第6回 閉鎖施設の有効利用
有効利用策の特色と促進課題
高井宏之
(名城大学理工学部建築学科 教授)
二段階供給方式と比べてみると
 第1回で、本研究は住宅用に開発された二段階供給方式の、非住宅用途への展開から発想したと述べた。二段階供給方式やその発展型であるSI住宅は、計画手法面ですでに一定の確立を見ているが、表1ではその手法と、本連載で紹介した閉鎖施設の有効利用のあり方(以下、本研究)の比較を試みた。
 まず両者の第一の違いは、二段階供給方式/ SI住宅が<新築>に特化しているのに対し、本研究では<新築><既存>の両者について言及してきた。しかし、集合住宅については別途「団地再生」という研究課題が存在する。これは主に高度経済成長期に大量供給された大規模団地を念頭に、竣工後の時間経過の中で変化した住宅や居住者、地域コミュニティに関し再生の方策を検討するものである。本研究は閉鎖施設という一対象を研究しているが、住宅における二段階供給方式/ SI住宅と団地再生の両者にわたる問題を扱っていることなる。そこで以下、この団地再生の手法も含め比較を行う。
 第二の違いは「基本特性」である。集合住宅では、用途自体の変化は考えられていない。これに対し閉鎖施設では、変化後の用途は同業態・他業態・他用途と幅広い。この点、閉鎖施設ではより広範囲な設計要件の変化を視野に入れる必要がある。
 第三の違いは「目的」である。集合住宅では、居住者の変化や建物の老朽化・陳腐化など、住生活にかかわる事項に限られるが、閉鎖施設では社会・地域というより大きな括りの事項にかかわっている。なお、建築を長期にわたり有効に利用するという点では共通している。
 第四の違いは「具体策」である。閉鎖施設の<新築>については、項目レベルでは二段階供給方式/ SI住宅と共通点が多い。ただそのねらいは、閉鎖施設では「用途選択の幅の拡大」が主であり、集合住宅の「多様な間取りの実現」と大きく異なる。<既存>については、団地再生に比べ、より広範囲の検討が必要である。また具体的チェックポイントは、大規模商業施設とホテル建築とでは空間特性の違いから異なる内容となっており、着眼すべき社会・地域の特性も、両施設の立地や利用者特性の違いから自ずと異なってくる。

表1 集合住宅と閉鎖施設の有効利用の比較(○既存 ◎新築 ← 同左)
有効利用促進の5 つの課題
 第一は計画手法の明確化である。その一部は表1の通りであるが、今後さらなる検討や実践を通してより深めていく必要がある。なお、ここで最も大きな問題となるのが用途間で異なる法規定である。用途地域に始まり、階段の寸法、直通階段までの歩行距離、廊下幅、排煙、居室の有効採光面積・換気面積、床の積載荷重などがある1)。これは<既存>においては、より厳しい規定の用途への変更の場合大きな障害となり、十分な検討を要する。一方、<新築>においては、変更後の業態・用途を過度に幅広く想定することは過剰設計につながる。そのため、立地特性・建築特性や法規定上の扱いの類似性を勘案し、また想定する将来予測事項の範囲を明確にし、的を絞った業態・用途に対応する「型」を計画することが肝要と考えられる。
 第二は、有効利用にかかわるハード技術の進化である。例えば近年、耐震補強については免震・制震技術は既存建築にも適用されるようになり、また躯体の中性化についてはこれを抑制する塗膜材や再アルカリ化工法が高度化しつつある。今後とも建築の長寿命化や延命化にかかわる技術の進歩に期待したい。
 第三は、法制度の整備である。一般に建築の法制度は<新築>を念頭に出発したものが多く、有効利用に関して十分合理性が確保できていない場合がある。二段階供給方式の開発では、当初の重要検討課題の一つに建築基準法や住宅の融資基準との整合性があったが、徐々にこれらは改善され今日に至っている。各法制度の根本の思想に照らし合わせ、建築の有効利用に適切にこたえる法制度の進歩が望まれる。
 第四は、建築教育の改善である。法制度同様、大学の講義や設計演習課題はいまだ<新築>を念頭に置いたものがほとんどである。建築技術者のスキルの基本はまずは各専門分野での「新しくつくる技術」であろうが、建築の有効利用で求められるものは既存建築の見立ても含めた「総合的な合わせ技」である。今後この技術力養成にこたえる教育プログラムの整備が急務である。
 最後は、建物所有者と設計者のマインドである。省資源や地球環境問題への対応を背景に、スクラップ&ビルドからの脱却、サスティナブルなど、建築物の有効利用に通じる概念が、近年社会に定着しつつある。しかし、現実に街に横行するのは、見通す社会の変化を極めて限定し短期間での高収益獲得を目指す「施設経営者」に翻弄された仮設的建築である。このタイプの建築が、これからの健全な社会や地域、そして建物所有者自身にとって、本当にふさわしい建築なのかを再考する必要があろう。
リセットできる力を持つ建築
 図1の通り、施設閉鎖とは、新築時に形成された建築と社会・地域・利用者との「適切な関係」が、竣工後の時間経過の中で「ちぐはぐな関係」に陥る現象である。そして閉鎖施設の有効利用とは、<既存>についてはこの関係の修復を建築側から行うことであり、<新築>の設計はこの修復を行い得る、いわばリセットできる力を建築に与えることにほかならない。今後とも、このリセットにかかわる知恵や技術を形成し、この力を持つ建築が確固たる選択肢の一つとなるよう力を尽くしたい。

図1 閉鎖施設の有効利用の構図
参考文献
1) 河野学:建築関連法規の基準の緩和と設計対応による建築物の用途変更促進の可能性に関する研究、博士学位論文、2008
たかい・ひろゆき| 1957 年岡山県生まれ。1982年京都大学大学院修士課程修了、博士(工学)。㈱竹中工務店技術研究所 主任研究員、三重大学工学部建築学科 助教授を経て、2008年より現職。
専門は建築計画・住宅計画。主な共著書に「現代社会とハウジング」(彰国社)、「大規模集合住宅における共用空間・施設の経年変化に関する研究」(.住宅総合研究財団)「建、築・まちづくりの夢をカタチにする力―建築企画事例から考える環境のデザイン」(彰国社)がある。