終わった後はスッキリしたように感じます。
 浜野先生計画のキャットストリートには学生の頃の思い出があります。hhstyle.comには外観から得たワクワク感をそのままに中へ入って行けました。しかし、安藤忠雄氏設計のあの黒い建物は中が気になるものの入ってよいものかと思い悩み、5分ほど前を行ったり来たりして逃げ帰りました。中で何をしているか分からないというのは建築としては魅力的な要素かもしれませんが、消費者としては入りづらいだけです。背を向けた建築という浜野先生の言葉に納得しました。
 富田先生は作品について、やわらかい言葉で女性らしく素敵なお話をして下さいました。言葉で空間を味わえる不思議さ、そこに行ったことがないのにあたかも体験した気分です。小学校1年生の教科書に載っている言葉が大人になってこんなに心に響くものなのだと改めて感じました。シンプルという言葉には少し遠い作品が並ぶ中、今まで参加してきたセミナーの中で建築を一番身近に感じることができました。(西ヶ開有理/タクト建築工房)