第1回 音楽家から建築家へ|東海地区の音楽ホール

音楽家が見る良いホールとは

名古屋芸術大学生涯学習センター長 竹本 義明
 このたび、JIA東海支部機関誌「ARCHITECT」に執筆する機会を与えていただき、大変感謝している。劇場・ホールは、音楽家にとって日々の活動の場であり、普段から密接な関わりを持っているが、今までホールの印象や評価について意見を述べる適当な機会が少なく、今回の執筆により音楽家が抱く良いホールというものを、建築家の皆さんが理解する一助となることを期待している。
 6回の執筆内容は、第1回目として、音楽家から見た劇場・ホールの印象を取り上げる。2 ~3回は、音楽家が望むホールの管理・運営、そして利用形態について記述し、4 ~6回では、実際に東海地区にあるホールを例にとって意見を述べることとしたい。
音楽家とは
 音楽家の定義について、著作権法で実演家とされているが「実演家とは、実演を行う者及び実演を指揮し、叉は演出するものをいい、具体的には、歌手、演奏家、俳優、指揮者、劇の演出家などが該当する」とある。実演とは「著作物を演劇的に演じ、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、叉はその他の方法により演ずることをいい、サーカスや奇術のように芸能的性質を有する行為も含まれる」とある。つまり音楽家とは歌手や演奏家など、演奏で公演を行う者すべてが該当するということである。
 しかし、これだけでは音楽家を語るには不十分と言える。音楽分野には大きく分けてクラシックとポピュラー(民族音楽を含む)があり、そして公演は歌があり楽器を使用しての演奏もある。最近では異なるジャンルのコラボレーションにより、異分野の融合が図られる演奏も増えているようだ。実際の演奏ではアコースティックなものと音響装置を駆使する公演があり、実に多種多様な演奏形態が出現している。また、プロフェッショナルかアマチュアという分類もできるだろう。
ホールとの関係に苦労する楽団員
 音楽家を代表する職業オーケストラの楽団員は、年間120回前後の公演を行い、定期演奏会や依頼演奏会の多くは、1,000席以上の客席数を備えたホールでの公演である。日本においては、練習から本番まで同一会場で活動するオーケストラは存在せず、専用ホールを所有するどころか、専用練習所が整備されているオーケストラも多くない。
 優れた演奏活動を実現する大事な要素として、ホールの響きの良さが挙げられる。そして、湿度の問題があり、湿度の低い地域で作られた洋楽器が、日本の高温多湿な環境でベストな響きを出せるだろうか、という思いが常に気になるところである。また、演奏レベルの向上には練習のたびに放浪することなく、通勤、楽器運搬の労力も軽減される専用ホールの所有を望んでいる。
 楽団員はそれぞれ自身の演奏スタイルを持っており、ホールに対しては演奏経験や専門とする楽器の種類により異なる対応をしているが、オーケストラとして統一された演奏の実現のため、いつもホールとの関係に苦労して問題の解決を図っている。
 欧米のオーケストラでは、練習から公演まで一貫して同一会場を使用しているが、日本のオーケストラは、常に会場が変わり、そのたびに演奏調整を迫られている。仮に練習と本番が同一会場で実施できるとしても、日本におけるコンサート会場のほとんどが多目的仕様であるため、演奏に対する演奏者の負担は大きいものがある。
 また、演奏スケジュールの設定が欧米のオーケストラと異なることも、演奏者とホールの関係に大きな影響を与えている。欧米では、一般的にオペラハウス専属オーケストラを除き、週初めに練習を行い、週末にかけて同一プログラムでの公演が複数回行われている。もちろん、練習から公演まで同一会場で行われることとなる。
 日本では、複数公演の定期演奏会を実施しているオーケストラは、NHK交響楽団、東京都交響楽団、そして墨田区とのフランチャイズ提携を結んだ新日本フィルハーモニー交響楽団によるすみだトリフォニーホールでの定期演奏会、東海地域では名古屋フィルハーモニー交響楽団である。
 オーケストラの活動では、自主事業公演を除き演奏会場を選ぶことはできず、企画されたプログラムに基づき、決められた場所で演奏を行わなければならない。いわゆる与えられたホールの条件の下で常に最善を尽くすことが求められ、それにこたえる演奏を実現することが職業音楽家の宿命である。
ロンドン王立音楽大学ホール 500席 愛知県芸術文化センター コンサートホールでのリハーサル。
ナチュラル・トランペット(筆者)とオルガン
聴衆にとっての良いホール
 近年、全国各地に音楽専用ホールが建設されるようになり、日本建築学会編の『音楽空間への誘い』(2002年)によると、巻末に「日本のコンサートホール・データ」が載せられている。東海地区では浜松アクトシティ・コンサートホール中ホールと愛知県芸術劇場コンサートホール、しらかわホール、そして岐阜県県民ふれあい会館(サラマンカホール)である。開館年は愛知県芸術劇場の1992年を除き、いずれも1994年の開館である。そして、しらかわホールを除き、ホールにはコンサートホールの象徴であるパイプオルガンが設置されている。
 全国的に音楽専用ホール建設が1990年中頃に集中し、それ以降に中小の音楽専用ホールが開館することとなるが、音楽専用ホールにとって、その機能を発揮し聴衆に支持される要素は、一般論で言えば音響の良さということになろう。音響の良さということに関しては、今後具体的に述べることとしたい。
 その他に聴衆の意識として、ホールへのアクセスの問題やホール周辺の飲食店などの分布も無視できない要素として考えられる。それは、最近では同伴者を伴って鑑賞する入場者が多く、公演の前後で食事を取り、飲み物を楽しむことも切り離すことができないためである。ホール内部について言えば、ロビーやホワイエの印象、スタッフの対応を含めたトータルで評価をしているのではないだろうか。私は常々良い音楽会の条件について「優れた作品、優秀な演奏、良いホール」と思っている。そして、音楽家にとっては、控室の個数や広さ、共有スペースの状況までもがホール評価の対象となると考えている。
ホールに関わるすべてが評価の対象
 結論的に言えば、音楽家にとって良いホールとは、様々な要素があり、それぞれの考えが異なるということである。音楽家は、響きを感性でとらえて理屈は後からついてくる、という意識が強いように感じているが、音楽家が演奏を行なう場合、ホールに対する物理的な不満を感じても、それを直ちに改善することは望べくもなく、聴衆が満足する演奏の実現を第一に考える習性があるということであろう。
 音楽家は、演奏について、できるだけ長い残響が必要とか、多目的ホールは駄目だとかいうことではなく、このホールは演奏しやすいとか演奏しがたいという表現をよく使用する。つまり、残響の長さや形状の良し悪しを、ホールを判断する唯一の尺度とするのではなく、ホールに関わるすべてのことを評価の対象としている、ということであろう。
たけもと・よしあき|1972年
武蔵野音楽大学卒業後、名古屋フィルハーモニー交響楽団入団。1989年から名古屋芸術大学に勤務。音楽学部長、副学長、学生部長を歴任し、
現在、名古屋芸術大学生涯学習センター長。1994年から1年間、大学からの海外派遣研究員として、英国王立音楽大学で古楽器をM・レアード教授に学ぶ。地域文化活動との関わりとして、長久手町文化の家運営委員、かすがい市民
文化財団理事、小牧市文化振興推進委員を務める。武豊町
民会館館長。自身はトランペット奏者。