木造建築のこれから 1
新たな木造建築へ
腰原幹雄(東京大学生産技術研究所・准教授)
 「力学的木造」「新興木構造」「新木造」「集成材建築」「木質構造」。
 これらは、経験学に基づいた木造建築から工学的な木造建築への転換を目指すために用いられてきた言葉である。日本では、古くから木を使って建築物を建て続けてきたため、そのしがらみから抜け切れずにいる。
 その中で、2000年の建築基準法改正により、木造建築が大きく変わることになった。それまでは耐火性能が低いという理由で木造で建築可能な建物の用途、規模(床面積、高さ、階数)が制限されていた。しかし、耐火性能を満足することによりあらゆる建築物が木造でも建築可能となったのである。
これまでの木造建築
 日本ではこれまで様々な木造建築を建ててきた。構造的視点に立っても「木造建築」と一言では言いきれなくなっている。
 図1は、横軸に時間、縦軸に建物規模を用いて木造建築を分類したものである。鉄筋コンクリート造や鉄骨造と異なり、木造建築では、横に時間軸があることが大きな特徴である。通常、技術は古いものは発展途上の技術として未熟と評価されがちであるが、古い木造建築の場合には伝統木造建築として大工の経験則に基づく独特の進化を遂げていると評価をされている。それぞれの木造建築は、設計法、施工法も様々であり、構造的にも個々に考えていく必要がある。
図1 木造建築の分類 伝統木造 法隆寺 近代木造 4階建倉庫
伝統木造建築
 大工の経験則に基づき発展を遂げてきた伝統木造建築は、法隆寺では1,400年以上の歴史があり、高さ45mを超える東大寺大仏殿や高さ50mを超える東寺五重塔、全長200m近い錦帯橋など大規模な構造物から、茅葺屋根の農家型民家、町家型民家などの小規模住宅までさまざまなものが建てられてきた。これらの建物では、木材という自然材料を見極め使いこなす技術や、継手・仕口に代表される木組の技術が特に優れている。
木造住宅
 人口が増え住宅の需要が高まると大量に住宅を建てる必要が出てくる。こうした大量生産を目指した木造住宅が軸組構法住宅である。現在では3寸5分(105mm)、4寸(120mm)といった部材の幅が統一されたシリーズの木材を用いて、3尺(910mm)モジュールの建物とすることで究極のオープンシステムが確立されている。耐震要素は、従来の土壁、筋かいだけでなく構造用合板をはじめとする構造用面材を釘打ちしたものも用いられている。大量生産のため、壁量計算といった戸建木造住宅独特の耐震性能検証法が用いられている。
 2000年以降、許容応力度計算、限界耐力計算などの設計法も整備され、鉄筋コンクリート造や鉄骨造と同じような構造形式の現代木造建築も建てられるようになっている。また、免震や制振といった技術も木造住宅に採用されている。
近代木造建築
 明治期に入ると西洋から構造力学の概念が導入され、建築の構造設計が行われるようになる。木造建築も例外ではなく、「力学的木造」として、小屋組のキングポストトラスや耐震要素としてのブレース、接合部の金物補強が行われるようになる。こうした構造システムを用いて、製粉工場や繭倉では4 〜5階建ての多層木造建築も建設された。
 特に、戦時中には「新興木構造」と呼ばれ格納庫や工場といった大型の建築物が資材入手難から木造で建てられるようになり、近代の大規模木造建築として、接合部にはジベルなどの金物も開発される。また、資材難のこの時代には鉄筋コンクリート造や鉄骨造の構造技術者も木造に集中し、木造建築の工学的評価が盛んに行われることになった。
 1919年に制定された市街地建築物法や1950年に制定された建築基準法では、木造建築の適用範囲に制限が設けられ、棟高13mを超える高い木造建築、延べ面積3,000uを超える大きい木造建築が法規的に建てることができなくなった。さらに、1959年には建築学会でさえ、伊勢湾台風の被害を受け、「火災・風水害防止のための木造の禁止決議」を可決されてしまう。都市部の火災安全性の面から見た対応ではあるが、大規模木造建築が建築できなくなったことにより、大規模木造建築の技術が途絶えてしまうことになった。この建築制限は、1987年に大断面木造建築の高さ制限緩和、準防火地域の木造3階建の建築が可能になるまで続くことになる。一度途切れた大規模木造技術は、一からの再出発となってしまった。
集成材建築
 1980年代後半には、ドームや体育館といった集成材を用いた大空間建築が大規模木造建築として再登場することになるが、あくまでも平屋の大屋根に限られていた。このため、大規模木造建築というと、小屋組・屋根の架構美が特徴的なものとして強調されることになってしまう。ドーム、吊屋根、トラス、アーチ、ラチスシェル、HPシェルといった現代建築で用いられる様々な大空間の構造形式が木造で試みられる。一方で、こうした初期の集成材建築では、あたかも木材純血主義のようにあらゆる部材が木材でつくられていた。
 しかし、1990年代後半に入ると構造デザインがもてはやされ、集成材建築も単に木材だけの建築ではなく、木と鉄のハイブリッド構造の建築も提案されるようになる。張弦梁の下弦材やブレースなどの引張材には、鋼材など構造材料が適材適所で用いられる。木材純血主義ではなく、木と鉄のコントラストが表現されるようになると建築家も集成材建築に挑戦するようになった。材料としての木材も単なる製材だけでなく、構造性能が明確化された集成材や単板積層材(LVL)といった再構成材のエンジニアード・ウッドが整備されることになる。
 ここで、ようやく木材が鉄とコンクリートと並ぶ建築構造材料として認識されるようになったのである。
現代木造 HP シェル 集成材 出雲ドーム 高層木造 金沢エムビル
高層木造建築
 2000年の建築基準法改正では、さらに木造建築の階数の制限もなくなることになる。耐火性能を満足することができれば、単なる屋根から多層、高層の木造建築も建築可能になったのである。また、用途による制限もなくなることになった。つまり、どこにでもどんな建物でも木造で建築可能になったことになる。また、材料的には製材もヤング率、強度を明示した構造用製材としてエンジニアード・ウッドの仲間入りをすることになる。
 2005年には木質複合構造5階建て(1階はRC造、2 〜5階は木質複合構造)ビルが登場し、建築基準法制定から約60年、学会の木造の禁止から約50年経って再び新たな木造建築が建築可能になったのである。
連載にあたって
 こうした様々な木造建築が登場する背景には、構造技術、耐火技術、木質材料の開発など、さまざまな技術発展が背景にある。
 本連載では、こうした新たな木造建築を支える技術を紹介するとともに、どのような木造建築が建築可能になったのか現在、近未来を紹介していく。
こしはら・みきお|
1968 年千葉県生まれ、1994 年東京大学大学院修士課程修了、1994 〜 2000年構造設計集団< SDG>、2001年東京大学大学院博士課程修了。
東京大学大学院助手を経て2005年より現職。
伝統木造建築、近代木造建築、木造住宅の耐震性能評価、耐震補強から木造住宅、木質構造建築の構造設計まで、木材を用いた建築の可能性を構造の視点から研究。
2008 年よりTimberize Tokyo のメンバーとして活動、都市の木造建築の可能性を模索中。