第2回 音楽家から建築家へ|東海地区の音楽ホール

継続的発展可能なホールのために

名古屋芸術大学生涯学習センター長 竹本 義明
 今回は、実演家が望むホールの管理・運営について取り上げる。公共劇場・ホールは、行政主導で設置目的に基づく建設計画がまとめられ、プロポーザルによる建築設計、住民のパブリックコメントを経て、関係者の合意形成を確認し建設される。しかし、完成後の運営についての視点が不十分であり、実際にホールが数年運営されてから様々な評価を受けることとなる。
 劇場・ホールは、使用する個人・団体によって評価が異なるが、そもそも設置目的が住民サービスの公平性と、多様な文化芸術の創造と表現活動に配慮するため、建設前の段階で運営内容の詳細について意見をまとめることが困難となっている。
 また、文化施設である劇場・ホールは、耐用年数までの運営を考えた場合、建設に要する費用の3倍程度の総経費が必要であると側聞した覚えがあるが、実際の信憑性は分からない。しかし、想像以上に多額な費用が支出されることは間違いない。
ホールの分類
 舞台に関して普通は様式によって分類されると思うが、実演する人が演ずる舞台と客席の関係が重要である。日本の伝統芸能では能・狂言の舞台、歌舞伎舞台、そして演芸場があり、比較的間口が広く奥行きの浅い舞台となっている。一方、西洋からの輸入である演劇専用劇場、オペラハウス、そしてコンサートホールなどは、奥行きがあり舞台周りも余裕がある。そして、客席はホール構造の影響があり、視覚を重視する公演と聴覚を重視するものでは客席の奥行きに違いが出ている。
 一方、反響板を使用しない舞台芸術公演は舞台機構に関わる音響や照明設備が駆使されることとなり、日頃の保守・点検を欠かすことができない。多くの施設を見ていると、建設されてから5年単位で修理や修繕などが必要となり、さしあたって建設後10年前後までは事業費が維持できるが、施設運営の総予算が固定化する中で、維持・管理費の増加に伴い事業費が圧迫され、魅力的な事業の実施が困難となっている。このように考えると、劇場・ホールの華やかさの反面、ハード管理の重要性から、事業予算の確保が大変となっている。
 従来の単体ホールから複合ホールの文化施設が建設されるようになって、ホールの多目的仕様の問題が陰を潜めた感があるが、日本において一般的な文化施設の多目的ホールは、日本独自の和洋折衷文化の施設として機能が見直されて良いのではないだろうか。つまり、多目的であっても使用頻度の高いジャンルに配慮した仕様を強めることで、結果的に最大公約数的な満足を得られることになるのではないか。
ホールの管理・運営
 社団法人全国公立文化施設協会の2006年資料によると、愛知県内97公共施設の中で、直営方式による運営が38%、指定管理者制度導入施設が60%、その他が2%となっている。近隣の岐阜県、三重県の文化施設における直営方式が70%台であることからすれば、都市部において直営から民間への流れが加速していると言える。
 いわゆる管理・運営について、直営、指定管理者制度それぞれにメリット、デメリットがあり、一概に論ずることができないが、文化・芸術に経済的効率性を求める動きも無視できなくなっている。
 財団法人地域創造の2007年資料によれば、公共文化施設(ホール)における2000年度平均自主事業費は、都道府県施設で6,600万円、政令市施設で4,000万円、市町村施設で1,760万円である。
 具体的な例として、地域公共ホールである「武豊町民会館(ゆめたろうプラザ)」の予算支出を紹介すると、平成20年度決算は人件費が28%、一般管理費が12%、そして維持・管理費が40%となっている。そして、事業費は14%で20年度に限り支出された施設整備事業費が6%であった。私自身、実際に文化施設に勤務して、当初考えていたホールの管理・運営が大きく違うことを認識することとなったが、維持・管理費の割合が多いことが職員の労力と連動しているととらえている。職員の日常勤務は施設の維持・管理に職務の大半を割かれ、職員数が削減傾向の中で余裕を持って事業を実施することが、極めて困難な状況になっている。
 ホールでは事業運営はもちろんのこと、施設の維持・管理に予想を超えて多くの時間と労力を費やすということである。特に最近建設されるホールは、稼働率の高いスタジオや練習室、各種講座のための教室などの生涯学習施設を併設しているため、職員の施設管理に対する負担は一段と過重になっている。このように予算の4割がホール維持・管理に使用されるのは、多少の差はあるが、地域公共ホールに共通したものであると考えている。
武豊町民会館 夜景(JIA 愛知・伊井伸さん提供) パティオ池鯉鮒 全景(JIA 愛知・鈴木利明さん提供)
愛知県内のホール
 現在、愛知県内には109館の劇場・ホールがあり、そのうち97館が公共ホールである。その中で席数1,000席以上のホールが38館あり、そのうち自治体による直営施設は7館である。すでに名古屋市内にある2館(厚生年金会館、鶴舞文化勤労会館)の廃館方針について、利用関係者による厚生年金会館存続運動が行われたことは記憶に新しい。
 愛知県の地域公共ホールに関わる問題は(1)建物の老朽化〔1,000席以上のホール38館のうち23館(61%)が建設25年以上経過の施設〕(2)施設管理・運営に関わる人材不足 (3)自主事業に係る予算の縮減 (4)地域創造のための人材育成の欠如、がある。
 現在、愛知県内で最も輝きのある活発な運営を実施しているホールは、大雑把にとらえると約9館ある(春日井市民会館、稲沢市市民会館、長久手町文化の家、扶桑文化会館、碧南市芸術文化ホール、豊田市コンサートホール、パティオ池鯉鮒、幸田町民会館、武豊町民会館)。これらは建設されてから10年前後で中小規模の複数ホールを持つ施設である。事業予算規模に幅があるが、いずれにしても職員の努力による運営が効果を上げているようである。
 これは、特に科学的なデータに基づいた評価でなく、一部数値資料はあるが、実演家や地域の利用者の評価を総合しての印象として述べている。いずれもアクセスが不便な場所にあることが共通していて、不便だからこそ事業に特徴を持たせ集客に成功しているとも言える。
劇場・ホールの理想的管理運営
 理想的な管理運営とは、ホールを管理しているという実態が感じられない状況が理想的である。実演家は舞台上でステージマネージャーや舞台監督の指示に従い、その管理下にあり、施設の管理者が直接実演家とやりとりするのは実演に影響を及ぼすことがあり、あまり感心しない。管理者もサービス業としての意識が必要であり、運営に関わる問題はマネージャー、あるいは担当者との調整で済ませて欲しいものである。
 劇場・ホール運営が成功するには、施設の建設計画段階から実演家、それも実演回数の多いプロフェッショナルな立場の人間を多く参加させることが重要である。さらに地域住民の意見の集約を図り、多くの利用者の意見を聞く機会を設け、改善することがあれば素早く実施することで、将来にわたって継続的発展可能な施設となるだろう。
たけもと・よしあき|
1972年武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。
1989年から名古屋芸術大学に勤務。音楽学部長、副学長、学生部長を歴任し、現在、名古屋芸術大学生涯学習センター長。
1994年から1年間、大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。
地域文化活動との関わりとして、長久手町文化の家運営委員、かすがい市民文化財団理事、小牧市文化振興推進委員を務める。武豊町民会館館長。自身はトランペット奏者。