第3回 音楽家から建築家へ|東海地区の音楽ホール

利用者の視点からのホール機能

名古屋芸術大学生涯学習センター長 竹本 義明
ホール利用の現状
 多くの利用者に使用されるホール施設は、音楽分野の利用頻度が一番多いと言われ、実際に(社)全国公立文化施設協会の統計でそのような結果が出ている。2007年度自主事業統計によれば、会館の買い取りでの事業割合が、音楽で41.2%、演劇が16.3%、映画が21.3%、その他21.2%となっている。音楽といってもクラシックやジャズ、そしてポップス分野と幅広いが、ジャズやポップスでは拡声装置を使用するため、必ずしも条件が整った施設でなくとも公演が可能である。一方クラシック分野では、ホールが演奏者の美しい響きを付加することが求められることから、特別に音響にこだわることとなる。
 しかし、演奏は独奏から数人のアンサンブル、100人を超える大編成のオーケストラまであり、一つのホールですべての公演を音響的に満足させることは困難となっている。1970年以降、全国に多目的ホールが建設されたのは、公立ホールの公共性に配慮し特定の分野に偏らない実演を行うためであった。1990年以降、専用ホール建設を目指す動きが加速し、音楽コンサート仕様を第一とする施設が主流となってきたのも、ホール施設の利用者の傾向が影響を与えていると考えられる。
 もう一つ、利用者に関係することとして席数のことが挙げられるが、公演を行う個人・団体の編成により適正な席数や空間のサイズがあり、そのことについてはあまり考慮されていない印象を持っている。現在でも地域の事業運営ニーズに合わない適正規模を上回る計画が実施される例もあるようだ。歌唱や器楽の独奏を1,000席以上の大ホールで行うなどは期待する効果が得られるか疑問が残るところである。大は小を兼ねるという言葉があるが、ホールの事業に応じた建設が望ましいと考えられる。
ホール機能とは
 コンサートホールは、オペラなどの舞台芸術を除くクラシック音楽演奏が行われる専用ホールとされているが、クラシック音楽が発生した18世紀当時、演奏会場といえば王侯貴族の城や宮殿で、その時代は生活の場に音楽芸術があったといえる。19世紀になり一般市民が音楽を聴くことが可能となり、それに伴いコンサートホールが建設されるようになった。そこではコンサートを鑑賞することが目的となり、生活から切り離されることとなる。
 一方、オペラハウスは総合舞台芸術を上演する施設であるが、ある意味で社交の場としても機能していた。それは、開演前や幕間の休憩での飲食が、芸術鑑賞とともに重要な要素となっているためである。現在は、コンサートホールやオペラハウスの鑑賞部分を除くと、機能重視で建設が進められ、他の要素は考慮されずに建設されてきたのではないかと考えられる。いわゆる、芸術鑑賞の場としてのホール機能だけが重要とされてきたといえる。しかし、ホール機能とは、演奏会場の内部はもちろんのこと、会場を取り巻く多くの付帯施設・設備が重要であり、その内容がホールの機能を高めることに寄与していると考えられる。
ホールに付加する機能
 ホールに付加した施設として、ロビーあるいはホワイエと呼ばれる客席までの広い空間、飲食できる施設としてのレストランや喫茶コーナー、グッズショップ、当日券や前売り券を扱うボックスオフィス、情報コーナーなどの施設がある。ホールを訪れる目的は公演を鑑賞することであるが、休憩時の知人との交流、歓談を行う憩いの場が必要である。そのような場所の空間デザイン、色彩、設備なども大事な要素と考えられる。
 新設のホールでは、豪華なレストランや情報コーナーを併設する施設もできているが、残念ながらレストランの経営や各種施設の運営が成功している例は少ない。何よりも気軽に低料金で飲食ができ、ショップでは来館者のニーズにこたえる魅力的な品揃えが重要となるであろう。また、日本では入場者の確認はホール施設入口でのチケットもぎりとなっているため、ロビー、ホワイエが限定された使用となっている。
 人的手当ては増すが、ホール入口ドアでのチケットもぎりを実施することで、欧米のように施設を広く利用することができることも考慮すべきであろう。駐車場についても、交通不便な施設では駐車所が無料となっているが、都市部の施設では駐車料金の金額負担が大変であり、鑑賞券の提示で鑑賞時間帯に限った定額駐車料金を設定とするなどの措置も必要と考えられる。
ホールの内部環境の重要性
 ホールの残響が何秒とかホール形状がどうか、ということに多くの関心が寄せられ、現在でもホール評価の一つの指針とされている。しかし、公演に直接必要とされない部分について、無駄と思えるスペースであっても機能的に必要と思われる要素を含んでいるととらえるべきであり、余裕を持って空間を確保することが望まれる。
 女性トイレについて、休憩になると圧倒的に数が不足することがどこの施設でも見受けられるが、その改善のため最近のホール建設で女性トイレスペースを多く設置する計画がされていることは良い傾向であろう。ロビー空間の狭さと、ホール舞台後方スペースの狭小により影響を受けている演奏者控室などを、積極的に改善する動きは出ていないのが残念である。ほかにクロークの設置により、コート類のホールへの持ち込みを制限することで、ホール内の良好な響きが確保できることも忘れてはならない。
ホール評価の視点
 昨年末に大学の学術交流のため、パリとベルギーのアントワープを訪れた。パリ・エコール・ノルマル音楽院のコルトーホールは、かつて伯爵家の馬小屋であったものを改造したものだが、シャンゼリゼ劇場の設計者である建築家オーギュスト・ペレによってアールデコ様式で設計され、現在は国の重要文化財となっている由緒あるホールである。客席は400席で反響版はベニヤ板で覆われており、決して一流のホールという印象は受けない。しかし、現在では音響に優れたホールとして世界的な一流演奏家から高い評価を得ている。まさにここでは演奏家の視点がホール評価の基礎になっている。
 一方、アントワープ音楽院ではすでに3つの大中小ホールを保有しているが、新たに演劇と舞踊に対応した新しいホール建設が進められていた。そこでは、3階建てホール施設の1階にレストランを設置することが必要不可欠なものとして計画されていた。近くに手軽に飲食ができる施設がなく、今回はレストランを最優先とした建設計画となったということであった。ホールとは、人が集まるところであり、そこでは演奏が聴ければ良いだけでなく、交流が促進されるよう飲食施設が必要不可欠であり、観客・聴衆のニーズにこたえる形で計画が進められ、観客の視点に重点が置かれている。
 このようなことから、ホールとは何かという定義をもう一度考え直す必要があるのではないか。本当にホールが必要とするものについて、利用者である演奏家、観客からの視点の重要性を改めて感じたところである。
パリ・エコール・ノルマル音楽院 コルトーホール アントワープ音楽院 レストラン、演劇・舞踊施設
たけもと・よしあき|
1972年武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。
1989年から名古屋芸術大学に勤務。音楽学部長、副学長、学生部長を歴任し、現在、名古屋芸術大学生涯学習センター長。
1994年から1年間、大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。
地域文化活動との関わりとして、長久手町文化の家運営委員、かすがい市民文化財団理事、小牧市文化振興推進委員を務める。武豊町民会館館長。自身はトランペット奏者。