木造建築のこれから 2

新たに建築可能な木造建築

腰原幹雄(東京大学生産技術研究所・准教授)
 2000年の建築基準法改正により、法規的には、さまざまな木造建築が建てられるようになった。
高い木造建築
 五重塔や東大寺大仏殿など伝統木造建築では高い木造建築や大きい木造建築が数多く建てられてきた。近代木造建築では5階建の工場や倉庫、旅館などが建てられていた。しかし、1919年に制定された市街地建築物法施行令や1950年に制定された建築基準法第20条の第1項、第2項には、「高さ十三メートル、軒の高さ九メートル又は延べ面積三千平方メートルを超える建築物は、主要構造部を木造としてはならない。」とあり、木造で建築可能な建物の規模に制限が課せられてしまった。しかも、石造や煉瓦造などに許されていた特別の補強や構造計算によれば、「この限りでない」という道は、木造建築には与えられていなかった。1987年に木造建築の高さ制限の緩和で、ようやく木造3階建てや大断面集成材を用いて、高さ13mまたは軒高9mを超えて建築することが再び可能となった。
 建物の高さは、構造上の扱いにも影響を及ぼす。構造計算フローにおいて、高さ13mを超えた木造建築では、許容応力度等計算、偏心率・剛性率検討といったルート2が、高さ31m超、または搭状比4を超えた木造建築では、保有水平耐力計算のルート3が用意され、高い木造建築でも構造計算が可能になっている。さらに、特殊な木造建築では、限界耐力計算や時刻歴応答計算といった構造計算も用いることができる。
 現存する日本の木造建築で最も高いものは、教王護国寺(東寺)の五重塔で高さ約55m、となっている。歴史的には、東大寺の七重ノ塔が高さ100m近かったと言われている。平安時代の「口遊(くちずさみ)」には、大規模木造建築として「雲太、和二、京三」として出雲大社(雲太)、東大寺大仏殿(和二)、平安京大極殿(京三)が記されているが、出雲大社で高さ16丈(約48m)、東大寺大仏殿も同程度の高さを誇っていたと言われている。江戸城も高さ約45m。現代建築でも、木造ジェットコースターのホワイトサイクロン(三重県/1994)で高さ45m、大館樹海ドーム(秋田県/1997)で、高さ52mと50m級でとどまっている。
 2005年に完成した木質複合構造5階建の金沢エムビルでは、まだ高さ15m。自然界では、日本一と呼ばれている杉も高さ56m程度と言われており、50m級の壁を超えるハードルは高そうである。
高い木造建築、大きい木造建築
大きい木造建築
 建物の床面積の制限は、防火のために指定されている地域によって制限が加えられている。2000年以前は、木造では耐火建築物にする技術がなく、準耐火建築物として建築可能な規模に制限されていた。しかし、木造建築でも耐火建築物とすることができるようになったため、延床面積の制限が実質上はなくなった。この技術の恩恵は、何も大規模な木造建築に限らない。市街地の防火地域では、通常の木造住宅では2階建でも延床面積は100uまでしか建てることができなかった。大通りから少し入った地域では防火地域にかかってしまえば、通常規模の木造住宅ですら建設できなかったのである。これが、耐火建築とすることで木造でも100uを超える通常規模の住宅が建設可能になったのである。
 現存する日本の木造建築で最大の床面積の建物は、大館樹海ドームで178m×157m、延床面積24,672uとなっている。 伝統木造建築では、現在の東大寺大仏殿が床面積2,878uであるが、創建当時はもっと大きな平面だったとされている。東本願寺御影堂や善光寺本堂なども大規模な木造建築であるが、いずれも平屋建てである。
多層の木造建築
 多層の木造建築というと五重塔を思い浮かべるかもしれないが、五重といっても五層の床があるわけではない。伝統木造建築では床が多数はあるものは少ない。城郭建築では、江戸城(1638)が地上5階地下1階となっている。近代に入ると、製粉工場、繭倉や旅館などで4階建、5階建の建物が多く建てられていた。
 建物の階数も防火性能の面で制限が課せられている。木造で耐火建築が可能になったということは、階数の制限もなくなったことになる。現在、木造では1時間耐火建築物の技術が確立されており、最上階から数えて4以内の階を木造建築とすることができるようになっている。つまり、4階建の木造建築や1階をRC造、2〜5階を木造とした建築物が建設可能になっている。さらに高層の建物でも上部4層を木造とすることが可能で、6階建ての上2層を木造建築とした複合施設のプロジェクトも動き出している。高層ビルでペントハウスだけ木造とするようなこともできるのである。
 今後、2時間耐火の技術が確立されれば、最上階から数えて14までの階を木造とすることができ適用範囲は大きく広がることになる。


      防火地域           準防火地域         法22条地域    

建築物の規模と耐火性能
建物用途
 建物規模だけでなく、建物用途でも木造建築には制限が課せられていた。これも、耐火性能によるものであるが、不特定多数の人々が出入りする特殊建築物では、用途と規模により制限されていた。
 劇場、映画館、集会場、客席200u以上または3階以上の階で用いる場合には、耐火建築物が要求され、木造では建設できなかった。このため、大規模な木造の音楽ホールなどが建設できなかった。
 病院、ホテル、旅館も同じように3階以上の階に用いることができなかった。
 学校、体育館でも3階以上の階に用いることができず、敷地の都合で多層にならざるを得ない都市部の学校では、木造で建設することができなかった。
 百貨店や展示場では、3階建て以上あるいは3000u以上の場合には木造で建設することができなかった。
 2000年以前に緩和されていたが、木造建築がふさわしいと思われる幼稚園でも2階に遊戯室のある場合には、木造建築では建設することができなかった。
 これらの特殊建築物でも、耐火性能を満たすことで木造で建設可能になったのである。
 本来、木造建築がふさわしいのは、使用する人間が弱い状態の場合と思われる。子供が生まれる病院、子供が育つ幼稚園、保育園、小学校、中学校。たくましくなった高校や大学、オフィスビルはそれほどこだわらなくてもよいと思うが、年老いて生活する福祉施設や病院。病院といっても手術室など高い性能を必要とする建物ではなく滞在型の病室などが適していると考えられる。
 今まで木造で建てられなかったこれらの建築物が「どこにでも、どんな建物でも」木造で建設することができるようになったのである。
 



新しい木造建築のシステム
まだまだ、建てにくい木造建築
 木造で耐火建築物が可能になったことで木造建築の可能性が開けてきたが、まだまだ建てにくい建物もある。例えば、鉄筋コンクリート構造のコアによりかかる平面混構造の木造建築や、耐火性能の高いRC造の大架構の中に3層程度の木造システムを組み込んだ、メガストラクチャシステムなどである。
 木造を鉄筋コンクリート造や鉄骨造と同じ建築構造材料として適材適所で使い分けることができるようになると、新しい構造材料として木質材料をみなすことができる。
こしはら・みきお|
1968 年千葉県生まれ、1994 年東京大学大学院修士課程修了、1994 〜 2000年構造設計集団< SDG>、2001年東京大学大学院博士課程修了。
東京大学大学院助手を経て2005年より現職。
伝統木造建築、近代木造建築、木造住宅の耐震性能評価、耐震補強から木造住宅、木質構造建築の構造設計まで、木材を用いた建築の可能性を構造の視点から研究。
2008 年よりTimberize Tokyo のメンバーとして活動、都市の木造建築の可能性を模索中。